第314話 あれも駄目、これも駄目

 一方その頃、フェアトVSオブテインの戦況はと言えば。


「──テメェ、何の生き物だ……?」


「……さぁ、何なんでしょうね」


 もはや室内というより戦場と言い換えた方がしっくりくるほどに様々な要因によって荒れた部屋の中、能動的な攻撃手段の一切を持たない筈のフェアトを前に、オブテインは微かな戦慄を抱いていた。


 また、オブテインからの心よりの問いかけに気まずさの欠片もなく、ただ興味がないのだとばかりに目を逸らしながら答えるフェアトを見て余計に燃え上がってしまってもいたのだが、それはそれとして。


(この短ぇ時間でどんだけ攻撃したかオレ自身も覚えちゃいねぇ、だがコイツに通用した攻撃が幾つかってのァ分かる──)


 戦闘が始まってから未だ数分、覚えていないというのは単にオブテインに数える気がなかった事が原因であるとはいえ、およそ十数単位の擬音で以て攻撃を加えていた事は事実であり。


(──……だ。 ゼロだぞ? どうなってやがる。 あれも駄目、これも駄目ってコイツは何製だ? 本当に生き物か?)


 そしてそれらの攻撃が何一つとしてフェアトに対し、にさえなっていない事もまた事実であった。


 冒頭の会話のように、『本当に生物かどうか』などという本来なら問う意味もない質問をしてしまうのも宜なるかな。


(……今のところは大丈夫そうかな)


 一方、フェアトは対照的にひとまずの安堵を覚えていた。


(色々擬音を試してたみたいだけど、どれ一つ取っても私への有効打には成り得てない。 が来るまで時間も稼げる筈)


 おそらく対象を火炎で燃やすのだろう──〝めらめら〟。


 おそらく対象を斬り刻むのだろう──〝ずばっ〟。


 おそらく対象を吹き飛ばすのだろう──〝どっかん〟。


 そのどれもがフェアトでなければ大惨事となっていただろうし、もしスタークが喰らっていたなら間の抜けた響きとは裏腹に満身創痍どころか即死級の効果だった筈だと確信できるほどの擬音の数々を、フェアトは不動の状態で何食わぬ顔のままその身に受けておいてなお無傷で立っている。


 やはり、【喧々囂々オノマトペ】も彼女に通用しなかった。


 まぁ、【全知全能オール】や【一騎当千キャバルリー】が効かなかった時点で通用する称号など何一つないと分かりきってはいただろうが。











 ……しかし、しかしだ。


(……でも、まだ油断はできない)


(だが、まだ試してねぇ事もある)


 それでもフェアトは油断も慢心もしておらず、そしてオブテインはオブテインで断念も観念もしてはいない様子であり。


 もっと言えば、それらの感情の出処は奇しくも。


「はッ、考えてる事ァ一緒みてぇだな? 嬉しいぜェ」


「……そのようで。 私は嬉しくないですけど」


「まぁまぁ、そう言わずによォ──」


 フェアトとオブテインが互いに、そして同時に悟ったように全く同じものであったらしく、それをいち早く察したオブテインがにやにやと厭らしい笑みを浮かべるのを見て心の底から嫌悪感が湧き出してきたフェアトの唾棄に、オブテインはめげるどころかますます図に乗って無駄に綺麗な舌を出し──。


「──コイツを喰らって愉しもうぜェ!!」


「!? 舌に、眼が……ッ!?」


 驚くフェアトの言葉通り、その舌にある眼で射抜いて。


 フェアトを、欲情させんと試み始めたのだった。

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