5嫁 ルクシュナ(5) 腹を割る
「ま、要求って言っても、実はもう半分くらいは俺の望みはかなってるんだけどな」
「? どういうことじゃ?」
「俺の望みは、『ルクシュナの本心を聞きたい』っていうことだけさ。そういう意味ではさっきのレースゲームの時の『化け物め!』は中々良かったぞ。ちょっと前までは戦場でちょくちょくそんなようなことも言われてたんだが、最近は俺を持ち上げてくれる奴ばっかりでさ。ちょっと懐かしい気分になった」
ジャンが遠い目をして言う。
「お、夫殿。あっ、あれは、違うのじゃ。そ、その、化け物とは言っても、良い意味でというか……」
ルクシュナはしどろもどろで弁解する。
世界の皇帝にあのような暴言を吐くなど、一族全員皆殺しにされても文句は言えない。
「別に怒ってないから気にすんなよ。俺が言いたかったのは、ああいう風に素直に不満をぶちまけて欲しいってことさ。俺だって神様じゃない。ルクシュナの心の内まで察することはできないんだから」
憎たらしいほど優しい眼差しで、ジャンはルクシュナを真っすぐに見つめてくる。
逃れ難いその視線に、ルクシュナは覚悟を決めた。
「わかった。正直に白状するのじゃ。不満は……あるにはある」
「ほう?」
「じゃが、それらはいずれも言ってしまえばわらわのわがままにすぎん。夫殿に落ち度がある訳ではないし、環境的にどうしようもないことであって、言っても仕方ないことじゃ」
「それでも言ってくれよ。全部は無理でも、改善くらいはできるかもしれないから」
「ふむ……。なら、まず宮廷での生活が窮屈じゃ。朝から晩まで専属メイドが控えているのが気遣わしい。わらわも赤子ではないのじゃから、服くらいは自分で着られる。食事も自分でできる」
「なるほど。でも、メイドがいないと宮廷のルールが分からない時とか気軽に質問できる相手がいなくて逆に面倒になるかもしれないぞ。それでもいいか?」
「そのような場合は、わらわの方からふさわしい人物に出向き、頭を下げて教えを乞うのが正道のはずじゃ。わらわが何か恩を施した訳でもあるまいに、人を顎で使うような真似はしとうない」
「なるほど。よくわかった。メイドの方は今日帰ったらすぐにでも下げさせよう」
「……良いのか? わらわも詳しくは知らぬが、レガド大陸の貴族というものは、無理にでも仕事を細分化して、下々に職を与えてやらねば社会が回らぬようなところじゃと思っておったが。わらわのせいでメイドが職を失ったりせぬのか?」
「ルクシュナは優しいな。だが、そんなところに気を回す必要はないぞ。俺の城は広いし、嫁もたくさんいる。仕事はいくらでもあるさ。ルクシュナにとりあえずメイドをつけていたのは、お前がどんな嗜好の持ち主か分からなかったからだ。良いところのお嬢様の中には、『専属メイドが一人だけなんて、私を侮辱しておりますの!』とか言い出す奴もいるからさ。とりあえず一番ベッタベタな蝶よ花よの待遇から始めて様子を見つつ、それぞれの暮らしやすいように生活をチューニングしていく。それが俺の後宮管理の方針なんだ。個人的には、ムダ金は使いたくないし、うちの有能なメイドたちにはもっと生産的な業務に従事させたいから、ルクシュナの提案はありがたいよ」
「うむ。ちなみに、その不満を漏らした女はどうなったのじゃ?」
「ん? ああ、もちろん希望通りにたくさんメイドをつけたさ。それ以降、特に不満があるという報告は受けてないから、幸せに暮らしてるんじゃないかな」
「……そうか」
さらっと話すジャンに、ルクシュナはただ優しいだけじゃない、彼の厳しさの片鱗を見た。
その女がいつから後宮にいるかは知らないが、ジャンが伝聞調で話すということは、相当な期間、彼女の下を訪れていないのだろう。
恐らく、ジャンはあらゆる女のわがままを受け入れる。
だが、それに甘えて驕る者は、本人の知らないうちにその寵愛を失うことになるのだろう
「さ、他にはないのか? この機会に全部言っておいた方がいいぞ」
「ふむ。これはどうしようもないことじゃと思うが、故郷への贈り物一つ買うにも、ぞろぞろ護衛を引き連れていかねばならぬのが心苦しい」
「外出時の護衛は……確かに省くのは無理だな。王都の治安は世界で一番良い自信はあるが、それでも絶対はない。ルクシュナは国にとっても、俺にとっても大切な姫だから」
「じゃろうな。次もどうしようもないことじゃと思うが。よいか?」
「言ってくれ」
「都はわらわの故郷に比べて明るすぎる故、星が見えにくい。日課の『星視』の修行に障りがある」
