ありきたりなラブコメ(仮)

森嶋ミナト

1. 迷子とかき氷




 毎年夏休みになると、近くの海は他県から来る観光客で白い砂浜を埋めた。それでも穴場スポットと言われるだけあって、車で10分前後の場所にある大型海水浴場よりも人は少ない。じりじりと照りつける太陽の熱は砂浜を焼き、裸足で歩く人たちを走らせていた。

 子連れの親子もいればカップルもいるし、大学生らしき団体もいる。割合的には子連れの親子が一番多いだろう。

 そんな砂浜に集う観光客を暇つぶしにと、雛沢ひなさわ音弥おとやは、岩石海岸に続く階段とはいいがたい、自然でできた岩場の頂上で腰を掛けて眺めていた。綺麗なお姉さんを探しに来たわけではなく、目の保養用のビキニ姿を求めて来たわけでもない。もちろん、子供を見ているわけでもない。ただ、友人の付き添いで来たにも関わらず、水着を着ていないことに気づき、やることが無くなったために、日陰であるこの場所でぼーっと眺めることにした。

 岩石海岸では音弥の友人である池田いけだ翔太しょうたが、知らない小学生くらいの女の子と磯の生き物を獲って遊んでいた。探している親御さんはいないかと砂浜に視線を移すが、そのような素振りをしている人は全くいない。歩き回っている人もいなければ首を動かして周りを見ている人もいなかった。


「どこの子供だよ…」


 日陰のおかげで太陽の光を直接受けることはなく、涼しい風にあたることができている。だが、砂浜にテントを張っている人たちを視界に入れるたびに少し羨ましく思うときもあった。テントを持ち込むということは大半が車で来ているということだ。自転車できている音弥にとってはむごく感じた。熱さで頭がやられたのか何度、車の駐禁を切られればいいと呪ったことか。


「音弥~。そろそろ飯食おうぜ~」


 海岸のほうから叫ぶ翔太の声に音弥は苛立つ。なぜなら今の時間は昼をとっくに過ぎていて、世間一般で言うところのおやつの時間だった。腹が減っても叫ぶ気力は無く、だが、この場を離れる気力ももう残っていない。視界がぼやけるほど重症になっているわけではないが、立てば眩暈を一瞬でも引き起こす自身しかない。

 そんな音弥を他所に翔太は先ほどから遊んでいた女の子と手を握って岩場を登ってきた。女の子は可愛らしくツインテールに髪を結わき、日に焼けないように水着の上から水色のラッシュガードを羽織っている。足もタイツタイプのラッシュガードで覆っていた。まさに完全防御である。


「翔太、それ誰」

「さっき仲良くなった人魚さん」

「人魚ならなんで足があるんだ。いやそうじゃない…。」

「ちづるね、『にんぎょ』になれるんだよ~! ほら!」


 一人称を『ちづる』と名乗る女の子はシュノーケリングに使うフィンを見せびらかした。確かに人魚感は出るが二足歩行で歩ける時点で人魚というより半魚人だろう。

 音弥は深いため息をついて持ってきたウェストポーチから財布を取り出し、翔太に渡した。そして、渡した左手で浜の入り口付近にある売店を指した。


「かき氷買ってきて。俺死にそう」

「かきごおり?! ちづるもたべたい!」

「だとよ。」

「あぁもういい。買ったらすぐに親を探して親と一緒にいろ。もう二度と知らない人にはついて行くな。わかったな?」

「わかった! ばいばいおにいちゃん」


 翔太は「買ってくるわ」と一言いい残し、ちづるを連れて奥に見える売店に向かった。

 二度目のため息をつく。

 夏休みの宿題は前半戦ですでに終わらせた。残り一週間も無い夏休みに何か目的があるわけではなく、ただ茫然と座って日没になるのを待つのだって疲れないわけがない。だが、音弥自身、友人である翔太が楽しそうなことに関しては嫌な気がしなかった。


「おまたせ。ほれ、レモンだら?」


 黄色く色を付けた氷がこんもりと盛られていた。ストロータイプのスプーンがサクッと刺さっている。

 幼馴染と称される腐れ縁の関係で相手の好みをかき氷の味まで把握している翔太に少しにやけた。


「うまい。翔太がブルーハワイなのは珍しいな。」

「たまには別の味でも食べてみようかと。」

「まぁ、確かにな。ちょっとくれ。俺のも食っていいから」


 この暑さの中でのかき氷は格別だった。氷は多分ただの氷だ。味はどうせそこらへんのスーパーに売っている家庭でも使えるようなシロップだろう。なのに、この場所で、この暑さで食べると別物のように感じた。小説でよく表現される、『五臓六腑にしみわたる』というのは今が使い時だ。


