2. 転校生
県立
今朝、転校生として登校してきた三組の新人、
「何処から来たの? 出身は?」
「埼玉県だよ。出身も」
関東圏の人というだけで珍しいのも無理はない。山と海に挟まれた地域。田舎と言われればそれを否定する要素が無く関東育ちというだけで憧れてしまう。
「兄弟とかは~?」
その質問に、聞かれた本人ではないはずなのに、わずかながら反応した。
妹が二人いる、と。机に突っ伏したまま、浮かんだのはあの時、炎天下の中、テントの前で手を振るの
「ひなっち~。あれ? ひなっち寝てる?」
身体を起こすとドアから二組の
高校生になっても背は伸びず、大体150センチメートルくらい。周りからはチビと呼ばれていることが多い。
「どうした?」
「てか、待って、あの人だかり何? …あ! まさか転校生の女の子?」
「いや、男だけど。女の子もいるのか?」
「そう! 同じ時期に二人って凄くない?! どっちか私のクラスに来て欲しかった~…」
「女の子の方はどこなんだろうな。」
「じゃあ先生来るまで暇だら? 委員会の話しに来ただけだから見に行こ」
結奈に袖を掴まれ、そのまま教室を出る。その時チラ見した志鶴の周りには相変わらず人だかりができていて志鶴の姿は確認できなかった。
田舎のおかげで高校はここのみ。ほかの高校は隣町まで行かないと無い。ここ周辺の中学生はほぼ全員この高校に進学するため、田舎のくせして全学年六クラス普通にある。校舎の構造上、三組から四組の間に広い空間ができ、フリースペースとして誰でも使えるようになっている。
そのフリースペースでも三組の志鶴同様に人だかりができていた。
「もしかして、もう一人の転校生?」
目を輝かせながら結奈は人だかりの中に近づこうとした。手に持っていたプリントは大事な資料にもかかわらず、無意識に力を入れたせいでくしゃくしゃになる。
プリントをふんだくり、犬を追い払うように結奈を人だかりに紛れ込ませた。人だかりの隙間から、僅かに中心になってしまっている転校生らしき女の子が見える。
じっと見ていると目が合った。釣り目でもなければたれ目でもない、なんとなく吸い込まれそうな黒い瞳から、ほんの数秒の間、目が離せなかった。
「音弥~。何ボーっとしてんさ」
帰りの支度が終わっている翔太が声をかけてきた。リュックを背負い、片手でスマホを操作している。
「あ~、あの転校生ね。俺のクラスだったんだけど、まさかの、千鶴ちゃんのお姉さんがあの人だった。名前は西野
翔太曰く、あの時の第一印象は礼儀の正しそうな人であったが、今日の印象は暗そうで人付き合いが苦手そうだという。
それを聞いた音弥は人だかりの中にいる転校生を目を凝らして見つめる。長い黒髪がサラッと風に揺れていた。伊鶴はおどおどした感じは全くしておらず、だが、口数の少なそうな、確かに人付き合いの苦手そうな雰囲気を漂わせていた。
ふいに、あることに気づく。
「翔太、西野って言ったか?」
「あぁ。西野伊鶴だそうだ。それがどうした」
『西野』とは三組にいる西野志鶴と同じ苗字だったことに。そして『鶴』という感じが使われているのも何か気になる。
音弥は気づいたと同時にずかずかと人だかりの中に割って入っていく。
「音弥、さすがに強引」
「ちょ、ひなっち!」
呼び止める二人の声は聞こえず、そのまま伊鶴の前に立つ。
伊鶴は、はっとした顔で立ち上がり、頭を下げた。
「あ、先日はありがとうございました。うちの弟と妹がご迷惑を…」
「え、」
「え? そのことでいらしたのではないんですか?」
あの時のことは頭から抜けていた。いきなりお礼を言われ、戸惑う音弥に伊鶴は「あのぅ…」と顔を覗く。
サラッとした黒髪に綺麗に整った顔、仄かに香る甘い匂い。目の前にある知らない女の子の顔を見て、固まってしまった。
