23嫁 獣娘ナミル(9) そして日は昇るⅡ
「よくやったな」
隣に立ったジャンが小声でぽつりと呟く。
「ああ。そうなのだ。あの女はよく頑張ったのだ。立派なのだ」
「いや、そうじゃなくて、今日のナミルがさ。ナミルがあの女の人を救ったんだ」
「うん? ナミルは何もしてないゾ。大事なところは全部ジャンの力のおかげなのだ」
もし、ジャンがいなければ、きっとナミルは女の生を諦めていた。
自然は、自分から死を望む人間に手を差し伸べるほど優しくはない。
でも、ジャンが、女は本当は生きたがっていると見抜いてくれたから、ナミルは女を助けようとする気になったのだ。
もちろん、吹雪きを晴天に変える奇跡を起こしたのがジャンであることは言うまでもない。
「いいや。俺は、ナミルをサポートしただけだ。実際、彼女を山頂まで導いたのはナミルだし、俺の理屈じみた言葉じゃ、きっとあの女の人には届かなかったと思うよ。俺は、ナミルみたいに素直な気持ちをぶつけることはできないからさ」
「おおー。そうか? じゃあ、ナミルはジャンの役に立ったのか?」
ナミルにとっては、ジャンとナミル、どっちがより多くの手柄を挙げたかなんてどうでもいいことだった。
ただ自分が、ジャンのツガイとしてふさわしい行動が取れたか。それだけにしか関心がない。
「ああ立ったさ。そして、俺はこれから、ナミルにもっと役に立ってもらいたいと思ってる」
「どういうことなのだ?」
「俺はこれから兵士の訓練に山岳地帯での戦闘を考慮した訓練を取り入れたいと思っていてな。そのために、近々、城の近くに高い塔を造ろうと思っているんだ。ナミルには、そこの管理者として、兵士たちを指導してもらいたいんだよ。要は先生だな」
「おー。先生かー。でも、ナミルは戦争の仕方は知らないゾ」
ナミルは狩りなら得意だ。
でも、狩りと戦争は違うことくらい、勉強の苦手なナミルにも分かっていた。
「そういうのは指揮官が考えるからいいんだよ。ナミルに教えて欲しいのは高地順応のやり方だから」
「おー。ジャンがそう言うのなら、頑張るのだ! でも、文字も書けないナミルが先生なんてできるのか?」
「必ずできるさ。実はな。今日、俺はナミルを密かにテストしてたんだ」
「うげー。テストは嫌いなのだ」
ジャンの妻たちは、ヒンメルから、後宮でのマナーのあれこれを時々テストされるのだが、ナミルは大抵ビリに近いような成績で、よく居残りされていた。
だから、テストという言葉に良い印象はない。
「おいおい、もう終わったんだからそんなに嫌がることないだろ! それに、もし今日のナミルに点数をつけるなら、満点どころか、120点だよ。最初は、山に対する知識と実践の能力だけを見るつもりだったけど、あの女の人のおかげで、俺はナミルは単に山に詳しいだけじゃなくて人を導く力があるとわかったよ。お前は人を高みへと連れていくことのできる奴だ」
「んー。よくわからないけど、ナミルはほめられているのか?」
「ああ。めちゃくちゃほめてる。例えて言えば、カップラーメンを一年分進呈したいぐらい、俺は嬉しい」
ジャンは満面の笑みで深く頷いた。
「そんなにか!? そうかー、ナミルは実はやればできる子だったのか?」
ナミルは褒められたことが嬉しくて、ジャンの腕をとりぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「できる子かどうかは、これからのナミル次第だな。でも、少なくとも前よりは毎日退屈せずに済むと思うぞ。兵士の訓練という名目なら、多少ヤンチャな運動をしてもヒンメルも怒らないだろうし」
「おお! そうか! これが前にジャンが言ってた『仕事』というやつなのだな!」
そこまで言われてやっと気が付いた。
ジャンが、急に山へと誘い出したのは、ナミルに仕事を与えるためだったのだと。
「まあ、そういうことだな」
「そうかー。ジャンはずっとナミルを楽にする方法を考えていてくれたんだなー」
ナミルは一度に一つのことしか考えることはできないのに、一体ジャンは、いくつのことを気にかけているのだろう。
世界のこと。
彼が治める民のこと。
兵士のこと。
そして、千人を超える嫁の中の、一人に過ぎないナミルのことまで。
深い愛を感じる。
今まさに昇りつつある太陽のような、広大で尽きることのない無限の愛を。
「幸せなのだあああああああああ!」
「ははは、どうしたんだよ。急に」
ジャンがおかしそうに笑う。
「ナミルもよくわからないのだ! でも、急に叫びたくなったのだ!」
ナミルも釣られるように笑う。
素敵な異世界の山に登った。
人生を諦めた一人の女を救った。
とってもおいしいご飯とお菓子を食べた。
綺麗な朝日を見た。
大好きなジャンにほめてもらえた。
昨日は本当にいい一日だった。
そして、もっと素晴らしい今日が始まる。
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