「そういえばさっきの子は?」

「あぁちづるちゃんな」


 翔太はかき氷にサクッとストローを指して砂浜の真ん中らへんを指さす。だが、指している方向は青やピンクといったテントが密集していてどれを指しているのかがわからない。別に米粒程度というわけではないが、珍しく今日は混んでいた。


「あれの、ちょっとクリームっぽい色のテント。あ、ほら、手振ってる」


 確かにクリーム色っぽいテントは一張りしかない。白い砂浜に擬態していて気づかなかったが、かなりど真ん中にセッティングされていた。そのテントの近くでちづると思わしき女の子がこちらをめがけて手を振る。その姿に気づいたのか、テントから一人の女性が出てきた。母親だとは思うが、遠目から見てもわかるくらい若そうな雰囲気を漂わせる。その母親にしては若い女性はこちらをめがけて何度か激しくお辞儀をしている。


「お姉さんらしいよ。歳離れてるんだって」


 そう言いながら、食べ終えた空のかき氷の容器を置く。


「へぇ。てかなんであの女の子と仲良くなったんだ?」

「磯獲ってたら話しかけてきて一緒に採取することになった。」

「じゃあお姉さんは一人で遊ばせてたってことになるが」

「お兄さんが見てたらしくて、お姉さんはテントで寝てたんだって。」

「お兄さんは?」


 そう聞いた時だった。息切れをした人がこの岩場を登ってきた。よくある紺色の海パンに白いTシャツを着ていた。海に浸かったようで全体的に濡れていて肌が透けている。年齢的には高校生か大学生くらいだ。

 人が通る際はなんとなく無言になる音弥と翔太に息を切らしながら、慌てた様子でこう問いかける。


「このくらいの小さい女の子見ませんでした?」


 手の位置を腰あたりに当てて、探している女の子の身長を表していた。どうやらツインテ―ルに水色のラッシュガード、タイツタイプも履いていて、完全防御だという。音弥と翔太は顔を見合わせた。先ほどまで一緒にいたちづると同じ見た目の説明だったからだ。合致の為に名前を聞くと、男性は「千鶴ちづる」と答えた。


「俺、さっきちづるちゃんをお姉さんのいるテントまで連れて行ったので無事ですよ。」


 翔太が言うと男性は安堵しきったのか息を目一杯吐いた。

 そして深々と頭を下げて「ありがとうございます」と一言。その後は小走りでテントに向かった。こちらに対して何度も激しく頭を下げた。


「兄弟って感じだな。」


 そう呟く翔太は、あの兄弟を羨ましそうに上から眺めていた。


「なーんかかき氷食って涼しくなってきたし、帰るか。」


 かき氷の空の容器を翔太のものと重ね、一緒に砂浜まで下りる。

 高校生にして二度目の夏休み。去年は印象の薄い夏休みであったが、今年の夏休みは、この日が一番の思い出になっていた。






 そんな夏休みも終わり、二学期初日の登校日。久しぶりに早起きしたおかげで朝から眠気がマックスだった音弥は、辛うじて半目になってもいいから開けようとHRホームルームで苦戦していた。


「転校生、入れー」


 三組担任教師の一言で教室に入って来た転校生。こんな田舎から出ていく生徒は多いが、入ってくる生徒は珍しい。HRが始まる前から転校生がいるという話題は各クラスで盛り上がっていた。制服はこの学校とは別の、紺のズボン、ネクタイをシャツの上からしている。その顔は妙に見たことのある顔だった。


「初めまして。西野にしの志鶴しづるです。」


 声こそ聴いたことがあったが何も思い出せそうにない。重い瞼が小刻みに上下する中で焦点を合わせることなど困難で、視点がぼやけているせいかよく見ていない顔面を周りのこそこそ話す女子のせいでイケメンに脳内変換されていく。

 一通り自己紹介が終わったのかこちらへ一歩一歩近づいてきた。

 ようやく眠気が覚めそうなとき。


「あ」


 ものすごく近い距離で結構な声を聴いたおかげですぐに目は覚めた。そして顔を上に向ける。


「あ」


 どうやらあの時、妹を探していたお兄さんは同じクラスに転校してきた『西野志鶴』というらしい。

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