第5話プラモ屋?いや、カレーの話三

(参ったなぁ)

私は困っていた。

曜日は日曜日。新聞奨学生の私にとっては朝刊を配達し終わった半休。

好きな漫画の発売日だったので、地下鉄に乗って買いに出掛けた。

小さい地下鉄の駅なのだが、本屋が入っていた。そこで漫画を購入する。


そして、朝食兼昼食を取ろうと、いつもの階段を登り、スーパーで弁当でも買おうと思ったのだ。

日曜日は新聞社からの食事の供給が無いので自前で準備しなければならなかった。


地下から地上に出る。

そこからが参った。


いつもなら大手スーパーが入っているビルがある筈なのだが、目の前には見覚えの無い商店街が広がっていた。

駅名を確認する。


(合ってるな…)

じゃあ何で商店街が現れるんだ?

上京したての私は『駅には出口が複数ある』と言うことを失念していたのだ。

ただ普段の出口と違う出口から出ただけなのに頭は混乱していた。


季節は上京したての春。桜並木の見事な商店街だった。


混乱しながらも

(駅は合ってるんだから電車に乗れば帰れる)

そう思い直し商店街をぶらつく事に決めた。


懐には食事が出ない代わりに社員から支給された千円が入っている。

上京したてで金欠病の自分には有り難い気遣いだった。


お洒落な商店街らしく飲食店もお洒落で…高かった。


(飲食店を止めて…やっぱりスーパーか何かで弁当を買うのが良いか)

そう思い始めながら満開の桜の中歩いていると…


(なんだ?あれ)


おかしな店があった。

店構えは飲食店の様なのに、食品サンプルが並ぶであろう棚に。


(なんで『ガンプラ』が)

そう。サンプルではなく沢山のガンプラが陳列されていた。


自分はガンダムにはそれほど興味無かったが、大小様々なガンプラは興味をそそられた。

(確か連邦とジオンがあったんだっけ)

ガンプラは初代のシリーズが多いようで、自分でも分かるガンプラもあった。


するとショーケースのガラス越しに視線を感じる。

ガンプラから視線を移すと、ショーケース越しにコック服の中年の男性が立っていた。


思わずビックリして少し後ずさる。

だが男性はにこやかな笑顔を向けて手招きしていた。




男性の人好きする笑顔につられて、チリンチリンとドアベルを鳴らしてドアをくぐる。


「いらっしゃい。中にもガンプラ飾ってるから見ていきなよ」

そう招いた男性は言った。


「ど、どうも」

恐縮と緊張でどもりながら返事をする。


店内にも所狭しとガンプラが並ぶ。


「始めは趣味で飾ってたんだけど、今じゃお客さんが置いていったのが大半だね」

そう言いながら男性はお冷やを入れて渡してくれる。


「どう?気に入った?」

流れる様に椅子を勧めてくる。

椅子に座る。


「ええ、詳しくないんですが…見たことのあるガンプラが多いですね」

戸惑いながら答える。


「私は初代シリーズが好きでね」

そう言いながら男性はメニュー表を出してきた。


「こんななりだけどうちはカレー屋なんだ。なんか食べてく?」

男性は言った。


(断り辛!)

うまうまと付いていってボッタクリバーにでも入った気分だった。


メニュー表に目を通す。

(あれ、リーズナブル)

サイドメニューを付けなければ千円未満で食べられる。


(当たりかもしれない)

一番高いビーフカレーでさえ千円行っていなかった。


「あの、ポークカレーをひとつ」

値段の間を取ってポークにする。


「有り難う御座います」

ニコッと良い笑顔で男性がメニューを下げながら言う。

良い笑顔。悪人では無いなぁと何となく思った。


待ち時間はガンプラを席から立ち上がって眺める。

アイドルタイムなのか客は自分一人だけ。

ささやかな貸しきり感。嫌いじゃない。



「おまちどおさまです」

男性が料理をもって戻ってきた。


「有り難う御座います」

慌てて席に戻る。


ポークカレー。オーソドックスな家庭的タイプだった。ライスにルーがもうかかっている。

だが野菜は煮とけているのか具材はゴロゴロの肉のみ。

食べ盛りの男子からしたら十分にご馳走だった。


「大盛りサービスだよ」

男性が言う。


「有り難う御座います!」

朝食から食べていない私にはとても嬉しいサービスだった。



「頂きます」

手を合わせ、早速カレーにがっつく。


金曜日に販売所でカレーを振る舞われたばかりなのにまたカレー。



だけどカレーは大好きだ!



(あれ、おかしいな)

テーブルに据え付けの福神漬けをよそいながら思った。


汗が止まらないのだ。



「はいよ、お客さん」

男性が箱ティッシュを出してくれる。


「カレーのスバイスは秘伝のブレンドでね。盛り付けの見た目から大抵のお客さんは始めは何事も無く無感動に食べる」

男性が言う。


「だけどね。体が火照ってきてからがうちのカレーの本領発揮だ。辛くないのに体が温まる」

ニコッと笑う。


「カレー屋舐めないでね」

そう言ってガハハと笑った。


男性の説明を聞きながら、ティッシュで汗を拭う。

旨い。販売所のカレーとも親と食べたヨーグルトベースのチキンカレーとも違う。


食べなれた味なのにスプーンが止まらない。

段々と遅れて辛さも追いかけてくる。心地よい。汗を拭ったティッシュが山になっていく。


「はい、お冷や」

男性がピッチャーに入ったお冷やを持ってくる。

丁度コップが空になってた所だったので有り難く頂く。

お冷やの喉ごしも体を冷やしてくれて嬉しい。


私は大盛りのカレーを一気に平らげた。



「満腹です」

私は言った。


「そりゃあ良かった。若い頃は腹一杯食べなきゃね」

男性はまた笑った。



「はいよお釣り」


「はい」


「またおいで」


「はいまた」

社交辞令じゃなくまた来たいと思った。


満腹になったからかもう不安の気持ちは無かった。

何せ商店街は一本道。帰りの駅も決まっている。

迷いようがない。


いや迷った末ではあるんだけれども。



これで夕方の翌日分のチラシ整理の雑用も、元気よくこなせそうだ。新聞奨学生は忙しいのであった。




そんなことが上京したてにあった。

今でもガンプラを見付けると、

「あの人元気かなぁ」

と、思い起こされる。


味覚以外にもインパクトのあるお店って有りますよね。

私は中々に縁が深いようです。


カレーの話は一旦終わります。

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