後悔しない選択肢

ブリル・バーナード

後悔しない選択肢

 

「―――後悔しない人生を送れって人は言いますけど、どんな選択をしても絶対に後悔する、というのが私の持論なんですが、先輩はどう思います?」


 夕暮れの教室に後輩ちゃんの声が響き渡って消えていく。

 教室にはクラスメイトは誰も残っていない。俺と後輩ちゃんだけ。二人っきり。

 微かに聞こえてくるのはグラウンドの運動部の声。音楽室の吹奏楽部の演奏。

 ここ最近は、放課後の教室に残って後輩ちゃんとお喋りするのが習慣になっている。

 俺の前の席のクラスメイトが帰った後、後輩ちゃんはスタスタとさも当然のように教室に入室すると、勝手に椅子を借りて逆座りするのだ。

 以前はあれほど恨み辛みを述べていたクラスメイトは、もはや『嫁が来た』とか『おしどり夫婦』とか言う始末。

 聞いてますか、と頬杖をついてムッとした後輩ちゃんは一蹴り。弁慶の泣き所にクリーンヒットして激痛が走った。痛い……。


「先輩、ご返答を!」

「……返答の前に一ついいか、後輩ちゃん」

「どぞ、先輩!」

「話に脈絡がなさ過ぎるんだが!? つい直前まで『お腹減ったなぁ』から始まり、『何が食べたい』って話になり、『クレープ食べたい』から何故か『週末にデートに行く』話になって、んで今のだぞ! どこをどうすればその話に行き着くんだ!?」


 ほとんど後輩ちゃんが喋り続けて、俺は相打ちをしていただけなんだが、どこにも『後悔』に行き着く話題はなかった。

 飛躍的過ぎ。後輩ちゃんって超マイペース?

 それと、何故俺は後輩ちゃんとデートに? まあ、これまで何度か同じパターンはあったけど。

 後輩ちゃんは、ふふん、と少し得意げな顔。


「女の子の会話なんてそんなもんですよ!」

「マジかぁ……」

「まあ、嘘ですけど」

「嘘なのかよ!?」


 まったく、この後輩は! 俺を揶揄いたいだけかよ!

 クスクスと笑う後輩ちゃんは憎たらしいほど楽しそう。だから、あまり強く言えない。

 せめてもの抵抗としてムスッと不満顔で不機嫌オーラを放出する。

 俺のほうが一つ年上なんだぞ。年上を敬い給え、小悪魔な後輩よ。


「先輩が拗ねた」

「……拗ねてない」

「男が拗ねても需要ないですよ」

「うるさい」

「しかーし! 拗ねた先輩もたった一人、この私、後輩ちゃんには需要があるのです! 先輩、可愛いですよ!」


 はいはい。俺を揶揄うのが楽しいんですね。笑顔がキラッキラ輝いているぞ。って、頭を撫でるな!


「で、私の持論への先輩のご意見は?」

「そうだなぁ……」


 後悔しない人生うんたらかんたら、後悔しないためにうんたらかんたら……と俺もよく聞くが、後輩ちゃんの持論は、どんな選択をしても絶対に後悔する、か。


「同じかなぁ。どんな選択をしてもいつかは後悔すると思う」

「でしょでしょ!」

「でも、後悔するから人生なんじゃないか?」


 俺、名言を言った気がする。どやぁ!

 しかし、後輩ちゃんは真顔で冷静に一言。


「そのセリフ、恥ずかしくないですか?」

「…………今になって急に恥ずかしくなった。俺は今、猛烈に後悔している。言わなければよかった」


 臭いセリフを言うという『選択』をして『後悔』する俺。穴があったら入りたい。

 ニヤニヤ顔の後輩がムカつくから顔を伏せる。

 おいコラ、人差し指で頭をツンツンするな! つむじをイジイジと弄るな! 先輩可愛い、じゃない!


「持論を展開するということは、後輩ちゃんは何か後悔したことでもあったのか?」

「あっ、復活した。まあ、思春期の超絶美少女女子高生の後輩ちゃんには毎日が後悔なのですよ! あぁ……どうして私はこんなにもモテてしまうのだろう? 自分の美しさが憎い!」


 よよよ、と泣き崩れるしおらしい後輩ちゃん。大した演技力だ。

 ただし、涙は一滴も出ていない。

 俺はジト目でチラッチラッと視線を向けてくる後輩を眺める。


「……言ってて恥ずかしくないのか?」

「全然!」


 輝かんばかりの眩しい笑顔。世界がパァッと明るくなった気がする。

 その鋼鉄の精神メンタルを俺にも少し分けてくれ。

 ちなみに、目の前の後輩ちゃんはモテる。はっきり言って超モテる。告白なんて日常茶飯事。一日に21人が最高記録。

 過去のバレンタインデーには逆チョコが靴箱からはみ出て、更には机に山積みになっていたという伝説の持ち主。ホワイトデーも同様。渡していないはずの相手からのお返しで机が埋まっていたという。

 そんな小悪魔系超絶美少女の後輩ちゃんとなんやかんやあって気に入られた俺は、男子たちの物凄い嫉妬と殺意の嵐を受けながらも、こうやって遊び……弄り……お喋り相手として仲良くしているのだ。

