第311話 貧弱な手札

 ──【喧々囂々オノマトペ】。


 それが序列十五位、オブテインが魔王より賜った称号。


 オブテイン自身は〝間の抜けた称号〟と言い放ったが、その能力は決して間は抜けておらず油断もできない厄介なもの。


 一言で言えば、〝擬音の事象化と具現化、及び活性化〟。


 魔力で形作られたペンを片手、或いは両手に持ち。


 固体だろうと液体だろうと気体だろうと、オブテインの手が届く範囲でさえあればあらゆる擬音を書き記す事ができる。


 そして、オブテインが【喧々囂々オノマトペ】にて書き記した擬音には一つの共通効果と二つの固有効果がそれぞれ付与される。


 共通効果は上述した〝擬音の事象化〟。


 例えば、〝めらめら〟と書けば火炎が発生し。


 〝ざあざあ〟と書けば周囲一帯に雨が降り。


 〝ばんっ〟と書けば銃もないのに銃撃を行える。


 ちなみにフェアトたちはもう、その片鱗を味わっていた。


 建造物を破壊しようと振るったスタークの拳を普通の斬撃では難しい縦に割るような形で見舞った、〝ずばっ〟。


 騒ぎを聞きつけ、あらかじめ設置しておいた文字で声を音にして飛ばす【コール】のような使い方をした、〝ぺらぺら〟。


 そして、たった数回ちょんと足先が触れただけでスタークを深刻な酩酊状態に陥らせた、〝ぐでんぐでん〟の三つを。


 しかし現状、どれもフェアトに害を及ぼしてはいない。


 というか多分、及ぼす事はできない。


 仮に〝ずばっ〟をスタークではなくフェアトが最初に触れていたとしたら、そもそも何も起こらないか、もし斬撃が発生したとしても一切の傷を負わないかのどちらかだっただろう。


 序列三位の【一騎当千キャバルリー】でさえ、そうなのだから。


 だが、油断はできない。


 フェアト自体に害を及ぼす事はできずとも、フェアト以外の全てに対して擬音にまつわる事象を引き起こせる以上、行動の自由を縛られてしまう可能性は充分にあるのだから。

 

 もちろん書き記す擬音次第ではあるし、そもそも書き記す事ができなければどうしようもないという点では明らかに劣れど、アストリットの【全知全能オール】にも比肩する万能さをフェアトはひしひしと感じ取っていた。


 ……それに比べて、自分はどうか。


 元々フェアトが【盾】として使える力は、たった一つ。


 相手の攻撃をそのまま反射するか、もしくは相手の攻撃が触れたのと同じ部位に同じ威力や効果を持って跳ね返す防御の必殺技、因果応報シカエシ


 そう、その一つだけなのだ。


 いつもなら魔法が使えるようになる指輪──もといシルドを身につけているが、シルドは今この建造物の一階部分の扉の前で待機させている為、魔法の〝ま〟の字も使えない状態にあり。


 あまりにも、あまりにも手札が貧弱だと言わざるを得ず。


 そもそも〝無敵〟とはいえ【盾】が単独で戦いに挑むというのもどうなのか、と疑問を抱かざるを得ない状況に追い込まれていた。


 ……、だが。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一方、スタークと男を連れて転進したセリシアは──。

 

(……【盾】が単独でどこまで闘れるか、興味はあるが……)


 無敵の【盾】たるフェアトが魔法を使う術も持たずに単独で並び立つ者たちに挑む戦いに興味がないとは言えず、文字通り引き摺るようにして連れ出していた二人を心配する事もなく二階部分へと視線を送っていたものの。


(……今は、こちらに専念すべきか。 何から手を──)


 それはそれとして、フェアトからの頼みを無碍にするという選択肢は何故か彼女の中には最初からないらしく、ぐでんぐでんになって眠りこけているスタークの介抱、オブテインにやられたプロヴォ族の男の簡単な治療などなど、どれから着手すべきかと思案していた──。


 ──その瞬間。


『!! りゅあっ!!』


「ん?」


 突如、未だ馬に変化したままのパイクが何かに気づき。


 そして何かを悟らせるかのような切迫した短い鳴き声を轟かせた事で、セリシアが俯き気味になっていた顔を上げた時。


「……何のつもりだ?」


 驚きこそしていないものの、このタイミングでとは流石の彼女でも思っていなかったのか、しっかりと眉を顰めつつ疑問をぶつけた先に居たのは。











「……ひっく」


 赤らんだ顔も隠さぬままに、ふらふらと揺れながら立つ。


 目を閉じたままの、スタークの姿だった──。

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