第3話カレー
今はカレーも十年一昔より進化していますよね。
レトルトカレーが顕著な気がします。
昔は具材がごろごろとしたカレーが主流だったかと。
でも今は具材が溶け込んだタイプや、ご当地カレー等、更には昔は専門店でしか食べられなかったグリーンカレー等の本場テイストの物も今では比較的安価に手に入ります。
私にはカレーの思い出があります。
高校を卒業した私は、親との進路の喧嘩の末専門学校に、学費は新聞奨学金を受けて、代わりに新聞配達に在学中従事すると言う契約を結び、やっと進学となりました。
布団だけ先に新聞販売所に送り、男子として恥ずかしいですが、私の学生時代はガラケー全盛だったのと地図検索も覚束ない性能。
たどり着けるか心配した母親が付き添いでついてくる事に。
いざ上京。実家の単純な交通網と違って、東京はお上りさんには複雑すぎた…親についてきて貰って本当に良かったと十七歳の私は思ったものです。
販売所と電話でやり取りしながらようやく目当ての区にたどり着く事が出来た。新幹線で東京に午前中に着いたが、もうお昼になっていた。
母親が
「昼食を先に食べよう」
と言って、商店街に入っていく。東京に商店街が有ることにびっくりしながらもついていく。
私は世間知らずで実は新幹線にもその時は一人で乗れない位だったから、ビビってる私の代わりに母親が店を決めた。
お昼時だったが二人入る事が出来た。
そこはカレー店だった。
我が家は外食しない家庭だったので店内もドキドキして落ち着かない。
母親はもう注文を決めた様だ。
「あんたも決めちゃいな」
そう言ってメニューを渡される。
頭をひねった。カレーの専門店だったらしく見慣れないメニューが並ぶ。
その中で私は緊張しながらも味が分かりそうな『チキンカレー』を選択。
店員さんを呼んで注文をした。
「あと飲み物でラッシーを二つ」
母親が追加注文した。
ラッシーとは何ぞや?
私には知らない事ばかりだった。
注文を待つ。待つ間、母親は子供の初めての一人暮らしに不安が有るらしく、細かい薫陶を私にする。それはありがたいが、外食の緊張で余り聴けなかった。
「お待たせ致しました。チキンカレーです」
運ばれてきたカレーを見て私は困惑した。
てっきりご飯にカレーが掛かっている物を想像していたのだが、ご飯の皿にはご飯。カレーは壺(ポット?)の中だった。しかも肉は手羽元。
カレーは同級生と某チェーンにしか入ったことがなかったので見た目だけで眩しかった。
「お待たせ致しました」
母にも注文が届いた様だ。
「ラッシーは食中と食後どちらになさいますか?」
「では食後に」
そんな会話をしている。ラッシーとやらは後から来るらしい。
飲み物は水が先に用意されていたのでそれで良かったが。
「頂きます」
二人して食べ始める。
私は骨付き肉は苦手だ。どうしても手で持ってしまったりする。
(チキンカレーは安牌だと思ったんだけどなぁ…)
そう思いながらも壺からご飯にカレーを注ぐ。
それで見た目だけなら普通のカレーになった。だが色味は濃い茶色ではなく黄土色をしていた。だが香りはスパイシーでとても食欲がわく。
私はまずルーとご飯だけで食べた。
(なんだこれは)
まるっきり想像と違う味だった。
それはそうだろう。普段は家庭のカレーなのだから、お店のカレーとは比べ物にならない。
それと後から分かったが、ルーはヨーグルトベースだったらしく、少し酸味が有り、代わりにコクが強かった。
次は手羽元だ。
手掴みは嫌だったのでまずスプーンを使ってみた。
するとどうだろう。スッと肉にスプーンが入り、骨からすんなりと外れた。
これは相当煮込んであるなと、当時料理をしない私にも分かった。
そして肉だけを口に入れる。
鶏皮のジューシーさと肉の柔らかさに驚いた。
今まで食べてきたカレーとは別物だと全てが主張していた。
それからは早かった。
肉を解し骨を避け、ルーと共に口に入れる。
その繰り返し。
たかがカレー、されどカレー
ただのカレーなのに奥深さを覗いた気がした。
そして母親もカレーを食べ終わった頃に。
「お待たせ致しました。ラッシーです」
忘れた頃にラッシーが届く。
見た目は真っ白い少し重たいシェイクみたいなドリンクだった。
置かれたラッシーを持ち匂いを嗅ぐ。行儀が悪いかもしれないが、初めての物なので疑り深くなっているのだろう。
(ヨーグルトの匂い)
食べなれた物の匂いにほっとしつつ、氷を避けながらグラスに口をつけてラッシーを飲む。
「甘くて美味しい」
「あんたは初めてだったね」
母親が言う。最近流行り始めたインドの飲み物で、スパイスの辛みを和らげてくれるそうだ。
食べたチキンカレーは汗ばむ程度の辛さだったので食中には水で十分だったが、食後のラッシーは格別美味しく感じられた。
ひとごこちついてから、販売所に向かうことになった。
それでお会計。
チキンカレーが千二百円程したのを覚えている。
カレーに千二百円…専門店だからか?
学生には出せない金額だった。母親が会計をしてくれる。
このご馳走のカレーは一人暮らしを始める私への餞別だったのかもしれない。
それから十分ほど掛けて販売所に着いた。
「遠くからお疲れ様です」
副所長が出てきて私と母親に労いの言葉を掛ける。
母親は終始、宜しくお願いしますと繰り返していた。
そしてひとしきり挨拶を済ませると、副所長に帰りの駅へ向かうバス停を聞いて帰っていった。
「明日から宜しく」
母親が居なくなってから副所長にそう言われる。
「仮部屋に布団は運んであるから。はい、鍵」
部屋の鍵と部屋への地図を貰う。
カレーは辛い(からい)
でも明日からは経験したことのない辛い(つらい)が待ち受けている事をこの時の私はまだ知らなかった。
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