第319話 粟立つ肌、込み上げる吐き気

 もちろん、フェアトとて彼と寝たい訳ではない。


 また、当然ながら無策ではないという訳でもない。


 これは──……〝実験〟。


 フェアトが故郷にて試す事を避けてきた、〝望まぬ性行為は害という判定になり、防げるのかどうか〟という実験。


 成功すれば、オブテインに決定的な隙が生まれ。


 失敗すれば、フェアトは〝初めて〟を喪失する。


 ただ、それだけの事。


 成功するにせよ失敗するにせよ、オブテインが隙を晒すだろう事に変わりはない以上、きっとシルドはフェアトの意を汲んでオブテインを殺してくれる筈。


 だから、どちらに転んでも結果は同じ。


 どちらに転んでも、メリットの方が大きい。


 だから今は、今だけは──。


(全力で、こいつを誘惑する事だけ考えろ……!)


 雄々しくもも愛しい姉の事は忘れなければならない。


 必ず、ここでオブテインを殺す為に。


 そんな風に考えながらもインナーとスカートの捲りに拍車をかけ、派手さはなくとも女の子らしさに欠けてはいないくらいの塩梅の上下揃った下着の端が見えそうになった瞬間。


「ひゃあ我慢できねぇ!! ヤらせろフェアト!!」


「うっ……」


『りゅあぁ!? いぃぃ──』


 文字通り飛び上がってしまうくらいに興奮していたのだろう、ぴょんと天井近くまで跳躍してから着地点に居たフェアトを勢いそのままに押し倒し、もちろん痛みこそ感じてはおらずとも行為そのものに嫌悪感を抱いて当然な筈のフェアトを憂い。


 シルドは全力で、それこそ集落に住まうプロヴォ族ごと呑み込んでしまいかねないほどの魔力を込めた【闇波ウェイブ】で以て、まずはオブテインの腐った性根を破壊してやろうと試みたが。


『──ぃ、りゅう……!?』


「……」


 それは、オブテインの背中越しにシルドへ向けて無言で伸ばされたフェアトの手による制止で遮られてしまう。


 まだ手を出すな、と。


 そう言っているような気がしたからだ。


「やっぱり女は肌白い方が良いよなァ。 プロヴォ族の女どもと来たら、どいつもこいつも褐色褐色でよォ? ま、それはそれで悪くねぇんだがな。 どう思う? フェアトちゃんよォ」


「知ら、ない、そんなの……っ」


 無論そんなやりとりなど知る由もないオブテインは、ただひたすらに溢れ出る己の欲望に従って、フェアトが手ずから捲った事で破る必要がなくなった服の下のきめ細かい肌に無駄に綺麗な舌を這わせ、そこまで大きくはなくとも形も感触も良い胸を揉みしだくという〝性欲の権化〟を地で行く行為の数々によって。


(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……っ!)


 言うまでもなく、フェアトは不快感に支配されていた。


 肌は過剰なほど粟立ち、吐き気も強く込み上げている。


 意識を手放していないだけ、マシなのかもしれない。


「……本当は前戯もしっかりヤりてぇとこだがよォ。 すぐ後ろに竜種も居る事だし、さっさと〝味見〟しちまうかァ」


「……っ」


 そんなフェアトの葛藤を尻目にオブテインは肌から舌を離すとともに、おそらくプロヴォ族の女性相手にはしたのだろう前準備の話をしつつ、いよいよとばかりに〝下〟を露わにし始め。


 見たくもない〝モノ〟を直視させられてしまったフェアトは思わず堪忍袋の緒が切れそうになったが、ふるふると可能な限り違和感のないように首を横に振って『まだ我慢しろ』と己に言い聞かせる。


 何せ、まだオブテインはシルドの存在を警戒しており。


 一見するとフェアトの事しか頭にないように思えても、その意識の一部がシルドに向いている事を他でもないシルド自身が強く感じ取っていた。


 だから、〝まだ〟なのだ。


 実験成功ぼうぎょか、それとも実験失敗そうしつか──。


 それが明らかになった瞬間こそ、シルドの手によってオブテインが──この性欲の権化が死を迎える時なのだから。


「そんじゃ、いただきま──」


 そして、オブテインが露わにした〝男のシンボル〟に鬼種特有の筋肉質な手を添え、ついに誰にも許した事のないフェアトの〝初めて〟を奪ってしまおうとした、その時。











「──……す、え? はッ?」


「……っ!!」


 何とも間の抜けた男声が、静かな部屋に響いた──。

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