第306話 到着、移動式集落

 それから、およそ一時間ほど後──。


 あの場に居合わせた者たちの代表とも言える男を先頭に置いたプロヴォ族の案内で荷車を走らせ、スタークたちが移動していると。


「──お、あれか?」


「多分そうですね」


 プロヴォ族たちから未だ意味の分からない叫びが如き言葉を掛けられるよりも早く、そこにいくつも土と植物で建てられた急拵えの小屋のようなものが集まった場所こそが彼らの集落なのだろうと断じ。


『────……ッ、────……!』


 それに応えるつもりだったのか、それとも偶然タイミングが合致しただけなのかは分からないが、プロヴォ族の男が如何にも悔しげな表情で歯噛みしつつ何かを口にしたのを聞いて。


「『〝奴〟は集落の中で最も大きな建造物を我らに捧げさせ、そこで贅の限りを尽くしている。 酒も女も思うがままに』──だそうだ」


「……蛮族か何かか?」


「それくらいなら前世でもできたでしょうに……いや本当に並び立つ者たちシークエンスだったらの話ですけど……」


 すぐさま内容を通訳してみせたセリシアの言葉に、まるでというか正しく蛮族の所業だとフェアトどころかスタークすらもドン引きし、もし並び立つ者たちシークエンスなのだとしたら優れた種族として生を受けた前世でやればよかったのにと正論を呟いたフェアトだったが。


(……いや、できなかったから今世で……?)


 逆に、かつて魔族だった時にできなかったからこそ魔族以外の何かとして生を受けた今世で好き放題しているのかという結論に至りかける中。


「まぁいい、さっさと奴とやらの顔を拝みに行こうぜ」


「……ですね」


 多少の困惑はあれど悩むだけ時間の無駄だと判断した姉の後をついていきはしたものの、フェアトには一つ懸念事項があった。


(今のところ、パイクもシルドもこれといって反応は示してない……並び立つ者たちシークエンスと何も関係ない単なる力自慢とかだったらどうしよう、ここまでの時間全部が無駄になっちゃうんだけど)


 そう、並び立つ者たちシークエンスの気配に呼応して反応を示す筈の神晶竜たちが、うんともすんとも言わないせいで〝並び立つ者たちかもしれない〟という前提から間違っているのではと、もしそうだとしたら無意味にもほどがあるではないかという懸念事項が。


 もちろん、今は序列三位が傍に居るからフェアトたちに無用な混乱をさせぬように黙っているのかもしれない。


 しかし、ひとたび気になってしまうと確認せずにはいられないのが相変わらずのフェアトの悪い癖。


 ふと振り返って、ゆっくりとした速度で随行していた荷車を馬の姿で曳くパイクたちに問いかけようとした、その時。


「……酒臭ぇ、とんでもなく酒臭ぇけどそれ以上に……何だ? 何つったらいいんだ、この酸っぺぇんだか腐ってんだか分かんねぇ感じの……」


「え? いやそれは……あー……」


 嗅覚も人外じみているスタークの鼻を掠めたのが酒精の香りだけならまだ良かったのだが、あろう事か何とも説明しにくい色香まで嗅ぎ取ってしまっていたが為に、フェアトは言葉に詰まってしまう。


(本当に分かって──……ないんだろうな……嫌だなぁ、そんな色街みたいな場所に姉さん連れてくの……)


 同じ場所にて同じ速度で勉強していた為、知識自体は己と同じ分だけ有していなければおかしいものの、スタークだから仕方ないとは思いつつも、そういう考えに至らない無垢な姉をへ赴かせる事に抵抗を覚えており。


「もう普通に息すんのもキツいんだが……で何だこの水音」


(うわぁもう……)


 嗅覚どころか聴覚にまで厭らしい音が届いているらしい姉の呟きを耳にして、いよいよ嫌悪感が勝ってきたフェアトは何なら姉をこの場において己だけで向かうべきかと、スタークが了承する筈もない仮定を思い浮かべるくらいに参っていたのだが。


「まぁいい、とりあえず引っ張り出してやる」


「……えっ? ちょ、ちょっと!?」


 妹の葛藤など知る由もないスタークは、二階建てのような構造の大きな建造物の近くまで闊歩してから、そっと触れるだけでも土塊が剥がれる壁に手を添えつつ嗜虐的な笑みを浮かべ、そんな姉が何をしようとしているのかを察したフェアトは待ったをかけようとしたものの時すでに遅く。


「【解体デモリション】──」


 屋内に居る生物を傷つける事なく、その外側の建造物だけを超高速の振動により綺麗に破壊する必殺技を行使し、〝奴〟とやらを表に引き摺り出してやろうとした。











 ……が、しかし。


 残念ながら、それは叶わなかった。


「──……はっ?」


「!? 姉さん!?」


 壁に触れた瞬間、スタークの右腕がからだ。

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