第318話 盲目の神晶竜

 序列一位の称号にも匹敵する万能さを持っているのかもしれない──フェアトはオブテインの称号をそう評価していたが、その評価が正しいかと言われると少々疑問が残る。


 何故なら【喧々囂々オノマトペ】にはが存在するから。


 それは、【喧々囂々オノマトペ】が〝文字〟を操る力だという事。


 ……それは欠陥なのか? と。


 単なる称号の解説なのでは? と思う事だろう。


 だが確かに欠陥なのだ。


 そして、その事実はオブテインが誰より自覚しており。


 彼が数瞬の間に気づいたのは──。


「さっきの合図で──〝眼〟、潰しやがったな?」


(ッ、もうバレた……!)


 そう、つまり【喧々囂々オノマトペ】は彼が刻んだ文字が対象となる生物に見えてなければ意味がなく、フェアトの指示によって目を閉じるどころか眼球そのものを形成せぬまま竜の姿をとっている今のシルドに文字は見えておらず、その効果も発揮されなかったという事実。


 ちなみに無機物を相手に影響を及ぼす場合は特に気にする必要もないらしいが、残念ながらシルドは──魔物。


 視覚がない今、彼からの攻撃手段は存在しない。


 せいぜい鬼種の膂力で肉弾戦を仕掛ける事くらいだろう。


 尤も、眼を塞いだのはそれだけが理由という訳でもない。


 超人的な膂力と第三の眼、そのどちらもがフェアトに通用しなかったせいで忘れがちだが、オブテインは色瞠鬼いろどうき


 あらゆる生物の頂点に位置する竜種とはいえ生物である以上、色欲を司る鬼種の特性が効かないとは言い切れない為、【喧々囂々オノマトペ】への確実な対策も兼ねてフェアトは指示を出していた。


 とはいえ、この世界における生物の頂点に立つ竜種の中でも突出した最古にして最強の魔物、神晶竜にの特性が通用する可能性はかなり低いとフェアトは見積もっていたのだが、それもシルドの事を思えばこその指示であった。


 ともすれば杞憂や過保護にも思える指示は、その実。


(竜種も強制的に発情させて支配下におけるって事は確認済みなんだがな。 ッたく、頭のキレる奴ァこれだから面倒臭ぇ)


 プロヴォ族の長の座に就くに至るまでの期間、彼は武闘国家に棲息する多種多様な生物を相手に色瞠鬼いろどうきの力がどこまで通用するのかを実験していたらしく。


 その中に竜種が含まれ、そして見事にオブテインの支配下に堕ちていた事を踏まえれば、フェアトの判断は間違っていなかったと断言できる。


 しかし、さしものシルドといえど視覚を完全に封じられた状態で攻撃の全てをオブテインに命中させる事は難儀であり。


 事実、攻撃のいくつかはフェアトにも当たっている。


 もちろんフェアトには効かないが、その分だけオブテインが直撃を免れているという事であり、決して良い傾向ではないというのは疑いようもない事実である。


 そして、何よりも。


(あの状態じゃあ、どんな攻撃も有効打にならない……!)


 当たるにしても掠らせる程度では彼を殺すには至らず、ましてや鬼種特有の人間とは比較にならないほどの自然治癒力によってその傷も数秒あれば完治してしまうこの現状が、より一層フェアトを焦燥させる。


 シルドに【喧々囂々オノマトペ】の力が通用しない事をもっと不思議がって混乱してくれていれば、オブテインも隙を晒して何発も攻撃に当たってくれていただろうに。


 ……そもそも、シルドを戦わせるべきではなかったか?


 最初から普段通りの指輪に化けさせて、いつものスタイルで戦っていれば或いは──と後悔しかけたが、オブテインが鬼種である事を考えると、ひとたび接近されてしまえば全力を出せない姿のシルドごと再び組み敷かれてしまうだろうと首を振る。


 膂力だけなら、シルドとオブテインは互角なのだから。

 

 ならば、どうする。


 このままでは埒が明かない。


 それを分かっていたフェアトは、ゆるりと立ち上がり。


 覚悟を決めたかのように、浅くない息をついてから。


「──……もういいです、シましょうか。 オブテイン」


「ッ!? マジでかァ!?」


『りゅう……!?』


 インナーを少し捲って形の良い臍と肌白いお腹、くびれの付いた腰を露骨に見せつけた事で、かたやオブテインは一瞬でシルドから視線と興味を外し、かたやシルドはフェアトに対して困惑しつつ。


 ある種の失望さえも抱いていた。


 姉を想う清らかな心には共感すらしていたのに──と。

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