第312話 睡拳×酩酊

 何を唐突に、状況を読めないのか、と思いこそしたが。


 よくよく考えずとも、この少女と自分は敵同士。


 ここで仕留めておくのも吝かではないと思う一方。


 それと同時に奇妙な違和感をも抱いており。


 その違和感の正体に、セリシアはすぐ気がつく事となる。


「んぃ、っく」


「……まさか」


 普段の様子からは考えられない可愛らしい吃逆のせいで。


 酩酊状態にある事自体は理解していたつもりだったが。


(目覚めていない……無意識で私に攻撃を? 何故、今になってそのような無謀に走る? オブテインが何かを……?)


 すでに目覚めたうえで仕掛けてきているものだとばかり考えていたセリシアは、スタークが未だ夢の中に居る事に驚きながらも疑問符を浮かべ、【喧々囂々オノマトペ】の影響下にある為かなどと思考を巡らせてはいるものの。


 ……それはスターク自身も然る事ながら、スタークに武術を伝授した師匠であるところのキルファさえ知らない領域。











「……ふ、ふひひ」


 酩酊状態の──【睡拳】。


 そもそも【睡拳】とはスタークが眠っている間だけ使う事ができる、〝スタークの武術から荒々しさを消し、動きから無駄をなくす〟という、早い話がであるのだが。


 その事を知っているキルファやフェアトすら、〝スタークが酔っ払って眠っている時〟に【睡拳】が一体どういう変化を見せるのかという事を把握しておらず、もちろん〝自分が眠っている時でも戦える〟事さえ把握していないスタークは何も知らない。


 が、ハッキリ言ってしまうと──。


(……まぁ、何でもいい。 依頼された用件の遂行を邪魔する以上、排除とまではいかずとも行動の自由は奪わせてもらう)


 ならともかくとしても、スタークの事情などセリシアからしてみれば知った事ではなく。


「止めるか? 神の代行者よ」


『……りゅ、あぁぁ』


「賢明だな」


 さっさと黙らせてしまおう、そう判断して歩を進め始めつつも少女たちの武具であり乗物であり相棒でもある神晶竜の片割れ、パイクに対して断る選択肢のない問いかけをしたところ、ほんの少しの逡巡こそせどパイクは頷くしかなく。


(足の腱を切断した程度では止まらないだろう、あの武闘家に施したものと同じ措置で意識を刈り取ってしまえば──)


 武闘国家に入国したばかり、どころか入国する前から戦いを仕掛けてきたあの武闘家と同じように海馬を損傷させて──と簡単に脳内で模擬演習シミュレーションを終えた彼女は【一騎当千キャバルリー】を起動、記憶を司る部位に不可避かつ不可視の斬撃で傷をつけようとした。











 つけようと、したものの。


「──何?」


 結論から言ってしまうと──……つけられなかった。


 傷がついているかどうかなど外からは分からず、およそ数ミリ以下という事も相まって実際に脳を見ても傷ついているかどうかハッキリと見えはしないだろうが。


 【一騎当千キャバルリー】を持つ彼女だけは分かっていた。











 ──と。

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