20嫁 獣娘ナミル(6) 吹雪
こうして、ナミルたちは再び登山を開始した。
山の天気は変わりやすいから安心はできないが、幸い今は天候も良く、吹雪いてはいない。
強いて注意することと言えば、風の強さだろうか。
氷で滑りやすい斜面に強風とあいまって、滑落しやすい状況にある。
正面からの風はジャンが風除けになってくれてるから影響はすくないが、横風には特に注意だ。
「もうちょっと小股で歩くのだ。大股で歩くと疲れるのが早いゾ!」
しばらく女の登り方を観察してから、ナミルはそう声をかけた。
「これでいい?」
「いいのだ。小股に慣れてきたら、次はつま先を外側に向けて歩くといいゾ。ガニ股というやつなのだ」
獣人は教えられなくても山で暮らしている内に自然とガニ股歩きを覚えるものだ。
しかし、都市部で暮らすヒューマンの女性は一般にガニ股は品が良くないと子どもの頃から教え込まれるらしく、これが苦手なことが多かった。
「そんなこと言われてもっ! すぐにはできないわよ!」
そう言いながらも、女はナミルの指示に従う。
「そんなことないゾ! よくできてるのだ!」
テントの中とは打って変わって、女は素直だった。
多分、こっちの方が女の本当の姿なのだと思う。
きっと、悪い人間ではない。
そもそも、本当に悪い人間は、自殺しようとなんてしない。
むしろ、他人を犠牲にしてでも、自分だけ生き残ろうとするものだ。
「まだまだ、頂上は長いかしら」
「あまり先のことばっかり考えない方がいいゾ。うんざりするのだ。とりあえず、あの大きな岩のところまで行ったら休憩にするのだ」
「まだ、疲れてないわ。もうちょっと行けるわよ」
女はそう言い張って、気丈に前を向く。
意地を張ってるというよりは、登山が遅れてナミルたちに迷惑がかかることを気遣っているのだろう。
ナミルたちからすれば、下手に無理をされて余計な怪我をされる方が困るのだが、そこまでは気が回らないようだ。
本当に不器用な女だ。
都会において人間関係に不器用なことは、きっと獣人にとって山登りが不得意なのと同じくらい、生きにくいことだろうと思う。
でも、そういう人間は往々にして、登山に向いている。
ナミルも、女とは真逆の方向性とはいえ、都会の人間関係というやつが苦手だから、余計にそう思うのだ。
「疲れていないうちに休むことが大事だゾ。頭が疲れたと思う頃には身体はもっとやばい感じになってるものなのだ」
休憩はこまめにとった方がいい。
脱がした時に骨格と筋肉量を観察したので、この女の大体の体力は把握できている。
ジャンとナミルなら、一時間に数分の休憩で十分すぎるが、この女の場合は三十分ごとにした方がよさそうだ。
「よし、じゃあここで休憩しようか」
ジャンの合図で立ち止まる。
ナミルの言った通り、大きな岩を超えたあたりだ。
わざわざ打ち合わせをしなくても、ナミルとジャンはツガイなので、呼吸はぴったりと合う。
「立ったまま?」
「一度座るとなー、立ち上がる時にめっちゃ力を使うのだ。だから、こういうちょっとした休憩の時は、立ったままの方がいいんだゾ」
山登りの時は、短めと長めの二種類の休憩を使い分けるといい。
短めの休憩は体力の消耗を抑えるためのもの。
一方、長めの休憩は体力を回復させるためのもので、こちらの場合はバッグも下ろして座り、身体をマッサージしたり、水や食べ物も摂る。
「あなた、まだ若いのに山に詳しいのね。すごいわ」
女が感心したように言った。
「そうか? ナミルの故郷では普通だゾ? それより、ナミルから見れば、お前のその化粧の方がすごいゾ」
「なに? 厚化粧だって言いたいの?」
「そういう意味じゃないのだ! あんなー。ナミルはそういう細かいのが苦手でなー。前に適当にやったら、ジャンにハゲネズミみたいだって笑われたのだ」
「化粧なんて、それこそ日本に住んでる女ならだれでもできるわよ。それに、すっぴんでかわいいあなたにいわれても、嫌味にしか思えないし」
女は照れたように言って、下を向く。
「そうなのか? 確かにジャンも『ナミルはそのままの方がかわいい』って言ってくれたのだ」
だから、それ以来ナミルは特に化粧はしていない。
他のオスにどう思われようと、ジャンさえ自分を好きでいてくれたなら、ナミルはそれで十分だった。
「失恋したばかりの女に、よくもそんなに堂々とのろけられるわね」
「当然なのだ! 好きなものは好きといえるのはいいことだゾ!」
「そういうものかしら」
「そういうものなのだ。じゃあ、また出発するゾ」
「もう?」
「そうだゾ。あまりゆっくりしてると、身体が冷えて動きにくくなるんだゾ」
再び動き出す。
正直に言って、ナミルから言えばかなり遅いスピードだったが、特に怪我をすることもなく、順調な登山だったように思う。
――本当に途中までは。
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