第4話 風呂

(入浴日)

「ごめんね、おつきのモノが来ちゃったの」

「何?!おつきのもの?誰か面会に来るの?」ハルキが少し耳の遠い里山さんに聞き返した。

 「違うのよ。ねえ、お風呂汚したら悪いでしょ?」ここで、ハルキは悟った。

老い、老いマジかよっ、里山さんいくつだよ、九十四歳だろ? まだ、現役?いやいやそんな事はない、きっとそうだ。

よくお年寄りの楽しみは食事とお風呂だって言うけど、皆が皆そうじゃない。たしかに、楽しみにしていて、早くから待っている人もいるし、長湯して湯当たりして、のぼせてしまう人もいる。認知症の方で好きな人もいるけど、洗髪洗身後、湯船使って出てきて、また洗髪洗身なんて人もいる。(笑)

けど、嫌いな人もいる。専門学校時代、実習先でも、「入りたくない」と言って、職員二人掛りで連れて来られてる人もいた。認知症の方の中には、異常に入浴を拒む方がいる事はハルキも知っていた。

 ここに勤めて分かった事だが、特養と言われている施設では、一週間にお風呂に入れる回数が法律でちゃんと決まっていて、週二回以上となっているらしい。当然週二回以上となっているから、毎日入浴しても良いのだけど、毎日入浴をしている施設はほぼ皆無だという事を先輩達が言っていた。逆の意味で言えば、週二回入浴していれば良いと言うことだ。歩いて入る一般浴、椅子に座って入る中間浴(リフト浴)、寝たまま入る特浴の対象者も年々、重度化に伴い比率が変わってきている。

俺だったらもう少し回数入りたいな、せめてシャワーでも浴びれればと思っていたハルキも今は少し考えも変わっていたが、午前中から入浴する事に関しては出来れば夜に入りたいなと思っていた。

 「里山さん、大丈夫。それなら最後に入りますか?」ハルキはいつも通りそう聞くと、里山さんは、恥ずかしそうにハルキに近づき、また耳元で、

 「ごめんね。お月のモノが来ちゃったの。それに昨日入ったから、大丈夫。ごめんね、おにぃちゃん。」

 出た!「昨日入ったから。」これも入浴をしたくない時の常套句だ。普段は、チャキチャキの江戸っ子らしく威勢がよく、男性入居者に喧嘩を売るような発言を繰り返すのに、こういう時はしおらしく小声で話す。 ハルキは、そんな里山さんを少し可愛いと思いつつ。

心の中では、早くお風呂に連れいかないと先輩に怒られるし、里山さんの頭も少し臭う。時間が押すと次の業務に影響するなとテンパっていた。

 そこに、ハルキの二つ上の白田がやって来た。元ヤン?現ヤン?の風貌からは想像つかない優しい声で

「里山さん、今日は無理しなくて良いわよ。

昨日、お風呂は入ったんでしょ?」と言った。

 「あっ!はい?」ハルキは何言ってんのと思いながら、きっとこれは里山さんの訴えを否定せずに;じゅよう(受容)したんだと思い、白田の言葉を受け入れた。

 「白田さん、あと任せていいっすか?」

 「高いよ~。」と悪戯っぽく笑って白田は里山さんの手を引いて食堂の方に歩いていった。ハルキは、今、俺キュンとした?と思いながらも次の人の誘導に走った。

 「オレ(高齢者の中には、女性でも自分の事をオレっていう人がいる)、昨日風呂入ったぺよ? こんな日が高いうちから風呂なんてへ~ったらバチ当たるな。」、と話す、小金さんと手を繋ぎながらこれで最後かなと思って脱衣所に着いたら、ベンチに里山さんが座って白田の介助で上着を脱いでいた。

 「えっ?凄っ!」ハルキが声を上げると、

「一応、パイセンだからね。」と言いながら、あの後、食堂で少しテレビを観てもらってから、少し時間を置いて再度、声掛けしたことや、この場合の里山さんには同性のスタッフが誘導した方が良かったかも等と話してくれた。たった週二回の入浴だから、皆にゆっくり入って貰いたいね。と言いながらも、入居者の重度化やスタッフ不足の問題も指摘していた。

ハルキも流石に「お月のモノ」の対応は白田には聞けなかったが、白田が見た目と違ってしっかりしている人なんだと思いつつ、鼻歌を歌っている里山さんを見て何故だか安心した。

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