第2話ミード

ミードとはお酒である。材料はハチミツと水ととてもシンプルでハニームーン=ハネムーンの語源にもなったと言われるお酒である。

他にはハニーワインとも呼ばれる。


好きな漫画にそうエピソードと共に紹介されていて、お酒が飲めるようになったらまず飲んでみたいと思ったものです。


二十歳になって専門学校を卒業した私は新しい新居に引っ越しました。

ですがその新しい住みかには電灯が無かったのです。

これには吃驚仰天。

二十歳になったは良いが冷静さとお金と常識に疎かった私は。


(蛍光灯どこで買おう…)

で頭が一杯でした。何せ引っ越しで荷物は段ボールの中。夕方に差し掛かっていて暗くなる一方。

それに住み慣れた街なら電器店位あてはあったろうが、今は遥か新天地。何処に何があるかも分からない。


更に日暮れで暗くなる。

こんな段ボールだらけでカーテンも無いアパートで1日過ごす自信さえ無くなってしまった私は。


同級生に電話で助けを求めた。


「え、電灯が無いの?そりゃあこまったね。

え、泊めてほしい?

いいぞ」

地獄に仏、卒業しても同級生は見捨てなかった。

そして私は電車に乗るべく駅まで取るものも取らず歩き始めたのだった。


駅には商店街や大型スーパーが集まっていた。


(手土産位は要るよね)

そう思った私は大型スーパーに入っていった。

そこで微妙な出会いを果たす。


「あった」

ミードだった。それもそんなに高くない。


「買ったれ」

私はもっとムードのあるなかでミードと出会いたかった。

だけど出会ったものは仕方がない。

同級生は男だ。いわれの話をするつもりも無いし、ハネムーンの話をしても誤解されないだろう。うん。

それと乾きものと弁当を買って電車に乗った。

上京間際は小さな駅でも迷った私だが、二年も過ごして要るうちに電車には迷いにくくなった。

更に同級生も引っ越しをしていたのだが一度お邪魔しているのと、私の在学中に過ごした地域と重なって居たので迷いようが無かった。

電話で自分の食べ物だけで良いとも言ってくれていたので、手荷物で気を付けるのは瓶に入ったミードだけだった。


電車に揺られる。途中乗り換えを挟んで元住んでいた街に到着する。

引っ越し当日に戻ってくる事になるとは…


友人の借りているアパートもよく通る場所に有ったので迷わない。


ピンポーン

チャイムを押す。


「おっす、お久しぶり」

同級生がそう茶化す。


「久しぶり。この前お邪魔以来」

私も返す。住み慣れた場所にたどり着いているからか、電話を架けた頃の情けなさは幾分収まっていた。


「まあ入ってよ」

「お邪魔します」


同級生のアパートは今から思うと変わった形をしていたと思う。真ん中に扉がある建物なのだが、実はそれは二階に上がる階段の扉でしかも土足禁止。階段の一部が下駄箱になっているのだ。

で、同級生の部屋は一階なのだが、二階は二部屋、一階は一部屋、しかも戸建て並みの広さ。だが不動産屋から半分しか使っちゃ駄目だよと言われていた。

都会の賃貸は訳が分からない。


居間にあげて貰う。

まだ三月で寒い日も多いからかコタツが用意してあった。

「お、コタツ有り難い」

「実はコタツは備品です」

「マジで?」

「うん。押し入れのは使って良いんだってさ」

「うちとは大違いだなぁ…」

何とも不思議な賃貸。今ならそう思う。


「まあうちは電灯あるしテレビもある。コタツ入ってゲームでもしようや」

テレビもある。そう。テレビ。

私は専門学校に通うにあたって親に反対され、新聞奨学金で通うに至った。

それで新聞社が寮として部屋を借りてくれたのだが…


それが築五十五年の風呂無しトイレ共同四畳半だったのだ。テレビなんか観れる環境に無く、空調もない。流し台はタイル張り。

なのに区に属していたのと、駅から比較的近かったので家賃は三万を越えていた。

これも都会の賃貸は訳が分からない。

なので室内アンテナが手に入る迄は私はテレビ無しで勉学と新聞配達に励んだ訳である。

因みに今同級生の住んでいるアパート?にも配達していた。

これが私の安心感の正体だ。


兎に角コタツにいれて貰う。暖かい。

自分の新居に比べて何と素晴らしい事か。


それで同級生宅で食事を済ませて、テレビゲームをした。

明日は泊めてくれたお礼に近くを案内する約束をする。更に電器店で電灯を買おうと心に決めた。


「実は酒が有るんだけど」

私はゲームも終わってまったりしている所にミードを出した。


「白ワイン?」

同級生が言う。

色味は黄色が強い白ワインに見える。だがラベルには蜜蜂のエンブレム。


「いや、ミードって言うハチミツ酒だよ。昔から呑んでみたくてさ。折角だから手土産にした」


「俺は梅酒とかみたいな甘いのじゃないと呑めないんだよなぁ」

「大丈夫な筈だよ。本にそう書いてあった」

確かに書いてあったが呑むのは初めてだ。

友人に二つコップを出して貰い、それに琥珀色の液体を注ぐ。


「乾杯」

「乾杯」

二人して恐る恐る口にする。

今なら毒じゃ無いんだからと笑って言えるんだが、当時は経験も足りず、酒も呑みなれて居なかったので呑む様は滑稽だったろう。



「美味い」

同級生がそうもらす。


「ああ。美味い」

私もそう返した。


そう。美味かった。見た目から私も渋いワインを想像してしまっていたがそうじゃなかった。

軽い酸味に、続いて甘味もする。そして口に長く含むとハチミツの味が確かにする。


「これ本当にハチミツなんだな」


「そう言ったろ?俺も初めて呑んだけど…」

次は二人して無言で酒を傾けた。四合瓶を二時間位かけて空にした。


「あ、ツマミ有ったの忘れてた」

酔った頭で思い出す。


「遅い」

友人は左右にゆっくりと揺れながら言った。聞くと揺れると心地好いそうな。


最後まで抜けていたがミードは最高に美味しかった。




それから十年は経っただろうか。

同級生が結婚する。

結婚式が終わり落ち着いた頃に、私はミードを渡そうと思う。

二十歳の世間知らずを助けてくれた事は忘れていないと言うこと。


それと。


『ハネムーン』


次こそちゃんと伝えてやろうと思う。

変わらぬ友情と共に贈る。

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