第316話 手詰まり

 フェアトが誇るたった一つの反撃手段、【因果応報シカエシ】。


 いくつもの魔法を重ねがけした強力無比なる一撃も、それこそ竜種が誇る息吹ブレスの街一つ消し飛ばすほどのダメージすらも跳ね返して倒してしまうという、まさに無敵の【盾】に相応しい必殺技である。


 ……しかし、それも全ては反射に成功しさえすればの話。


 フェアトの反射速度を凌駕する攻撃、フェアト以外の何かを標的とした攻撃などについては正直どうしようもなく。


 そして、何よりも──。


(……!!)


 そう、【因果応報シカエシ】の絡繰を見抜かれてしまった今。


 二度目の反射など、通用するわけがない。


 以前、磁砂竜じさりゅうと戦った時も『一度きりの奥の手だ』と認識していたからこそ最後の最後まで使用は控えていたのだから。


 では何故、今回に限って早めに使ってしまったのか?


 それは、ひとえにフェアトがのが原因であり。


 脳内を色欲に支配されているこの並び立つ者たちシークエンスが相手ならば、何も【因果応報シカエシ】を一度きりの奥の手と切って捨てずともいいのではと。


 ……正直、対峙しているだけでも嫌悪感が凄い為、可及的速やかに戦いを終わらせてしまいたいと考える事がそんなにいけない事かと己を甘やかしてしまったが為に起きた凶事。


 全て、フェアト自身が招いた逆境。


 他の誰を責める事もできない。


 そして、これから起こる事を回避する事もできない。


「さぁって、ダメージの反射って分かってりゃあ──」


「ッ!」


 そんなフェアトの苦悩もよそに、オブテインは首や肩を露骨に鳴らしながら一歩、また一歩とフェアトへ近づいていき、それに比例するが如くフェアトが一歩、また一歩と後退る中。


「──やりようはあるわなァ!!」


「なッ、あ……!?」


 それこそスタークの脚にも劣らぬ速度で以て空中に何らかの文字を描いたオブテインが、その文字を掴んで床へと勢いよく叩きつけた瞬間、フェアトの視界が一瞬でぐらつき、足元さえも覚束なくなってしまう。


 それは、フェアトが最も苦手とする攻撃。


 〝足場の破壊〟という、最も有効的な攻撃。


 しかし正確には〝破壊〟ではなく〝ぐらぐら〟という文字によって床が揺らされただけであり、フェアトたちが中に居る建造物全体ではなく床だけが震動させられた事によって、フェアトは堪らず尻餅をついてしまった。


 そして、オブテイン自身は〝ぐらぐら〟の影響を受けていなかったのか、いつの間にか近くまで来ていた彼は床に座り込んだままのフェアトの両手首を己の両手で押さえつける形で押し倒し。


「さぁて、やっとだ。 せいぜい愉しもうぜぇ?」


「は、離して……!!」


「離すわけねぇだろ──ッと、やっぱ破れねぇか」


「〜〜ッ!! 離せッ!!」


 効かないと分かっていても癖なのか第三の眼が浮かび上がった舌を露わにしつつ、嫌がるフェアトから服を剥がしてやろうと試みるも、予想通り服にも絶対なる【守備力】が付与されており。


 とはいえ、こうして服を引っ張られている事自体の嫌悪感も凄まじく、を考えると生まれて初めて肌が粟立つような感覚を覚えざるを得なくなっていたフェアトは語気を強めるとともに思わず蹴りを放つ。


 狙う場所は、正直言って触れたくもない──〝アレ〟。


 子供の力でさえ肉体的にも精神的にも充分すぎるほどのダメージを与えられる筈の部位への、フェアトの蹴りは。


「何だァ? そのしょっぺぇ蹴りは」


「……ッ」


 残念ながらと言うべきか、やはりと言うべきか。


 全く以て、ダメージを与える事はできなかった。


 これが、無敵の【盾】が〝守備特化〟たる所以。


「ははッ、なるほどなァ。 テメェの姉は〝攻撃特化〟で、テメェ自身は〝守備特化〟。 服はもちろん髪の毛一本すら傷つかねぇ文字通りの無敵ってわけか」


「ッ!! 姉さんに手出しは──」


 それを持ち前の頭の回転の良さで見抜いたオブテインによる嘲笑込みの〝姉への言及〟に、まさか姉にまで手を出すつもりかと弱々しい力で反抗しようと試みたものの。


「あぁ? しねぇよ、オレはテメェとヤれればそれで──」


 どうやら彼の狙いは──というより彼の食指はフェアトにのみ動いていたらしく、もう面倒臭くなったのか服を破らぬままズラすようにして、いよいよフェアトとの事に及ぼうとし始める。


 完全なる、〝手詰まりチェックメイト〟であった──。











『──りゅあぁああああっ!!』


 ……その瞬間までは。

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