第14話
コーヘイが目を覚ますと、目の前にスヤスヤと眠るユスティーナがいて飛び起きた。
夕べは泣きつかれて、あろうことか魔導士団長のベッドで眠りこけるという事をしでかしたらしい。
机の方から声がした。
「起きたか、おはよう」
魔導士は涼しい顔をして、すでに仕事を始めている。
「すみません、ベッドを使ってしまって」
「構わない、私はどこででも眠れるからな」
「昨夜は、どこで休まれたんですか?」
恐る恐る聞く。
「もちろん、ベッドに決まってる」
魔導士は、少し意地悪な笑顔を作って言う。
どうやらユスティーナを間に挟んだ川の字で、セトルヴィードとベッドを共にしてしまった、というと語弊があるが。
意味に含みはなく、とにかく共有したらしい。
「寝相が良くてびっくりだ」
「閣下も、直立不動じゃないですか」
お互い、笑い合う。
軽い冗談の応酬で、昨日の事の気恥ずかしさが緩む。
ユスティーナも目を覚ましたようだ。体を起こして目をこすっている。
コーヘイは幼女を抱きあげて、銀髪の魔導士のそばの椅子に座らせた。
「そろそろお前も、仕事の時間じゃないかな?」
コーヘイは、あっ!という顔をした。
ものすごい素早さでベッドメーキングをし終えると、上着を掴んで、出口まで走る。
「お世話をかけました!」
夕べの事はなかったように、いつもの爽やかな笑顔を残して、扉の向こうに消えていった。
「何でベッドをいちいち整えるんだ?あいつは」
しっかりシワの伸ばされたシーツの様子を見て、銀髪の魔導士は独り言を言った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コーヘイは午前の仕事を終わらせて、食堂で昼食を取っていた。朝食を食べ損ねていたので、少し多めだ。
そこにセリオンがやってきて、隣に座る。
「よ、色男。今朝は朝帰りだったんだって?」
「すごい美人と、一夜を共にしてしまいました」
セリオンにはそれが、冗談なのか本気なのか判断はつかなかったが、嘘をついているようには見えなかった。もちろん、彼は嘘はついていない。
「お前、昨夜は血まみれで歩いていたって聞いたぞ、大丈夫なのか」
セリオンの表情が、少し曇る。
「傷の方は全く大丈夫です」
胸の方は、まだちょっと痛む。
夕べ、銀髪の魔導士が慰めてくれなかったら、もっと痛かったかもしれない。
何故、兄貴分のようなセリオンではなく、セトルヴィードを頼ろうと思ってしまったのか、コーヘイにはわからない。ただあの時は、とてつもなく彼に会いたくなってしまったのだ。
あの人の前なら、故郷を思って泣いても恥ずかしくない。そんな気がしたのだ。
「王子に呼び出されたとも聞いていたから」
セリオンの表情を見ると、相当心配していたようだ。王子の呼び出し、それでいて流血の噂、一晩宿舎に戻らなかったという事で、気が気じゃなかったのであろう。普通に朝は働いていたと聞いて安堵したが、一応ちゃんと顔を見るために、ここに来たようだ。
コーヘイは心配をかけてしまった事を申し訳なく思った。
「夕べは、ロレッタさんと罵り合いの口論をしてました」
「えっ、おまえが!?」
コーヘイに、罵り合うなどという言葉は似合わない気がした。
おっとりとしたシェリも、不愛想なアルタセルタも、彼女とは激しい口論をしている。あの女性はわざと、相手を怒らせるような言葉を選んでいるのではないかと思うほどだったが。
コーヘイがそうなったという事は、まさにそういう事なのだろう。
なかなか複雑な女性のようだ。
「まさか一夜を共にした美人って、その女じゃないだろうな」
「残念ながら。でも彼女は自分を血まみれにした犯人ですよ」
コーヘイは笑いながら言うが、その様子に、いつものキレがないような気もした。
「数年後には、間違いなく怪談になってますね」
「深夜に徘徊する血まみれの騎士か。怖いな、巡回できなくなる」
顔を見合わせて、笑い合う。
セリオンは、自分を頼ってくれなかった事に一抹の寂しさを感じたが、元の世界の事だとしたら、セリオンにはどうしようもない。
昨夜の事も、折を見て改めて話してくれるだろうと思った。
「さて、ちょっと城の壁の補修状況を確認してくる」
「またあとで」
手をひらひらさせるコーヘイを背に、セリオンは庭の方に向かった。
城壁の一部が、先日の雨で少し崩れてしまい、騎士団の方から数名、土木工事が得意な人材を出して簡易な修理を始めていた。
セリオンの隊が担当しているので、彼が工事を監督する義務がある。
足場が組まれている区画が見えてきたとき、話題の女性の姿が見えて、セリオンは思わず人差し指で眉間を押さえてしまった。
片時もロレッタを手放さない王子ではあったが、国王に会う時はやはり連れていけず、彼女を一人にしている。
警護は付いたが、ロレッタの物言い、態度、共に最悪だし、最近の王子に対する反感もあって、担当している近衛兵は全く熱意を持って務めていない。
そんな事もあり、美女は一人で易々と部屋を抜けだし、庭に出ているようだ。
何をしているのだろうと、様子を見ていると、長い髪の女性は、足場を見上げている。セリオンはその視線の先を追いかけてみた。
足場の上の方に黒い猫が見える。
「早くおまえ、下りておいで」
手を伸ばして呼んでいる。さすがに名前で呼ばないと、寄って来ないのではないかと思うのだが。
仕方ない、手伝おうとそちらに向かった刹那、猫が身軽にすたすたと足場を跳ねてまわり、あろうことか崩れかけた城の壁に振動を与えてしまった。
「危ない!!!!」
セリオンは駆け寄り、身を挺してロレッタを庇った。
レンガと足場の木材が、大きな音を立てて落ちて来る。
数秒の轟音の後、パラパラと小石の落ちる音と、上がった砂煙がわずかに風に流れた。
「いててて」
ロレッタは、セリオンの下で目を硬く閉じていた。
「大丈夫か?怪我は?」
ロレッタは目を開ける。
「大丈夫……」
セリオンは安堵して、自分に降り積もった瓦礫を払い除ける。少し頭を切ったようで、血が数滴、地面に落ちた。
ロレッタはそれを見て真っ青になった。
昨日、自分が怪我をさせてしまった黒髪の騎士の映像が重なる。
「かすり傷だな」
セリオンはロレッタの手を取ると、軽々と立ち上がらせ、スカートのすその汚れを払ってやる。猫も下りて来て、心配そうな鳴き声を上げた。
灰色の瞳の騎士は、猫の首の後ろをつまみ上げると、ロレッタに手渡した。
素直に受け取ったロレッタは、猫をぎゅっと抱きしめて、絞り出すように言う。
「助けてくれ、だなんて、言ってないわ」
騎士の目には、琥珀色の瞳に迷いがあるように見えて、強がっていると感じた。
「呼ばれてから助けに行くような奴は、二流と言うぞ?」
手を伸ばし、ロレッタの腕の中にいる猫の頭を数度、ポンポンと叩いて見せる。
「悪戯者だ。ここは危ないから、修理が終わるまで近づかないように」
それだけ言い残し、セリオンは再修理の手配に向かった。
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