4嫁 ルクシュナ(4) レースとその結末
『騎乗する馬を選んでください』
と、いう文字が目の前の板で明滅する。
(ふむ。無難な馬などつまらんな)
ルクシュナは『クイーンエリザベス』と名づけられた馬を選んだ。
金髪のたてがみに馬の分際で派手な衣装を身にまとった『馬の姫』といった様相だ。
説明には『最速の潜在能力を秘めるが、気まぐれで打たれ弱い上級者向けの牝馬』とあるが、未来を予知できるルクシュナは、『打たれる』ことなどまずありえないので、これでいい。
「おっ。そうきたか。じゃあ、俺は牡馬かな。おっ、こいつなんかおもしろいんじゃないか」
ジャンが馬を選ぶ。
彼が気に入ったのは、やはり上級者向けで『お調子者のハンス』という馬だった。
なんでも、基礎能力はかなり低いが、レースの途中で得られるマジックアイテム=スペシャルニンジンの効果を大幅に上昇させる上、速度の上限もない、というトリッキーな効果を持っているらしい。
こうして双方が騎乗馬を選び終えると、ルクシュナの眼前の画像が切り替わる。
ランダムで選ばれたコースは、『夜明けの牧場』という起伏の少ない平凡なものだった。
競技は3周勝負のようだ。
ルクシュナは手綱を握る。
周りには合計8体ほどの馬がいる。
どうやら、ルクシュナとジャンが乗っている以外の馬も出走するらしい。
名前は皆一様に『COM』と表示されている。翻訳魔法がかかっているとはいえルクシュナには理解しにくい概念だが、どうやら「錬金術が生み出したゴーレムのごとく、人間以外の何かが自動で操縦する馬」ということのようだ。
『3、2、1――各馬一斉に出走です!』
鉄の箱から声が出て、スタートの合図をする。
ルクシュナは躊躇なく前に出た。
またがっていた人形が激しく揺れる。
どうやらクイーンエリザベスはご機嫌ななめらしい。
(作り物のくせにここまで暴れ馬の動きを再現しおるか!)
若干の驚きを覚えたルクシュナだったが、それでも本物の馬の操縦に比べれば造作もないことだ。
ルクシュナの硬軟織り交ぜた手綱さばきにすぐにクイーンエリザベスは落ち着きを取り戻し、独走を開始する。
説明通り、潜在能力は高いらしい。
(夫殿がどのような作戦を考えておるか知らぬが、関係ない。『先視』の力がある限り、わらわが操縦を誤ることはない。あらゆる障害も無意味じゃ。ただ、圧倒するのみよ)
ルクシュナは『先視』の力を発動する。
前方に落とし穴。
曲がり角の先には足をとられそうなぬかるみ。
その先には、スペシャルニンジンの入った箱がある。
その中身は本来ランダムだが、ルクシュナにとっては確定事項だ。入手できるのは、加速ニンジン。さらに差を広げることができる。
ほら。
全て、『視た』通りになった。
「おお! やるな! 序盤で一位になると他の馬から妨害ニンジン投げられまくるから、普通は避けるんだけど」
ジャンが感心したように言う。
彼の馬は『お調子者』らしく、先行する他の馬を風除けにして体力を温存しながら、3位と4位くらいの間をふらふらしていた。
「ふふん。わらわにそのようなものは効かぬわ!」
一度コースにある障害を把握してしまえば、後は自身の馬に意識を集中するだけだ。
数秒先、紫色に変わって辛そうに速度を落とす。エリザベスの姿が見えた。
数十秒先、電流に打たれたように動かなくならエリザベスの姿が見えた。
(見えるならば、かわすことができる)
後方から飛んでくる『毒ニンジン』やら『痺れニンジン』やらを最小限の動きでかわしていく。
訪れるはずの惨禍は、ルクシュナの右横を素通りしていく。
(ふむ。現実ならば様々な不確定要素によってわらわの予知が妨げられることもあろうが、限られた選択肢しかもたぬ遊戯の中ではわらわの力は万能よ。固い勝利ではあるが、つまらぬな)
未来の見えるルクシュナに、想定外のハプニングが起こるはずもない。
そのまま差は広がり続け、ルクシュナが最終ラップ――三周目に突入した時点で、既に後続とは半周ほどの差がついていた。
「やばいな。このままじゃ、勝ち目が――おっ。ちょうどいいアイテムが来た!」
ジャンは嬉しそうに叫ぶと、一気に前に躍り出た。
そのまま躊躇なく先行する二体に馬体をぶつけていく。
瞬間、ジャンの前を塞いでいた馬たちは横合いに吹き飛んで、柵にぶち当たって減速した。
ヒッヒン! ヒヒ。ヒヒンヒヒ! ヒッヒヒン! ヒッヒン! ヒヒヒヒヒ!
次いで隣から聞えてくる、小気味いい馬のいななきを集めた音楽。
明らかに他のアイテムとは違う、特別な感じがする。
(このレースで初めて出るアイテムじゃな。なんじゃあれは――ええっと、『無敵ニンジン』?)
ルクシュナは横目で鉄の箱に張り付けてあった、アイテムの説明書をチラ見する。
どうやら、出現率はものすごく低いが、一定時間加速度が大幅に上昇し、しかもあらゆる障害を無効化するというラッキーアイテムらしい。
四位の状態から、一気に二位へと順位を上げたジャンは、最短距離――コースの内側ギリギリを攻めて猛追してくる。
さらに温存していた体力を解放し、馬に全力で鞭を入れ始めた。
(ふむ。さすが夫殿。このままでは終わらんか。じゃが、一周前なら勝機もあったかもしれぬが、今更この距離を詰めることはできまい)
ヒッヒン! ヒヒ。ヒヒンヒヒ! ヒッヒヒン! ヒッヒン! ヒヒヒヒヒ!
