第19話
「ひどい、何だこれは」
今夜の宿泊予定だった村の惨状に、三人は声を失う。
村人はすべて死に絶え、家は荒らされ尽くしていた。数軒の家は火を放たれたらしく、燃えていた。
倒れた住人の体には、いくつもの穴が開いているようにも見える。乱雑に、どこを狙ったというものでもなく、適当に撃ち抜かれている。
「調査対象の山賊達の仕業ですね、ここまで酷いとは……」
ユスティーナをフレイアの育った家に置いてから、調査に行くつもりであった。このままでは、鉢合わせしてしまう可能性もあり、危険だ。
コーヘイは真っ蒼になっている。これは拳銃の類じゃない。明らかに自動小銃だ。
かつて失った、自分の装備の可能性が高い。なまじ西側の共通規格の銃弾が使えるため、銃弾の形状や構造を知っている人間は多い。
「あまり時間猶予はないように思います」
コーヘイは絞り出すように言う。これだけの弾数を撃ちこんで来ているのだ、銃弾が量産できる状況なのだろう。時間を置けば、被害が益々広がる。
彼がこの世界に残らねばと思った理由の一つに、この失った装備の事があった。こんな危険な物を、この世界に放置できないという思いだ。
「ディルクさん、山賊達のアジトの情報は来ていますか?」
「はい、部下からの報告では、この先の峠にある砦を根城にしているとか」
「今から、そこを目指してもいいですか?ユスも連れて行く事になりますが」
「それは危険では」
さすがにディルクは躊躇する。今回の主目的はあくまで調査だ。危険を侵す必要はない。更に言うなら、魔導士団長入りのユスティーナを危険にさらすわけにはいかない。だが、それを理解している彼が、そう言うには理由があるのだろう。
「略奪を終え、今は油断しているところだと思うんです」
狙うなら、略奪後である。だが、次の町が襲われるのを待ってから、というのはコーヘイには耐えがたい。これ以上の死者を出したくないのだ。
「私は行ってもいい」
ユスティーナが強く言う。
「私は足手まといだが、魔法の知識はある。役に立つぞ」
ディルクはしばし悩んだ。自分は情報収集は得意だが、セリオンがコーヘイにしていたような直接的な戦闘支援ができるほどの力はない。
「わかりました。とりあえず様子を見に行ってみましょう。そこでどうするか判断を下します。ただ、僕の判断には従ってください。何かするなら、僕をきちんと説得してほしいです」
コーヘイは頷いた。
三人は途中までは馬で。峠に近づいてからは馬をいったんつなぎ、徒歩で砦に向かっていった。
砦が見える岩場の茂みに、三人は身を隠した。
見張りらしき者も幾人か見える。
「ちょっとした要塞っぽい感じですね」
ディルクが目ざとく、巡回している山賊の人数を数え、見張りの場所を見つけ出す。死角にも意識を向ける。
「周辺に魔法の気配がする。あれは魔力関知の魔法陣だな」
ユスティーナが身を乗り出して確認する。慌ててディルクが抑え込む、見つかりますよ!と。
地面に拾った枝で線を引き、動線を確認する。
「騒いでる声が聞こえています。略奪を終えて、酒宴をしているのかも」
「やはり、今夜がチャンスですね」
コーヘイはディルクが書いた見張りの動線地図を暗記するために、じっと地面を見つめる。
「自分が一人で行きます。ディルクさんはここで、ユスを護っていてくれますか」
「一人で?そんな無茶な。私はここで一人で待てる。ディルクを連れていくべきだ」
「いえ、ここは自分一人で。自分ならあの魔力関知に引っ掛かりませんし」
ユスティーナはコーヘイの額に手を伸ばして確認する。
「相変わらず、欠片も魔力がない」
コーヘイは不敵に笑った。
「出来るだけ気づかれないように近づいて、一気に接近戦に持ち込みます、距離が半端だと的になるだけなので。ゼロ距離接敵を狙います」
自信あるコーヘイの態度に、ディルクは許可の判断を下した。確かに、何かするならいいタイミングだと思った。
「すみません、接近戦では片手剣は使いにくいので預かってもらえますか?短剣を貸して欲しいです」
彼がかつてマスターしたナイフ格闘術は、アメリカ軍式である。
コーヘイはディルクの短剣を借り、腰の後ろに仕込むと、するすると茂みから茂みに移り、魔力関知の魔法陣も乗り越えて、あっという間に離れていく。
途中から短剣は、すぐに使えるように口に咥えて行動する。
「何で、あんなに地面を這うのがうまいんだ」
「速すぎて、走ってるのと変わらないように見えます、普段どんな訓練をやってるんですか」
残された二人は、コーヘイの
見張りの後ろに音も無く近づき、口を塞いでそのまま急所に短剣を突き立てる。見張りは声を立てずに絶命した。茂みにその死体を隠す。
「あいつ、騎士を廃業しても、
あっという間に、姿が見えなくなってしまった。短時間で一気に制圧するつもりのようだ。後はもう、信じて待つしかない。
もしもの時は、ディルクはユスティーナだけを守って逃げるつもりだ。コーヘイの救助より、それを優先するべきだと思っている。黒い瞳が、そうして欲しいと言っていた。
ユスティーナは、ディルクのマントと、自分の服の裾を握りしめて、コーヘイが消えた方に心配そうな目線を向ける。
「こんなのは嫌だ、一歩間違えればコーヘイが死んでしまう。怖くてたまらない」
コーヘイを失うという不安から、音がするたびに何度も飛び出しそうになるユスティーナを、ディルクは必死で引き留め続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コーヘイは侵入から十分足らずで、酒宴の開かれている砦の外の天幕に到達した。見張りが減ってる事に気付かれる前に勝負を決めたい。躊躇の時間はない。
天幕の側面に回り込み、少し切れ目を入れて中を窺う。
酒を飲んで騒いでるのは、声の感じから十五人ほど。中央にいる大柄な男が、自動小銃を膝上に置いている。
位置を確認して、音を立てないように裏に回り、荷物の影から滑り込むように天幕に侵入した。緊張して、心臓の鼓動が速くなってきていた。
勝負は一瞬だ。相手は酒を飲んで判断力を失っている。
ただ、数人の魔導士の姿も見える。どういう魔法を使って来るのか判断がつかない。名前で縛られる事はないと思うが、他にも動作を制限する魔法はある。一瞬でも動きを封じられたら致命的。
呼吸を整え、目を閉じて神経を集中する。
物音と、気配を全身で感じるよう、感覚を研ぎ澄ます。
短剣を握り直す。
全身の、どの筋肉にもこわばりは感じない。
イメージ通り動ける、そういう手ごたえ。
――よし!
