第6話紅茶ヌワラエリヤ
ヌワラエリヤと言う紅茶をご存知ですか?
私は数年前に知りました。
初めて聞いたときには何かの必殺技かな?と思ってしまいました。
変わった名前ですよね。
この紅茶に出会ったのは凍頂烏龍茶を頂いた喫茶店でした。
私は台湾茶が好きになり、度々喫茶店に通うようになっていました。
単価が二千円から三千円と高額で様々な出費も有りますから頻繁にではありませんでしたが…
その日は1人掛けの席を占領して文庫本でも読もうかなぁと言う感じでした。
いつものようにメニューを開きます(茶葉は季節によって変わります)
そして紅茶のページを初めて覗いてびっくりしました。
てっきりダージリンとかアールグレイとか知っている茶葉が並んでいると思い込んでいた私の目に『ヌワラエリヤ』なる格好いい名前が飛び込んで来たのです。
私は今日はこれにしようと心に決めました。中二心をくすぐられたのです。
マスターに注文を伝えると。
「お客様、立って頂けますか?」
と言われました。私はマスターを信頼していたので特に疑問もなく立ちました。
するとマスターは言います。
「この喫茶店に飾ってあるカップの中からお好きなカップをお選びください」と。
改めて言われてみると壁にぎっしりとティーカップが並べられていたのです。
台湾茶にしか興味がなかった私は気付きませんでしたが、お世辞にも広いとは言えない店内の壁いたるところにカップ、カップ、カップ…
軽く五十近くは有ったと思います。
ですが私と言う人間は、『ご自由にお選びください』が苦手な人間でして。
この素晴らしいサプライズに困惑しきりでした…
「どうぞ店内を歩いてお好きなのをお選びください」
と、マスターは言います。
そして言われるがまま、店内をカップを探して歩きました。
結局は選びきれず、マスターに選んで貰ったのですが…
選んで貰ったのは紺色のカップ。それに金色の模様が描かれていて高級感があり、星空の様でもあり、ここに注がれる紅茶は幸せものだなと思ったものです。
台湾茶と違い、紅茶はマスターが淹れてくれます。
その淹れる道具も見たことが無く…後で知ったのですが、茶葉の検品用に用いる道具だったようです。
勉強になります。
前にマスターに、家でお茶を飲みたいのだけど、茶器が高くて手が出ないと相談した事があります。
実際に良い烏龍茶の茶器は安くても五千円位からになるのと、その他の道具も揃えるとなるととんでもない金額になってしまうのです…
するとマスターは。
「別に専用の物じゃなくても良いんですよ。私なんて家で飲む時は小振りの急須で台湾茶を淹れてますから」
と、おっしゃっていました。道具は後からで良いと言うことですね。優しい言葉でした。
なのでマスターも使いやすい茶器で紅茶を淹れているのだろうと思いました。
「お待たせ致しました。ヌワラエリヤです」
ティーポットにティー・コージー(ポットに被せる保温用のカバー。ティーポットカバーとも)を添えて持ってきてくれました。
「すみません。一緒にキッシュも食べたいんですが」
私は軽食も頼む。紅茶が思ったより高くなかった事も頼むきっかけ。
「かしこまりました」
この喫茶店の軽食はマスターの手作りだと他のお客さんが言っていたのを思い出す。
並々ならぬこだわりを感じずにはいられない。
でもそれを表に出さず、さりげなく置いてくれるこの喫茶店がやっぱり好きだ。
「お待たせ致しました。本日はベーコンとほうれん草のキッシュです」
紅茶にしょっぱいのはどうかとも思ったが、マスターが何も言わなかったのをみると問題ないようだ。
改めて。
「いただきます」
私は紅茶はストレートが好きだ。砂糖を入れることも有るが、大抵一杯目は無糖のストレート。でもペットボトル等だとミルクティー派になる不思議。
おかずになるキッシュにもそれのが合ってる気がした。
熱々を頂く。
おお、当たり前だがペットボトルのお茶とはまるで違う。生きているものを味わう感覚。
華やかな香り。それが鼻腔と口を支配する。
ティーカップも良い感じ。
まるで自分だけ夜を味わっているよう…
その幸せに浸りながらもティーポットにティー・コージーを被せる。
ティーポットにも見事な細工がされていたのだが、それは飲み終わってから堪能しよう。そう決めた。
そう、今日はお茶だけではない。キッシュも有るのだ。
キッシュは冷めても美味しく頂ける料理だ。乾かない様に直前までラップされていたのもありジューシーさが目でも分かる。
添えられたフォークで一口。
美味しい…贅沢に具材が使われていて生地の旨味も加わり一口で虜になる。
そこに程よい温度になった紅茶を飲む。
これは素晴らしい。少し冷めても紅茶は芯のある強い味わいを残し、口をさっぱりさせてくれる。
そこに濃厚なキッシュをまた一口。
堪らない繰り返し。
紅茶を注ぎ直してまたこの作業に戻る。
嬉しい。
今日は紅茶にして本当に良かった。
飲み、食べ終わったあと、ティー・コージーもおしゃれなものだと気付く。
多分、不思議の国のアリスだろうか…チシャ猫?が描かれている。
そして肝心のティーポットも揃えたようにアリスが描かれていた。
良い喫茶店だなぁ…改めてそう思った。
気が付けば文庫本を読むつもりだったのにカップ選びやマスターの所作、紅茶とキッシュと忙しく、それを楽しんでいたので本は読んでいなかった。
「お会計お願いします」
伝票を持って、古いレジスターの前に立つ。
「ありがとう御座います」
マスターもなれた所作で料金をタイプしていく。
カチャカチャ
その音さえ心を弾ませる。
お会計を済ませドアベルをならしながら外に出る。
今日はお客が少なかったからかマスターが見送ってくれる。
最後まで気遣いが沁みわたる。
秘密基地の様なビルとビルの隙間。そこにある喫茶店。
細い道を抜けると途端に騒がしくなる。
さっきまでの落ち着いた雰囲気が無くなっていく。
私はこの騒がしい町で生きているんだ。
喫茶店は心が渇いた時に訪れるオアシス。
明日を生きるために私は雑踏に消えていった。
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