第18話

 二人の騎士は周辺の気配を探る。


「囲まれてますね、オオカミかな?」

「いえ、この感じは魔獣ですね。この辺はまだ大丈夫だと思って油断しました。呪術師に操られていない野生の魔獣は、秩序だった動きをしないので、数が多いと手ごわいですよ」


 ディルクはユスティーナを見る。もしかすると、この子供は魔獣にとっても魅力的なのかもしれない。魔獣は魔力に惹かれるという。

 エサにされてたまるか、と思う。


「魔法が使えないというのは、心細いものだな」


 ユスティーナはディルクの服のすそを、ぎゅっと掴んだ。


 魔導士団長の体そのものなら、魔獣だろうが山賊だろうが、高位魔法の一つを使えばそれで大抵は何とかなる。でもこの体でそんな事をしたら、形を維持する魔力を失って崩壊する。崩壊した場合、入ってしまっている意識が、その後どうなるかわからない。

 ユスティーナの中のセトルヴィードは、我慢して守られるしかないのだ。

 無力さを感じ、ただ守られるというのも、なかなかストレスだった。


 コーヘイが静かに剣を抜いて、鞘を地面に投げ落とす。


 と同時に、周囲の茂みから犬型の黒い影が一気に飛び掛かって来た。

 焚火の炎が風を受けて、踊るように揺れ、二人の男の影をゆがませる。


 コーヘイに向かった二匹は、彼の一閃で同時に叩き落とされて消えた。もう一匹はディルクの剣で地面に縫い付けられ、消滅する。

 二人は背中を合わせるようにして、中央のユスティーナを護る。幼女は目を閉じて、ディルクの腰にしがみついている感じで。


 魔獣は黒い体に黒い陽炎のような毛を逆立て、赤い瞳を輝かせて、次のタイミングを窺っている。じりじりと、お互いが間合いを確認するように、少しずつ動く。

 動物と一緒で、飛び掛かって来る直前に少し屈む姿勢を見せるので、動きを読むのは容易いが、とにかく動きが早いのだ。瘴気を帯びているので、少し噛まれるだけでも危険だという事もあり、戦闘では緊張感を強いられる。


 同時に、六匹が飛び掛かってくる姿勢を見せた。


 コーヘイは左手で、猫を扱うようにユスティーナの後ろ襟をつかみ、持ち上げるとそのままディルクに投げ渡す。受け取ったディルクは幼女を抱えて、剣を構えたままコーヘイの後ろに飛ぶように下がる。この連携は一瞬の出来事だ。

 コーヘイが壁になり、一人で同時に六匹を相手にした。


 すさまじい集中力で、素早い魔獣の動きをすべて見切り、瞬く間にすべての魔獣を叩き落とす。日頃の訓練の成果である。自分のイメージした通りに、体が自在に動くというのは、日々の積み重ねがあってこそだ。


 次々と連続的な斬撃を受け、サラサラと粉のようになって魔獣は消えていった。


 周辺から魔獣の気配が消えていく。生き残った魔獣は、手ごわい相手を襲うのを諦めたようだ。


 コーヘイは、鞘を拾って剣を納める。

 ディルクはそっと、地面にユスティーナを下した。


「すまない、足手まといで」


 最高位魔導士は随分と気落ちした様子だ。子供の中にいると、仕草も子供っぽくなってしまうのか、両手を握って胸に当てている。

 そのままで、紫の瞳を潤ませて言う。


「二人共、怪我はないか?擦り傷ぐらいなら治せるぞ」

「全くの無傷です、これぐらい余裕ですよ」

「もう少し苦戦するかと思いましたが、コーヘイさん、噂に違わずお強い」


 ディルクは、自分がコーヘイの意図を汲んで動けた事が嬉しかった。次にどうするのがベストなのか、導いてくれるような動きは、とても合わせやすい。


「交代で見張りをしながら、休みましょう。明日も強行軍ですよ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 数日後。


 ロレッタは図書室に来ていた。王子は王命で、王都の外に出ていてしばらく留守になってしまっていた。ロレッタの我儘に従って、貴重な戦力だった副団長を去らせるという事をした事に対しての処分でもあるようだ。騎士団長ヘルも、その横暴を止められなかったという事で、処分を受けている。現在アリステアには、副団長のバートランドが監視として付き添っているという。


 彼女はもう、誰にも声を掛けられることはない。遠巻きな視線があるだけだ。


 そんなものは気にしない。自分が望んだとおりになっただけだと、前だけを向いて堂々と歩く。


 何冊かの本を見繕って、この世界の事について調べる。

 小難しそうな学者の書いた本も、一生懸命読んでみたが、自分の頭が悪いのか、全く理解ができない。

 それでも諦めずに、帰る方法を調べ続けた。


 帰る事ができないというのは、薄々気づいてはいた。


 もし帰る事が出来た人がいるなら、元の世界で、魔法の世界から戻った人がいる、というような話題があったりするはずだ。ロレッタはそんな話は聞いた事がない。宇宙人に攫われて火星に行って戻って来たとか、そういう類の話は頻繁に聞いたが。


 どんな方法でもいい、試せる事はすべて試してみたい。でも、その試すべきことすら見つからないのだ。


 今度は、自分と同じように、帰る方法を模索した人がいないかを、探す事にした。もしいたら、その人が何か残してくれているかもしれない。


 いくつもの棚を見て回り、それっぽい本を見つけたが、本棚の高い所にあった。

 一生懸命背伸びをして取ろうとしたが、ぎりぎりあと少しが届かない。

 ふいに背後に気配がして、取ろうとしていた本が棚から抜き取られた。


 振り返ると、先日瓦礫から自分を護ってくれた騎士がいた。

 彼は無言で抜き取った本を、ロレッタに渡す。

 ロレッタも無言で受け取る。


 灰色の瞳の騎士は、ロレッタに何か言って欲しいわけでもない様子で、無言の美女を気にする事なく、軽く片目を閉じて見せただけで、そのまま立ち去ってしまった。


 ロレッタはその背中が見えなくなるまで、困惑の表情で見つめていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 山賊達は山を下りていたので、もはや山賊と呼べないかもしれない。


 小さな砦を落とし、今はそこを根城としていた。火薬等の銃弾の材料もこちらに移し、製造を続けていた。


 近くの町や村を次々と襲う。

 魔法が届かない距離から乱射すれば、面白いように人が倒れていく。ろくな訓練もしていないのに、この殺傷力は恐ろしいほどだ。とにかく弾数を撃てば、どれかが当たるという大雑把さだったが。



 山賊達は生きた人間がいなくなった町を、面白いように略奪してまわった。

 難点は、山賊達の腕では相手を選んで撃てないから、捕まえた女達でお楽しみ、という訳にいかない部分が、この戦法での略奪の欠点だった。


「やばいなこれは、本当に世界が征服出来てしまいそうだ」

「むしろ、するべきじゃないのか?俺達は無敵だぞ?」


 男達は顔を見合わせて邪悪に笑う。


「もっと大きい街をやってみたいな」

「そうだな、弾の数もそろってきてるし、いけるな」


 今は二十発入る弾倉を作っていた。三十発用を作るのもいいかもしれないと思っているようだ。

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