第313話 斯く在れかし、勇者の娘

  並び立つ者たちシークエンス序列三位の称号──【一騎当千キャバルリー】。


 不可視かつ不可避の斬撃で以て、〝斬った〟という結果だけを残す、あまりにも理不尽で不合理な能力を持つ称号。


 悪を断ち、己の正義を紡ぐその絶対なる斬撃を──。


(……躱したのか? 【一騎当千キャバルリー】による斬撃を? 馬鹿な──)


 あろう事か、スタークは回避してみせた。


 いや、正確に言えば回避したのかどうかも分からない。


 ただ少なくとも、〝海馬に傷をつける〟という当初の目的を果たせていない事だけは誰の目にも明らかであり、常に冷静で無感情なセリシアですら、この異常事態に困惑しきっていたが。


「んッ」


「!」


 今のスタークを前にして思索を巡らせている余裕など流石のセリシアにもなく、ほんの少しの予備動作や踏み込みさえ見せずに眼前まで接近しつつ、ほんの少しの容赦もなく貫手で心臓を抉り取ろうとした少女の一撃を、セリシアは寸前で後退して躱す。


 しかし、どうやら躱し切れてはいなかったらしく。


(……〝脱力〟か。 動きから無駄の一切が消えている)


 真紅の外套に槍で突き刺したかのような傷をつけたスタークの無駄のない攻撃を一度見ただけで、セリシアは【睡拳】の仕組みと効力を看破こそしたはいいものの。


(だが、その事と【一騎当千キャバルリー】を回避した事に何の因果関係があるというのだ。 この力は、かの勇者や聖女にさえも──)


 無駄がなくなったとはいえ、【一騎当千キャバルリー】による不可視かつ不可避の斬撃を回避できるとは思えず、かつて対峙したスタークの両親たる勇者や聖女にすら通用したという疑いようもない事実も相まって彼女の中で疑念が深まっていく中。


 さりとて放置していては、いつまで経ってもフェアトからの頼みを遂行できないというのもまた事実である為、のらりくらりとしながらも的確に己の命だけを奪おうとしてくる酔っ払いの隙を突き、いよいよ以て腕の一本くらいならと、こちらもまた予備動作一つなく斬撃を放ったところ。


「今の、は……」


 やはり、セリシアの斬撃は届かなかったが。


(……そうか、そういう事か。 ならば何も不思議ではない)


 その一撃で、スタークが何をしたのかを見抜けていた。


 加えて、〝そういう事〟であるならば【一騎当千キャバルリー】に対処できたとしても何らおかしくはないと結論づけられてもいた。


 そしてセリシアは意識を下に向けて距離を取らせる為に足元へ斬撃を放ち、それを闘争本能だけで回避したスタークに対し。


「目覚めていたのか? かつての勇者、貴様の父と同じ力に」


「ん、うぃ……」


 かつて魔王と相討ちになりながらも世界を救った勇者ディーリヒトが持っていた唯一無二の力、〝あらゆる生命や物体、事象や概念が彼の名の下に平等となる〟という公平性を謳いながら理不尽でもある力を獲得していたのかと確信を持って問いかける。


 その力の名は──【一視同仁イコール】。


 序列七位を討伐する際、目覚めていた力の事である。


 十五年前、セリシアを討ったのはレイティアだが。


 ディーリヒトもまた彼女と対峙した事があり、初見で見極められる訳もない【一騎当千】の斬撃を〝飛ばした筈のに攻撃を介入させて弾く〟などという、ともすれば序列一位にさえ不可能な芸当で対処していて。


 スタークも今、全く同じ方法で対処してのけたのだ。


 もちろんスタークは眠りについている為、返答は不可能。


 だが返事を返されるまでもなくセリシアは確信していた。


 この少女は今、疑いようもなく無敵の【矛】であると。


 しかし、それでも──……だとしても。


 過去と照らし合わせる事で見抜けたという事は、すでにその対処法への対策もセリシアならば立てていて当然という事であり。


「だが貴様は──……〝勇者〟でも〝聖女〟でもない」


「ッぐ、え……」


『りゅうっ──……りゅ、あぁ』


 弾かれた斬撃そのものを操作、過程に介入する間も与えず斬り刻むという、かの勇者でさえ一時は遅れを取り、そして聖女相手には最期まで通用しなかった方法で、勇者でなければ聖女でもない〝馬鹿力なだけの少女〟の海馬へ隙間を縫って傷をつけ、意識を奪ったのだった。











「……かの者たちの娘では、確かにあるのだろうがな」

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