「ははは、確かに都がいつも仄かに明るいのは、いくつもの精霊結界に守られているせいだから、それはどうしようもないな。だが、解決方法もないではない」
「本当か!? どうするのじゃ」
「まあ、それは後のお楽しみってことで。――じゃあ、夜の方はいいとして、後は日中か。今までのルクシュナの傾向から考えると、優雅な有閑ライフみたいなのはやっぱり退屈か?」
「そうじゃな。正直言って暇じゃ。時間があるのならば、何か仕事がしたい」
「仕事か。いいじゃないか。俺の嫁の中でも、仕事を持ってる奴はいっぱいいる。ルクシュナならそうだな、やっぱり、占いの館とかになるかな。王都には人がたくさんいる。その数だけ人生があり、悩みもある。ルクシュナほどの力があれば、きっと大繁盛するぞ。必要ならば、物件を確保しておくが」
「そうしてもらえるとありがたい。やはり、占いの技術は実地で磨いてこそ上達するものじゃから。それに、力が人の役に立つならば、わらわも嬉しい」
「じゃあ、手配しておこう。多分、王都には俺の嫁たちが集中して出店している地域があるから、そこのどこかになると思う。その地域なら常に騎士たちが巡回しているから、身辺警護の人員も四六時中ルクシュナにくっついてるっていう状況は避けられるはずだ。他には?」
「いや。とりあえず、ぱっと思いつくのはそんなところじゃな」
「わかった。じゃあ、早速、王都で星を観測するための道具を買いにいこうか」
「そんなにすぐに手に入るものなのか?」
「ああ。すぐそこにある『東京ホームメイド』にいけば、大体何でも揃うよ」
ジャンはそう言って、ルクシュナたちが今いるゲームセンターから目と鼻の先にある建物を指さす。
(やけに用意がいい。わらわの心は読めぬなどと言っておきながら、初めから当てはついていたのであろうな。――この女たらしめ)
ルクシュナはむず痒い気分を鎮めるように、飲み終わった空きの紙コップを握りつぶして、屑かごに捨てる。
これからジャンがルクシュナに何を買い与えようとしているかは知らない。
しかし、それがなんであれ構わないのだ。
物そのものではなく、自分のことを想ってくれた時間に、女というものは心動かされるのだから。ましてやそれが、世界一の男の時間であれば、なおさら。
二人はゲームセンターを出て、縦長の建物に入った。
ルクシュナの推測の正しさを証明するように、ジャンは迷うことなく目的地に向かっていく。
動く鉄の箱に乗り、最上階の一つ前で降りる。
成人男性の腕と同じくらいの太さと長さをもった黒い筒の前で、ジャンは立ち止った。
「これは?」
「天体望遠鏡といって、夜空の星を拡大して見ることができる道具だ」
「つまりは遠見の眼鏡じゃな。わらわもドワーフ製のを一つ持っておるが、マジックアイテムは結界と干渉を起こすから使えぬぞ?」
「いいや。この道具には魔法の技術は一切使ってないから、精霊結界と魔術干渉を起こすことはない。まあ、ここに売ってるのは初心者向けのやつだから、性能も限定されているけど、もし使ってよければ、もっと本格的なやつを買えばいい」
「ほう。そうは言っても、ここにあるのも高かろう? 『倍率45倍』とあるが、同じような効果のあるマジックアイテムを揃えようと思えば、一財産じゃぞ」
「それが、そうでもないんだな。こっちの世界は物を安く大量に作る技術があって、俺たちの世界で換算すると、この天体望遠鏡は平民の王都での一週間分の生活費より安いくらいじゃないか」
「そんなに安いのか! 驚きじゃな」
「ああ。だから、遠慮しなくていい。花束をプレゼントするのと、さして値段は違わないよ」
「うむ。そういうことであればありがたく頂こう」
「じゃあ、会計を済ませたら、部屋に魔法で送っておくよ」
こうしてあっさり買い物は終わった。
あの道具が本当にジャンの言う通りの効果を発揮するというのなら、本当に彼はものの数分で、ルクシュナの悩みの大半を解決しまったことになる。
「じゃあ、次はどうする? この世界の占いの商品でも見て行くか? 効果はさておき、色んな種類があっておもしろいぞ」
「興味はあるが、やめておこう。『二つの馬を追う者は、一頭も乗りこなせない』ということわざもある。まだ、星視も極めていない内から、他の占いに手を出すのは早計じゃ」
「わかった。じゃあ、その星を見に行こうか」
「星? 明らかにまだ昼じゃが、また他の世界に移動するのか?」
「いや。移動はしない。この世界では――昼でも星が見えるんだ」
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