第22話
琥珀色の瞳の美女は、セリオンのアドバイスに従って、勇気を出してノックした。
人の目を気にしないと言いながら、気にしていた自分が恥ずかしい。
気にしていないなら、いつでも相談に来て良いと言われた場所に、もっと早く来ていたはずである。
扉を開けたのはシェリだった。
おっとりとした雰囲気の彼女は、一瞬だけ驚いた顔をしたが、以前の事などなかったように、部屋にロレッタを迎え入れてくれた。
この日も、マンセルは遅刻で、局室にはシェリが一人だった。
セリオンから話を聞いて、シェリは少し反省をしていた。自分は初心を忘れていたなと。フレイアやコーヘイのように、すんなりこの世界に馴染んだ人が最近は多かったので、この世界にいきなり放り込まれた人の気持ちを忘れてしまって、ただマニュアル通りに、事務的に対応していたことに気付いたのだ。
「今日は~どういった相談ですか~?」
前回罵り合いのケンカをしたものの、落ち着いて考えてみると、色々と気づきがあった。彼女の暴言は子供が言うような、それこそ”お前のかあちゃんでべそ”的なもので、人を傷つける言葉の語彙が極端に乏しいのである。小さい子供で止まってる、という感じだろうか。
彼女は自由奔放で我儘なのだろうけど、普段から人を傷つけるような言葉を、まき散らして生きていたわけではないのだと理解した。
「あたし、帰りたい気持ちが諦められないの」
「帰る場所があるなら、帰りたくて当然です~」
シェリはこの相談に、今はもういない彼女の手を借りる事にした。
過去の日誌を数冊取り出す。
「あなたと同じ悩みの人も、たくさんいます~」
ロレッタは手渡された日誌を手に取った。シェリの方を見ると、彼女は柔和な笑顔で頷く。そして、読んでみて欲しいと促してきた。
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霜の月七日 相談者:クローディア 担当:フレイア
相談内容:五歳の息子の夢を見て、会いたくて苦しい
返答内容:夢の中では行き来できるのかもしれない。
夢に出て来た息子さんも、あなたの夢を見てると回答。
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風の月十日 相談者:ニコル 担当:フレイア
相談内容:家族が心配していると思うと心苦しい
返答内容:心配内容は、無事なのか、幸せなのかという内容のはず。
家族が希望するように、無事で幸せでいる事が大切と回答。
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星の月三日 相談者:コンラッド 担当:フレイア
相談内容:帰る方法を知りたい
返答内容:今は見つかっていない。研究はされている。
時間が必要。その時間を苦しみながら待ってはいけない。
苦しみと焦りは視野を狭くする。
広い視野で、あなた自身も答えを探して欲しいと回答。
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ロレッタは、次々とページをめくる。自分が相談したかった事に、次々と解答が与えられていく。
「この担当の人は?会ってみたい」
シェリはちょっとだけ目を伏せ、ぎゅっと手を握りしめた。もうそれだけで答えのようなものだったが。
「もう、いません~。亡くなりました~」
シェリは、彼女も異世界人だったこと。自身には帰ろうという意思はなかったが、こうやって帰りたがっている人のために、可能性のある理論をずっと考え続けていたこと。誰よりも勉強をして、答えを探求した人だという事を伝えた。
学者ではないので、執筆された本の類は残っていない、とも。
「どういう理論があるの?」
「そうですね~いくつかありましたが」
フレイアが可能性のある理論としていたものは五種類ぐらいあった。その中でシェリでも説明できそうな、浸透圧での説明を使った。
「世界が均衡したときに、魔力がない人間なら帰るチャンスがありそう」
琥珀色の瞳に期待の光が灯った。何年後、何十年後、何百年後かわからないが、ゼロではないのではという期待。
「そうですね~。でも、異世界人も、いきなり魔力を得たりしますから~」
「その魔力って、あるかないかって調べられるの?」
シェリはごそごそと、資料フォルダから一枚の羊皮紙を出した。
かつてセトルヴィードが組み、フレイアが書き写したものである。
「中央に指を置いて~、光ったら魔力在りです~」
ロレッタは躊躇した。だが確かめたい欲求の方が強かった。
恐る恐る指を置いた。
魔方陣は、光ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
三人は、夕食を取りながら、話し合う。
「副団長職は現場の混乱もあるので、すぐに、という事はなさそうですが、王都追放については、なかったことになっていると部下から報告を受けました」
「自分は、王都追放さえ解ければ満足です。自由な今の立場は気に入っていますよ」
空腹感はないが、一応ユスティーナも夕食を食べてみている。
コーヘイがディルクの方を向いた一瞬の隙をついて、ブロッコリーをコーヘイの皿に移しいれる。
ディルクが気づいて噴き出す。
コーヘイに睨まれる。
そっと自分の皿に戻して、大人しく口に運ぶ。体が大きくなっても全然変わらない行動だ。
「そういえばガイナフォリックス卿が残した物って何だったんですか?」
ディルクが疑問を口にする。
「ここではまだわからない、思いの塊みたいな感じだった」
ユスティーナは言いよどむ。城にいったん戻る必要がありそうだ。
「あの小麦畑は何だったんでしょう?」
コーヘイが話しやすそうに思えた話題を振る。
「あれは精霊だ、呪術師が使役する。フレイアの母は、どうやら白呪術師だな」
「植物の精霊なんて、僕、聞いた事ありませんよ」
「植物精霊は育ちが遅くて、使役にあまり使われていないのだ。花を育てている白呪術師は昔知り合いにいたが、私も小麦は初めてだ」
「白呪術師って、占いや治癒をする人だと自分は聞きましたが」
「白呪術では精霊に未来を聞けるんです。占いというより未来予知・予言ですね」
小麦は踏まれて強く育つ、そういう植物であることが必要だったのかもしれない。セトルヴィードが見た夢の内容からすると、フレイアの母は、随分昔からフレイアが来る事を知っていて、彼女のための準備を長い時間をかけて整えていたように思える。
「じゃあもしかして、閣下がユスティーナの姿で、ここに来るっていうのもわかっていたって事なんでしょうか」
ディルクが疑問をぶつける。
「未来は固定ではない、変化していくものだ。確実ではないのでは」
ユスティーナの答えに、コーヘイがしばし考えて言う。
「未来は変化するもの、変えられるものというなら、意図的に望む未来に持っていけるように思います。閣下がここにユスティーナとして、来るように仕向けるというような」
「むぅ」
「変えられる未来と、変えようがない未来というのもあるのかもしれません。僕も時々、運命めいた出来事を感じたりもします」
「こうなると早く城に戻って確認したいな」
「明日、早めにここを出ましょう」
あの後、書庫を漁ったが、やはり何も見つからなかったのだ。
ベッドは二台しかない。子供のユスティーナならともかく、育ってしまった彼女と一緒に眠るのは、いささか抵抗があり、この夜はコーヘイが床で眠った。
夜半に彼が目覚めると、横に寝惚けたユスティーナが寄り添っていて、ディルクに気付かれる前に慌ててベッドに戻したりもした。
そんな色々をしていたせいか、コーヘイの腕の怪我は、傷が開いて悪化した。
理由が理由だったので、コーヘイはそれを誰にも伝えなかった。
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