シャイクスピアとシェイクスピア

荒川 麻衣

ソーシャルディスタンス演劇

人「シャイクスピア」

俺「シャイクスピアじゃなくて

  シェイクスピアだ、

  何度言ったら」


おーい、と遠くで呼ぶ声がする。


男「だれでぃ」

R「あっちは東、ジュリエットは

  おひさまだあああわーい」


男「あんなセリフ俺書いた覚えは」


R「It is East.Juliet is the sun.」


人「書いたでしょ、ほら」


男「いや先行訳!

  松岡和子訳!


  向こうは東、

  ジュリエットは太陽だ」


人「あ、そう」


俺「あそう、って」


人「アホなんでしょう、ロミオって」


俺「うーん」


人「先行訳、つまり訳した人たち

  バカっぽく

  訳してくれなかったから

  頭悪いただの男の子が

  インテリに見えるんでしょ」


俺「いや、中学英語レベルでも」


人「英語なら気取って聞こえる?」


俺「うーん」


人「確かに人はそう言うわ。

  でもね」


俺「名前に何があるの」


人「薔薇という名前を 

  別の名で呼んでも」


俺「甘い香りに変わりはない。

  ロミオだって同じ」


人「二人ともバカだねぇ」


俺「バカなのはわたしたち。

  結局は」


人「あーあーあーネタバレしない!」


俺「Very famous!」


人「全人類がシャイクスピアを」


俺「もーしーもー

  シェイクスピアがいなかったら」


人「出版会社はこまったろうな」


俺「引用!

  著作権法によりここからさき

  オリジナルの物語を」


M 「もしもーし!マクベスだけど!」


俺「どっから?!」


M「ソーシャルディスタンス!

  マイク使ってんの」


俺「頭おかしいでしょ」


M「おかしいのは


L「お ば か さ ん」


M「レディ、ああこんなところに」


俺「木下順二か

  小田島有志か

  松岡和子か


  お願いだから坪内」


L「手があああ」


俺「タイタスアンドロニカスの

  ラビニアか!

  今助けに」


人「結末は知っているでしょ」


俺「でも作者は」


人「わたし」


俺「。。。」


人「私とあなたの共同作業。

  アドリブでしょ、

  あとは」


俺「台本が長すぎたのは謝るよ。

  だから出て行って」


人「あなたが見ている幻だもの」


人、椅子を引きながら優雅にくるくると

まわる。ダンスのようでもある。

ピルエットをくるりと。


俺「鏡みたいだ」


人「谷川俊太郎、真似しこぞう」


俺「呪いだな。

  離れても離れても亡霊のように

  この身体が覚えている」


人「大人になっても」


俺「人はそう変わらんよ、

  この舞台を降りてもう20年」


人「正確には18年、かしら」


俺「17年だ。

  あの頃はライトがまぶしくて。

  後遺症でほら」


人「サングラス」


俺「ああ。悲しいことに」


人「かわいそうなあなた」


俺「かわいそう?

  得難い不幸もあったし

  幸運もあった。

  あの、震災までは」


ギイ、とチェア、安楽イスが揺れる。


人「大草原の小さな家」


俺「見たことあるのか」


人「話には」


俺「まぁ、俺も聞いただけだし」


人「まぁ、田舎だし、舞台もなければ

  娯楽もない、へんぴなところで」


俺「覚えてる。」


人「ん」


俺「弱い眼鏡をかけても

  目に浮かぶんだ、

  お客様の姿が。


  目に焼きついて離れない。


  お客様のいない芝居なんて

  死んでいるのと変わらない!」


慟哭。


人「仕方ないじゃない。

  このご時世」


ディスタンスを保ちながら。


俺「愛してる。

  ファンの子と付き合っている

  噂を垂れ流して

  普通の、一般人の、ひまな奴らは

  全員嘘つきだ。


  表舞台に立てば石を投げてくる。


  引退すれば理由を聞いてくる。


  裏にひっこめば目立ちたがりと

  文句がくる。


  シナリオを提出すると 

  アイデアだけ持って行く。


  セリフを話せば下手な芝居と

  アドバイスがくる。


  子役だと伝えれば

  全国放送かと聞いてくる。


  久々に戻ればオーディションさえ

  消える。


  ゲネプロを見に行けば無名だから

  来るなと文句。


  誰も私の名前なんて

  あんなに噂していたのに

  覚えちゃいない!


  とかく芸能人は生きにくい!!」


人「エンタメ?

  エンターしないと。

  木戸賃いただきます?


  世阿弥観阿弥、

  みんなストリートライブ、

  金取ること自体おこがましい。


  シェイクスピア劇はもとは

  余興、素人芝居のとばっちり」


長い間。


人「ああ栄光は君に輝く」


俺「おいで」


演者の名前を叫ぶ。


人「100年経ったら

  むかえに行きます。

  だからそれまで

  待っていてください」


俺「大きな法螺貝で」


人「フェアイズファウル

  フェアリーズファウル


  妖精の世迷言」


俺「そのろうそく。

  消してくれないか」


全員、客席に向かって叫ぶ。



全「お客様!」


幕。

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シャイクスピアとシェイクスピア 荒川 麻衣 @arakawamai

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