(二回連続じゃと!? さすがに三回連続は……)
ヒッヒン! ヒヒ。ヒヒンヒヒ! ヒッヒヒン! ヒッヒン! ヒヒヒヒヒ!
(嘘じゃろ!)
ヒッヒン! ヒヒ。ヒヒンヒヒ! ヒッヒヒン! ヒッヒン! ヒヒヒヒヒ!
横目でジャンを見る。
四回連続で『無敵ニンジン』を引き当てた彼の馬は、もはや神速の域に達していた。
早すぎて周囲の景色はただの線となり、一瞬でもタイミングを誤れば、柵に激突するはずの速度なのだが、ジャンは涼しい顔で操縦を続けている。
「どうして見えるのじゃ! もはや人間の目で追える限界を超えておろう!」
「ははは、そりゃ風の魔法で動体視力を強化してるからな。それに速いといっても、ドラゴンに乗っている時に比べれば大したことない」
「くっ! この化け物めが!」
ルクシュナも慌てて鞭を入れ、スパートに入る。
しかし、最初からトップを走り続けていたクイーンエリザベスはすでに体力を使い果たしており、効果は薄い。
「それ、予知チートを使ってるお前が言うか?」
ジャンが苦笑する。
瞬間、ルクシュナの腰に、ガクン! と縦に突き抜ける衝撃。
それに合わせるように、画面ではルクシュナの馬が跳ね飛ばされて、お手玉のように宙に打ち上げられていた。
どうやらジャンの馬に衝突されたらしい。
やたらゆっくりと落下していく馬体。
ブヒヒヒヒン! と勝ち誇ったような嘶きだけを残して、『お調子者のハンス』はゴールを駆け抜けていく。
やがて、レースは終わり、勝者と敗者が明らかに分かたれる。
1位と書かれた金色のトロフィーを背中に載せて、前足で逆立ちをしながらおどけるハンス。
一方、クイーンエリザベスは、2位と書かれた銀色のトロフィーを踏みつけながら、悔しそうにハンカチを噛み締める。
「くっ……」
ルクシュナはまるでエリザベスと連動したかのような表情で唇を噛みしめる。
「ははは、ま、運の実力の内ってことで」
「――まだじゃ」
ルクシュナは手綱をきつく握り、絞り出すような声で言う。
「ん?」
「まだ勝負はついておらぬ! わらわは勝負を受けるとは言ったが、なにも一回で勝負を終えるとは言うておらん! ここには他にも勝負できる遊具がたくさんあるのじゃろう!」
ルクシュナは、悔しさから思わずそんなことを口走る。
その瞬間だけは、自分の立場も、目の前にいるのが誰であるかも、すっかり忘れていた。
「そりゃあるけど、そろそろ行かないと映画が始まるぞ?」
ジャンは困り顔で、映画のチケットをチラ見する。
「映画なぞどうでもよい!」
「わかったわかった。じゃ、予定変更だな。とことん戦おうぜ!」
ジャンは豪快にチケットを破り捨て、愉快そうに笑う。
こうして、激戦が始まった。
エアホッケーに、ダンスの技術を競うゲームに、格闘ゲームに、ありとあらゆるジャンルでルクシュナはジャンに挑んだ。
しかし、負けた。
ことごとく負けた。
さすがにルクシュナには先視の力があるので大差で負けるということはないのだが、いつも必ず良い所でルクシュナの想定していない形でジャンに都合のいいアクシデントが起きるのだ。
エアホッケーではスマッシャー(円盤を打つ道具)が割れ、格闘ゲームではルクシュナのボタンだけが効かなくなり、ダンスゲームでは試合を見学していた幼女に戯れに髪を引っ張られリズムを崩した。
先視の力は一見万能に見えても、未来を読む対象を限定しなければ効果を発揮しない。
『全体を何となくぼんやりと読む』といった芸当は不可能で、例えばエアホッケーなら『円盤の動き』、ダンスゲームなら『降ってくる矢印』など、集中して事に臨まなければいけない。よって、外部環境にまで気を配っている余裕はないのだ。
時間的に猶予がある大局的な戦略を立てる場合は、片っ端から懸念材料を潰していけるので良いのだが、こういう瞬時の判断が求められる戦いではどうしても限界がある。
(いや、これも全て言い訳か。たとえわらわの能力がもっと万能なものであったとしても、この男には敵うまい。――これが、天に愛された英雄の力というものか!)
そう思ってしまうほどに、ジャンの才能と豪運は圧倒的で、凡夫を超越していた。
「ああ、もうよい! 認める! わらわの負けじゃ!」
ルクシュナは肩をすくめて、休憩用のベンチに腰を下ろす。
「そうか? まあ、俺は何回かやったことがあるゲームも多かったからな。はい、これお茶」
ジャンは慰めるように言って、紙のコップに入った液体を差し出してくる。
「同情はいらぬ! 約束じゃ。わらわは何でも一つ夫殿の言うことを聞こう!」
ルクシュナはひったくるようにそのコップを受け取ると、一気に飲み干した。
敗北の味にも似た、さわかさを伴った苦みが、喉を潤す。
「おっ。そういえばそういう約束だったな。じゃあ、早速権利を行使させてもらおう」
ジャンは思い出したように手を叩き、屈みこんでぐっと顔を近づけてくる。
(ま、まあ、夫殿の性格からいって、そうひどい要求をつきつけてきはしまい)
そう高をくくりながらも、心臓の鼓動が早くなるのを否めないルクシュナだった。
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