第317話 乱入、【盾】の相棒

 それは、あまりに突然の乱入だった。


 今まさに行為に及ぼうとしていたオブテインはもちろんの事、幼児より更に弱々しい力で抵抗していたフェアトまでもが甲高い咆哮が鳴り響いた方へ顔を向けたところ。


「し、シルド……! 来てくれたんですね……!?」


『りゅい──』


 そこには元の大きさのシルドが窓の外で滞空しており。


 セリシアに頼んでいた事の一つ、『単独で戦っているから助けに来てほしい』というシルドへの伝言をきちんと伝えてくれたのだと確信して安堵する一方。


『りゅ、あぁ……!? りゅうぅううううっ!!』


「ッ! 何だコイツ、オレに殺意を……!?」


 シルドは、いきなりオブテインに強烈な殺意を向ける。


 原因は、フェアトの乱れた衣服。


 そして、半裸のオブテインに押し倒されている光景。


 フェアトが抱く想いを薄々ながらに察しているシルドとしては、このような所業に走るオブテインを許してはおけなかったようだ。


「シルド! !!」


『……!! りゅう!!』


 しかし、それはそれとして今は紛れもなく戦闘中。


 先の伝言とは別に伝えるようにお願いしておいた〝手筈〟とやらの内容を思い返し、シルドがそれを実行し始める中。


「何が手筈だ、ちっとばかし派手に登場したところで──」


 お楽しみを邪魔されたからかイラつきを抑えられないでいる様子のオブテインは、どこをとっても筋肉質な身体の全身という全身に青筋を立てながらも両の手にペンを顕現させ。


「オレの【喧々囂々オノマトペ】は防げねぇんだよ!!」


 ここまでの戦闘でフェアト相手に発動し、そして一切の効果を発揮できなかった攻撃用の文字の数々を空間に刻み。


 直接シルドを襲う文字、飛来するシルドを待ち構えて迎撃する文字、それらを回避されても大丈夫なように罠として壁や床に張り巡らせた文字、などなど十全と言って差し支えない準備万端な布陣だった筈。


 ……そう、だった筈なのだが。


『りゅうぅっ!!』


「な、あッ!?」


 シルドは、あろう事か全ての文字を貫いて特攻してきた。


 直接シルドを襲った筈の文字も、飛来してきたシルドを迎撃する為の文字も、罠として設置しておいた文字も、その全てを嘲笑うかのように水晶の身体で貫いてみせた。


 当然、面食らったのはオブテイン。


 こうも自信ありげに乱入してきたのだから、ある程度は対応してくるだろうとは読んでいても、まさか一つたりとも通用しないなどとは思ってもいなかったようで。


「ぐお……ッ!! 何だ、何が起こった……!?」


 弾丸の如く特攻してきたシルドがすれ違いざまに振るった鋭い水晶の爪で腕、肩、胸を袈裟斬りにされ、その痛みに戸惑う間もなく狭い室内で翼を広げるシルドを前に、オブテインは咄嗟に思索に耽る。


(不発? そんな事は一度も──いや、さっき不発になったばっかだがアレは異例の事態イレギュラー! 早々何度もあってたまるか!)


 一瞬、全ての文字が不発に陥ったのかとも邪推したが。


 少なくとも魔族だった前世でそんな事はなかったし、こうして転生を果たしてからもフェアトを相手にするまでは一度も不発になどなっていないのだから、そう何度も何度も奇跡が起こる訳がないと結論づけこそするものの。


『りゅー……っ、おぉあぁっ!!』


「ッ、一丁前に魔法まで──」


 そんな彼の葛藤など何するものぞとばかりにシルドは矢継ぎ早に四属性の魔法で攻撃を仕掛けてきており、その苛烈なまでの弾幕を前に『フェアトが居るのを忘れてんじゃねぇだろうな』とオブテインが視線を一瞬とはいえ逸らした瞬間。


「わぷっ!?」


「んッ!?」


 起き上がろうとしていたフェアトの顔に【水球スフィア】が命中。


 ダメージこそなくとも、いきなり顔と同じくらいの大きさの水が飛んできた事でフェアトは驚いていたようだが、その光景に驚いていたのはフェアトだけではなかった。


(……何でフェアトまで巻き込んで攻撃した? どうせ効かないって分かってるからか? だが、それに何の意味が──)


 そう、たとえ如何なる攻撃が通用しないのなら被害を気にせず魔法を使えるとはいえ、すでに忙しなく動いていたオブテインと距離が開いているフェアトに攻撃を当てる理由も意味も全く以てない筈なのに──と再び思索に耽ったお陰か。


 ふと、〝その可能性〟に辿り着くオブテイン。


(──……、のか? そんで気にもかけねぇところを見るに当てた事に気づいてもいねぇ……となると)


 最も大きな違和感を抱いたのは、【水球スフィア】がフェアトに命中したという事実に当のシルドが反応を示さなかった事。


 もし、狙って命中させたのではなく〝命中してしまった〟のだとしたら、そして反応を示さなかったのではなく〝示せなかった〟のだとしたら。


 ……考えられる事は、そう多くない。


「──はッ、そうか。 とっくに見抜いてたって訳か」


「……!」


 そしてオブテインもまた、その結論に辿り着いた。


 早い話が、【喧々囂々オノマトペ】への最も分かりやすい対策方法。


 ……に、フェアトが気づいてシルドに指示した事実に。

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