女子の免疫があるわけじゃなかった。ただ見慣れた女子だから今まで普通に接することができただけで知らない女子が目の前に来れば男子は誰だって見とれてしまうものだ。
「あ。俺、雛沢音弥。えっと、弟さん? の志鶴くんと同じクラスなんだ。あの時のことは気にしてないから、気にしないで欲しい。翔太も気にしてなかっただろ?」
「そうなんですね。しづ君は騒がしいですから『うるさい』って言っていただいて構いません。あと、あの時の事、そう言っていただけると助かります。」
柔らかくニコッと笑う。その表情はどこか懐かしく感じた。
「音弥、帰るぞ」
「あ、じゃあ、また明日」
「はい、さよなら」
そう言って手を振りながらまた笑う。
どこかで会ったこともなく、昔遊んだ記憶もない。なのに何故かどこかで見たことのあるような顔をしていた。
「あ、翔太、俺のクラスまだ終わってない。」
「は? じゃあここで待ってるから早く行ってこい。」
「その前に…。結奈! プリント返す!」
「あ、はーい。これ、期限決まってないし、近々委員会があるからその時纏めて話すね。じゃっ」
翔太と結奈を置いていき、教室に戻ると黒板の前に先生が立っていた。どうやら今来たばかりのようで教室内で生徒が席に戻っている。
音弥はそそくさと自分の席に座る。
すぐにHRが始まった。三組担任の
「体育祭があるわけだが、今年も俺のクラスは優勝を狙え。いいな。」
この学校には変わった優勝賞品がもらえる。それは、体育祭の跡片付けをしなくていい権利と、文化祭当日で使える部屋の特別選択権利がもらえるのだ。
麻生が欲しいのは前者。面倒くさがりで有名な為かクラス全員が納得していた。
「連絡事項は以上。さ、早く帰れ」
「俺も帰りてぇ」と呟きながら帰る生徒たちを見送る。
音弥も周りの生徒と同じように帰りの支度をしていた。
財布と筆箱しか入っていない、軽すぎるリュックに財布があるのを確認する。
と、後ろから肩をつつかれた。
「ん、何?」
後ろに座る志鶴が立ち上がり、眉をひそめて頭を軽く下げた。
「こないだはありがとうございました。改めまして西野志鶴です。よろしく」
「あ、俺、雛沢音弥。よろしく。さっき、伊鶴さんにあったよ。人だかりが凄かった。」
「あはは。いづちゃん人気者だね」
笑い方が伊鶴と似ている。
多分、さっき見た伊鶴の微笑みを見たことのあると思った感覚は、志鶴が自己紹介をしていた時のニコッとした微笑み方がぼやけていたせいではっきりとした顔を覚えないまま頭の片隅に残っていたからだ。
と、音弥は無理やりにも解釈した。
「じゃあ俺、待ってるやついるから行くわ。また明日な」
「うん。また明日~」
音弥は先に教室を出た。
フリースペースには人だかりや伊鶴さんの姿はなく、翔太と別で暇をつぶしている生徒がちらほらいるくらいだった。
「なんか機嫌いいな。」
翔太はそう言って顔を引きつかせた。
いつもより機嫌がいいのは誰よりも自分自身がわかっていた。全く知らない人がこの田舎に来ることによって、今まで何もなかった平凡な日々を送って生きた自分たちにとって、何かをもたらしてくれると思ったからだ。勝手に期待をするなと言われればそうではあるし、そんなのは小説の中だけだというのはわかっている。それでも。
「明日からこれ以上に楽しいかもしれんぞ」
「なんなんだよ、めんどくせー…。」
翔太はため息をついて自転車に鍵をさした。つられて自転車を取り出す。
田舎ならではの人のいない道を二人で並走しながら音弥たちは帰路に就いた。
ありきたりなラブコメ(仮) 森嶋ミナト @mrsmmnt
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