目を開けて、一気に飛び出した。
「わっ、なんだこいつ!」
男達は突然の侵入者に驚いて咄嗟に動けなかったが、大柄な男テオバルトだけは、反射的に銃を持った。
コーヘイは体をひねり、最初と角度を変えて突っ込む。
体当たりされて、男はその反動で引き金を引いた。
その射撃は、仲間の山賊達に当たり、数人が悲鳴を上げて倒れる。
そのまま短剣を振るい、急所を狙うが、大柄な体躯に阻まれた。
大男は銃を乱射する。跳弾が仲間たちを傷つけているのだが、目の前の男への対応に必死で気にしていられない。
コーヘイは弾数を数えていた。この世界で作られた精度の悪そうな銃弾だから、詰まる事も期待したい。
格闘が続く。体格差が大きく、時間経過でコーヘイの方が不利になってきた。仲間の山賊も、テオバルトを守ろうと、剣を片手に肉薄してくる。
相手は怪力でもあった。短剣を銃身ではじかれ、にわかに銃床で殴られる。
「ぐっ」
コーヘイは痛みに耐えて反転し、体をひねって続く銃弾を避ける。
黒髪の男が、ちょこまかと動くため、引き金を引くたびに仲間への誤爆をしてしまい、山賊の仲間は一人、二人と倒れ、やがて巻き込まれまいと距離をあけはじめた。
一対一になって、なお格闘は続く。お互い無言だ。床を蹴る音と、激しい息遣いだけが聞こえる。
掴みあいの乱闘に持ち込まれ、ついに、コーヘイは至近距離で被弾してしまった。
右腕を掠り、苦悶の表情を浮かべる。
痛みと衝撃で短剣を取り落としてしまった。
大男が、白い歯を見せて笑った。これで終わりだと言わんばかりに。
コーヘイは力を振り絞って即、左手で短剣を拾い直し、逆手に持ったまま、振り向きざまに大男の心臓を狙って、全体重を乗せて突き立てた。
大男がゆっくりと倒れる。
男の倒れる音の後、天幕の中は無音に。
コーヘイは肩で息をしながら、床に落ちたかつての自分の銃を手に取る。
そして専門家らしく、しっかりとした構えで、残った山賊達に銃口を向ける。山賊達は悲鳴を上げながら、転ぶように逃げ出して行った。
ほっとした。残弾はもう、なかったから。
膝をつき、座り込む。汗がどっと噴き出して来た。
どれくらいの時間、そうしていたのかわからないが、なんとか再び立ち上がると、改めて銃を手に持ち、砦の倉庫に向かった。山賊達は見張りを含め、全員が逃げ出したようで誰もいなくなっている。
倉庫の中には、設計図や火薬などの材料、銃も量産しようとしていたのか、銃本体のスケッチもある。
この世界には、まだこんな物は必要ない。
異世界人の技術は、ゆくゆくは世界を変えるだろうが、このような物で変えてはいけないと思った。
火薬の入った箱の上に銃を置き、型や設計図等も一か所にまとめる。
小さな袋に入った火薬を見つけると、それをサラサラと撒きながら離れる。
ある程度離れたところで、後ろからディルクとユスティーナが駆け寄って来る気配がした。
何度も大きな音が聞こえていたので、ユスティーナは真っ蒼だ。コーヘイの右腕の出血を見て、頭が真っ白になる。今にも泣き出しかねない顔をした。
しかしコーヘイはいつもの、明るい爽やかな笑顔を二人に向ける。
「ユス、仕上げの仕事を頼みます」
ユスティーナは、撒いた粉の上に、火を着けろと言われ、素直に初歩的な火種の魔法を使った。チリチリと薄い煙と火花を上げながら、炎が走って行く。
コーヘイが、幼女を少し庇うような仕草をした瞬間。
轟音と共に火柱が上がって、砦の半分が吹っ飛び、ユスティーナとディルクを茫然とさせた。
「景気よく吹っ飛びましたね。これで自分の任務は完了です」
三人はしばらく、燃え尽きていく砦を見守っていた。
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