第305話 姉妹の温度差

 部族の乗っ取り──セリシアは確かにそう言ったが。


(……だから何だって言うの?)


 フェアトは、いまいち腑に落ちないでいた。


 気の毒だという気持ちが全くないというわけではない。


 しかし、それと自分たちに何の関係があるのだろうか。


 自分たちは決して暇ではない。


 今のこの時間も、ハッキリ言って無駄と言えば無駄。


 ゆえに、知った事ではないというのが彼女の結論であり。


 もはや絶対零度とも言うべき冷めに冷めた瞳を向けるフェアトに対し、スタークは再び湧き出してきた関心を隠そうともせず。


「いいじゃねぇの。 そんじゃ案内しろよ、お前らの根城へ」


『──……?』


「はっ!? ちょっと姉さん! そんな事してる暇は──」


 セリシアでもなくフェアトでもなく、プロヴォ族の男へ向けて『案内しろ』などと曰うものだから、スタークが何を言っているのかも分からない男は元より、理解できているフェアトでさえ表情を困惑の色に染めざるを得なくなる。


 これまでも姉と妹との間で温度差が発生する事は幾度となくあったが、どうやら今回もその一例となってしまうらしい。


 しかし今回はスタークにも思うところがあるようで。


「まぁ待てフェアト、あたしにもがあんだからよ」


 ガシッとフェアトと無理やり肩を組ませつつ、およそ普段の彼女からは出てこないであろう〝考え〟とやらを教えてやろうとしたものの。


「考え? 姉さんに、考え……? 熱でもあるんですか?」


「……張り倒すぞコラ」


「やれるものなら」


「〜〜……ッ」


 違和感しか抱けなかった妹からの失礼極まりない、されどあくまで嫌味を言っているわけでもない雰囲気の純粋な疑問に余計スタークはイラついてしまっていたが、それはそれとして張り倒したくても張り倒せない妹の〝守備力〟の方が、そしてそれを未だに突破できない己への怒りの方が上回ったせいで逆に冷静になり。


 はぁ、と浅くない溜息をついて一呼吸置いてから。


「……いいから聞け。 まず、こいつらは──


「えっ? でも……」


 とても彼らを瞬殺した張本人の口から出たとは思えぬ望外な称賛の言葉を吐く姉に、フェアトは横目で今も気絶したまま仰向けに倒れている者まで居るプロヴォ族を見遣りつつ、『弱いから、こうなってるんじゃないんですか』と正論をぶつけようとしたのだが。


「もちろん強くもねぇよ。 だが、こいつらの戦法や練度自体は決して悪いモンじゃねぇ。 単なる戦闘部族どもにゃあもったいねぇと思っちまうくらいにはな。 だから、こう考えたんだ──」


 それを先読みしたスタークは、あくまでも当人たちの実力ではなく洗練された武器の強度や連携の精密さ、負傷者が出るやいなや即座に陣形を変える臨機応変さなどを評価して『弱くない』と言ったのだと妹の誤解を解き。


「──ここに居る連中を含めたプロヴォ族全員を倒して長の座に就いた〝奴〟とやらは、ってよ」


「人間じゃない、って──……まさか」


「あぁ、そのまさかだ」


 それらを考慮すると、ここまで戦いに秀でた彼ら全員を討ち倒し たという者は、スタークと同様に〝人間離れ〟した存在なのではないかと──……つまり、だ。


「……並び立つ者たちシークエンスかもしれない、と?」


「そういうこった」


「……ん〜……」


 転生した二十六の選ばれし魔族の一角が、プロヴォ族を乗っ取っているのではないか──とスタークは読んでいたのである。


 ……なるほど確かに、ありえない話ではない。


 竜種に転生した序列十位から始まり、咎人や処刑人、幼女や猫、王族や賭博場の支配人、果ては火炎や刀まで様々な存在として現世に蘇っていた並び立つ者たちシークエンス


 そんな奇妙奇天烈極まる転生体を見てきたフェアトたちからすれば、今さら〝部族を乗っ取った者〟という今までのあれやこれやに何とも見劣りする存在に転生していても特に驚きはなく。


 よくよく思い返してみると、序列十八位や十九位なんかは称号の力を除けばよっぽど自分たちより人間らしかったし、〝奴〟と呼んでいる事から少なくとも人型ではあるのだろう何某かが並び立つ者たちであっても不思議ではない。


 だからこそ。


「……分かりました、もう好きにしてください」


「っし! おい、さっさと訳せよ」


「……」


 諦めの感情を込めた深い深い溜息とともに〝奴〟とやらの討伐許可を出した妹に、スタークは意気揚々と拳を打ち鳴らしてから命令でもするかのように通訳を依頼し、セリシアは無言でそれに応答する。


 ……一見すると何気ないやりとりではあるが。


 かたや無敵の【矛】、かたや序列三位。


(……何で私だけがこんなに気を張ってなきゃいけないの?)


 水と油という概念さえ超越するほど馬が合わない彼女たちのやりとり一つで毎回フェアトが気を揉んでいる事実を、スタークやセリシアは知る由もない。

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