第310話 【喧々囂々】
あれほどの爆発を受けてなお、まだ男は死んでおらず。
『……ッ、────……ッ!』
片腕と片脚を失うという文字通りの五体不満足な状態でこそあるが、それでもオブテインへの憎悪と想い人への慕情だけで命を繋ぎ止めているようだった。
……目だけは死んでいない、と言い換えてもいいだろう。
「……っ」
そんな男の散り様を垣間見てか、それとも先ほどのオブテインの言葉から彼の境遇を知った為か、ここに来てようやく同情の念を抱き始めていたフェアトだったが、それでも彼女は動かない。
あくまでも〝姉を退避させる事〟が彼女にとっての最優先事項だからとというのもあろうものの、それ以前の問題として仮にも相手は
いかなる事情があっても不用意に動きたくはなかった。
……特に、今回に限っては
(……
そう、どんな攻撃も通用しない【守備力】を持つフェアトではあるが、ああいう行為──歯に衣着せぬ言い方をすれば〝性行為〟が果たして彼女にとって〝害意あるもの〟として扱われ、ちゃんと防いでくれるかどうかなど、確かめた事すらなかった。
……確かめておけばよかったと、ほんの少し悔いていた。
あの辺境の地に住んでいた頃からフェアトはスターク一筋であり、もし想いが成就しなかったとしても他の誰かと添い遂げるつもりはさらさらなく。
ゆえに〝ごっこ〟も〝練習〟も、ましてや〝実験〟などという形で〝初めて〟を失うつもりなど毛頭なかったのだ。
たとえ、その相手が勝手知ったる〝先生〟であっても。
だから、まず行うべきは〝戦闘〟や〝確認〟ではなく。
「……戦闘は不可避、貴方も分かってるんでしょう?」
「そうでもねぇぞ? テメェが素直になりゃあいい」
「死んでもごめんです」
「はははッ! そりゃ残念だ!」
男の安否も気がかりな中、意を決して口を開いたフェアトからの宣戦布告に対し、オブテインは未だに少女とヤる気満々といった具合で肉体美をアピールしてきているが、フェアトの頑なさをこの短時間でも充分に理解できていたオブテインは逆に燃えていたようだ。
戦闘自体は彼にとっても望むところであるらしい。
……強気な女を組み伏せるのが好きだから。
「……私が一人でお相手します。 セリシアさん、姉を……ついでに、その人も一緒に連れてパイクに治癒するようにと伝えてください」
「構わない」
「ありがとうございます、それと──」
それを見抜いているからこそ、この場で全く役に立たないどころかすでに眠りこけてしまっていた姉と、もはや満身創痍という次元ですらない死にかけの男を連れて、おそらく戦う気はないのだろうセリシアに転進の指示を出した後、彼女は
「──……いえ、何でも」
「……そうか」
結果、何も言わずに話を終わらせた。
察しろ、と言っているようにも見えたが。
セリシアもまた、それ以上は何も言わずに出ていった。
「いやァ嬉しいぜェ! コイツら肉付きはいいが果てんのが早くてよォ! まァ数だけは居るから乾く暇もなかったがなァ!」
「……どうでもいい情報をどうも、オブテイン──いえ」
そして部屋の中にフェアトとオブテイン、ついでのように転がされたまま動かない女性たちだけとなり、そんな女性たちにはもう飽いたと吐き捨てつつ、レビューかフォローか分からない何かをひけらかしてきたオブテインに心底呆れつつも。
「
「おッ、ご名答! 何とも間の抜けた称号だよなァ!」
オブテインという名を聞き、そして姉も影響を受けたあの模様か文字か定かではない何かを見た時から確信していた序列十五位が持つ称号、【
気に入っているのかそうでないのかは分からない。
……が、そんな事より。
「……ついでに力量や技量も間抜けだと助かるんですが」
「馬鹿言っちゃいけねェ! 間抜けが長になれるかよ!」
「……でしょうね──さぁ、始めましょうか」
軽口を叩くくらいの余裕はいつだって持ち合わせているフェアトからの『お手柔らかに』という声に、オブテインは『やなこった』と互いが互いへ暗に返した事で。
手加減なし、一対一の戦いが幕を開ける──。
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