 なんか悲しくなってきた……。


「私も毎日いろいろと考えて、悩んで、後悔して、傷ついているんです。繊細なステンドグラスの心が傷ついているんです!」

「へぇー」


 真面目に聞いてくださいよ、と後輩ちゃんがプンスカ怒った。

 一応聞いておりますよ。ツッコミが面倒くさくて放棄しただけです。

 はぁ、とため息をついて後輩ちゃんは机に突っ伏した。珍しく元気がない。これは本当に悩んでいる顔だな。


「実際、毎日毎日言いたいことが言えずに、家に帰って『うがぁぁあああ』って後悔してますね。あの話をしたほうが良かった、この話はしないほうが良かった、とかもウジウジ考えます……」

「青春してるんだな、現役JK」

「私、恋する乙女なんですよ、ヘタレ先輩」


 ヘタレ言うな!

 この後輩は何時如何なるどんな状況でも俺を揶揄って弄らなければ気が済まないのか?

 だがまあ、悩める恋する乙女に俺が言えるのはこれだけだ。


「たくさん悩み給え、若人よ」


 彼女の頭をポンポンしたら、キッと睨まれた。怖っ!?

 後輩ちゃんは突っ伏したまま、俺の腕を人差し指でツンツンし始める。ちょっとくすぐったい。


「……先輩、後悔しないためにはどうすればいいですか?」

「どんな選択をしても絶対に後悔するのが持論だっただろ?」

「そうですけどぉ~、人は誰だって後悔したくないんですよ。後悔を避けれるのなら私は避けたいです」


 スゥーッと俺の腕を撫でる後輩ちゃん。だから、くすぐったいって!

 後悔しない方法ねぇ。俺は無理だと思うんだが。


「後輩ちゃんが未来を見ることが出来たら後悔はしないんじゃないか?」

「……どゆ意味です?」

「いや、そのまんま。未来を見れたら後悔はしないはず。だって、過去のある時点でこうすればよかったって悔やむのが後悔だから、最善の未来を選ぶことが出来たら後悔しないだろ」

「なるほど。先輩が私に告白しないのも、未来がわからないからですね!」

「……今の話の流れで何故俺の告白に行き着くのか分からないんだが?」


 この後輩は話の脈絡がなさ過ぎる。話をちゃんと聞いてた?

 というか、何故俺が後輩ちゃんに告白をすることが前提となっている?


「先輩が私に告白してフラれてしまったら『告白しなければよかった!』と後悔するんでしょうね。それを恐れてヘタレた先輩が私に告白しなかったら、いつかこう思うんでしょうね。『あの時告白すればよかった』と」


 その例えだったらどっちも後悔するんだろうなぁ。それはわかる。

 だから何故俺が後輩ちゃんに告白する前提なの?


「ここで先輩が後悔しない選択肢はただ一つ! 私がオーケーすること!」

「…………いや、オーケーされてもいつか後悔するかも」

「何故ですかっ!?」

「後輩ちゃんがメンヘラやヤンデレだったら……」


 はぁ、と心底深い、マリアナ海溝よりもさらに深いため息をついた後輩ちゃん。


「ヘタレ先輩、だからモテないんですよ」

「うぐっ!?」

「ちなみに、私は一途です」


 目の前で輝くニコニコ笑顔。若干得意げに胸を張ってドヤッてる。

 でも、なんか有無を言わせぬ迫力があるのは気のせいか? 一点の曇りもないのが逆に怖いんだが。

 メンヘラもヤンデレも裏を返せば一途……この話題を考えるのはやめよう。


「そうですね、では、ヘタレる先輩にこの私が未来予知をしてあげましょう!」

「胡散臭さ……」

「失敬な!」


 ムッとした後輩ちゃんはコホンと可愛らしく咳払いして居住まいを正すと、どこか緊張した面持ちで花のような笑みを浮かべた。


「―――私は、先輩の選択肢に必ず『はい』と答えます」


 窓から差し込む夕暮れの光。

 静かな放課後の教室。

 机を挟んで向き合う二人っきりの男女。

 交わる視線。

 重なり合う二人の吐息。

 漂う彼女の甘い香り―――


 彼女の潤んだ瞳も、赤く染まった頬と耳も、全ては夕陽のせいに違いない。


 告白にはぴったりの状況シチュエーション雰囲気ムード

 後悔はしない選択肢を後輩ちゃんは提示している。

 あとは俺の選択しだい。『する』か『しない』か。

『する』を選択するのに必要なのは俺の勇気。

『しない』を選択した場合は、この日は俺の『もしあの時』であり続けるだろう。

 そろそろ覚悟を決めるか……。

 後輩ちゃんは机に両肘をついて、普段通りニコニコと悪戯っぽく微笑んだ。


「―――先輩はどんな選択をしますか?」































「いや待てよ、いつかもっとロマンティックな場所で告白すればよかったと後悔するかも……!?」


「いい加減にしろ! このヘタレ野郎ぉぉぉおおおおおおおおおお!」




<完結>(3619文字)












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