第7話蔵王吊るし柿

私は好き嫌いは少ないと思う。


だけれどもどうしても受け付けない食べ物もある。

珍味だと烏賊の塩辛…

生臭く感じてしまい、子供の頃口から吐いた。 

塩辛好きな人には申し訳ない。

だけれどもあの濃厚な味が駄目なのだ。


そして甘味だと干し柿

干し柿を初めて食べたのは保育所でのオヤツの時間だった。


もう匂いからして臭く、口に入れたらにちゃにちゃしていて嫌な味。

私は果物でも柿が嫌いだったのです。

家の庭には甘柿と渋柿が生えていて、秋になると甘柿がオヤツにのぼる。


私は種の出る果物自体が得意では無かった。

みかんやりんご、桃を好んで、ぶどうやスイカの様なたっぷりの種の果実が苦手だった。

祖父母が子供や孫が喜ぶと丹精込めてスイカやマクワウリを作ってくれたのだが、マクワウリは種も取られて食べやすいがスイカより甘くない。故に人気も無かった。


そして秋の柿。あの種を齧った時のハズレ感。

まわりは甘めの果肉だが種のまわりはぐにゃぐにゃで変な味。芯まで食べる気にはなれずいつも半端に残すか、そもそも食べなかった。



好き嫌いは少ない…とんでもない。

でも野菜全般食べない。魚を嫌い肉類ばかり食べる同級生や兄弟を見ていたら「少ない」とも言える。

大なり小なり人は選り好みしている。


横道だが祖母と大叔父はトマトが大嫌いだ。

普段好き嫌いせず食べる様にと言う祖母だが、戦争中畑に赤々と実ったトマト。

絶対に甘いと信じて子供だった祖母と弟の大叔父が齧ったトマト…

期待を裏切られたのが大きいのか、酸っぱかったのか苦かったのか…それ以来二人共食べない。



地元を離れて東京のスーパー。

東京は地元に並ばない変わった食品も手に入った。

ドリアン等は話で臭いと聞いただけで、まさか実物を目にするとは思いもよらなかった。

マンゴスチンもだ。確かどちらかが王様でどちらかが女王だったか。


新聞奨学生から卒業して、寮からも出て一人暮らし。

始めは電気もない中のスタートではあったが、借りたアパートの近くに商店街があり、そこの電気屋さんがなんと新聞配達でお世話になった副所長の奥さんの実家。

名前を出して良いと言われていたので、副所長の名前を出して必要な電灯を購入した。

別に割引にもならなかった。


そして商店街はJR線にも近く、更に東京。駅の周りには様々揃う様に出来ているのか大型スーパーもあり、そこを主に利用しているのだ。


正月が近づく。

だが年末年始関係なく仕事だ。

更にまだ勉学の途中。学校卒業をしてもまだ勉強が押し寄せてくる。


不安定なモノを目標としてしまった為に「就職」とはならずバイトしながら生活費と学費を捻出している。


そんな苦しい中で、残業をしてスーパーに入る。

都会のスーパーは深夜も開いていて助かる。


品物の歯抜けになった棚を見ながら最低限の食品や消耗品を買い足す。

そんな消耗した中で私は「再会した」


蔵王吊るし柿


干し柿

蔵王、東北だったかな。

等と疲労した脳みそで考える。

始めは何なのか分からなかった。

何だかビニール紐の束が袋に納められている巨大なモノ。


半額シールが貼ってあったので目が行ったのだ。


半額シールは最早友達。

勉学や仕事にも便利だからと「区」に住むことに拘った為に、アパートは風呂なし物件なのに中々に高い。

そうなると食費を節約するのに半額シールとスーパーの利用は欠かせない。

コンビニなんて以ての外。


私は糖分が欲しかった。

更には、今なら「難敵」干し柿も食べられるのではと思ったのだ。

何せ半額で干し柿が三十個以上繋がれている。

欲しい…糖分!


他にも半額や特売を買って0時をまわった中アパートに帰る。



最早荒んでいた。

部屋も荷解きもほぼ済まずに布団だけ引き出して眠りに帰る。

風呂は徒歩圏内に銭湯が深夜一時迄やっている。


今日は疲労が重なって最早動きたくない。


私は保温してある炊飯器を開ける。

そこには帰宅用に炊いてある炊き込みご飯。


高校生時代からバイトはこなしていた。

更には新聞奨学生として朝夕問わずに働き、隙間時間に勉強も頑張った。


だけれどもそんなの履歴書では無いのと一緒。

今日もバイトが一人バックレてワンオペで回した。

最早限界…


炊き込みご飯

市販の炊き込みご飯のモトを混ぜただけ。

それを茶碗によそい、すぐにかき込む。

味はもう新鮮味はない。ただ飢えない為に。白ごはんだとおかずが要るので…炊き込みご飯。

機械的に二杯平らげて、炊飯器を空にする。


朝用にまた炊き込みご飯を仕込もう。

だが今日はその前に。


蔵王吊るし柿


私は外装を乱暴に剥がして、無作為に一つとり、口に運んだ。


モッチリ


甘い…


モグモグと一つをすぐに食べ、二つ目、三つ目と食べ進む。

体に足りないのはこの栄養だよ!


体が叫ぶようだ。

五つ続けて食べてから、自分が干し柿を「好んでいる」事に気がついた。


一息ついて、水を飲む。

東京に来た時は「まずい水」と思ったが、二年以上その水に触れていたらそれが普通になった。


さっぱりした水で口内をリセット。


でも脳内には複雑な甘味が弾けていた。


「美味すぎるじゃないか…」

独り言。

何だかんだ忙しくしているので、ホームシックには罹患しなかったが、干し柿の甘味が保育所時代を思い出させる。


新聞奨学生時代。ホームシックを拗らせて引きこもりになって、年末の里帰りを心の支えにしていた同期を思い出した。


私も帰りたいのかな…



蔵王吊るし柿


罪な味。

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