第304話 眼差しの変化

 我らの〝長〟になってくれ──。


 そう頼み込んだ──らしいプロヴォ族の男の瞳からは、およそ嘘や冗談のような揶揄いの感情は一切感じ取れない。


 それは、彼の取り巻きである部族たちも同様に。


 つまり、本気で言っているのだ。


 スタークに、新しい族長になってほしいのだと。


(これだったんだ、私が感じた嫌な予感の正体……!)


 今さらながら、スタークとの戦いを経て殆ど全員が戦闘不能となっていたプロヴォ族から感じていた違和感の正体を悟るフェアト。


 よくよく見れば、彼らの眼差しにも変化が表れている。


 つい数分前までは、いかにも略奪者といった具合の強欲さや傲慢さ、どれだけ良く言ってもスタークと同じ戦闘狂の眼をしていたというのに。


『『『──……!!』』』


 今のプロヴォ族の眼からは、そういった悪感情は微塵も感じられず、むしろスタークという絶対強者への羨望を始めとした好感情──状況的には好ましいとも言えないが──ばかりが感じられる。


 それはもう、キラキラと輝いてさえいるのだ。


 ……ただ、ほんの僅かに。


 スタークの持つ〝強さ〟そのものに縋るような、ともすれば悲壮感のようなものを感じた気もした。


 とはいえ、すでにフェアトの動揺は収まってきている。


 何しろ自分たちは並び立つ者たちシークエンスの討伐という、あらゆる物事より優先される目的を果たす為の旅の途中にあり。


 ちょっと装備が珍しいだけで大して強くもない部族の相手をしている暇などないし、長になるなど以ての外だ。


 しかし、ここで問題となるのはスタークの対応である。


 単に拒否して押し通るならそれで良い。


 ここに居る部族全員を気絶させるのも悪くはない。


 ……だが鏖殺という手段を取ってしまったとしたら?


 もちろん、それも後腐れなくて良いのかもしれないが。


 ここでの戦闘に掛けた時間は僅か数分、少し離れて着いていっていた大熊猫パンダの荷車との距離はさほど開いていない筈。


 もし、スタークの殺戮によって周囲に鳴り響く事になるだろうプロヴォ族たちの断末魔が、あの荷車の御者や護衛たちに届いてしまったら。


 十中八九この国の中枢と何らかの関係がある者たちに、たとえ人権がないとはいえ一方的な殺戮を繰り広げる現場を見られてしまったら。


 この国の中心地、皇都にて開催される魔闘技祭への参戦に支障が出てしまうのではないかと、フェアトは懸念していた。


 ……思考が飛躍し過ぎだろうと思うかもしれない。


 だが不安要素など作らないに越した事はないのだ。


「……姉さん、ここは──」


 だからフェアトは、こっそりと『どうか穏便に』と耳打ちするとともに〝押し通る〟か〝意識を奪う〟かを選択させようとしたが。


「……おい、こう伝えろ。 『長になってほしかったら、お前らの中で一番強ぇ奴を出せ。 そいつがあたしに勝てれば長にでも何でもなってやる』ってな」


「……いいだろう」


「ちょっ!?」


 それを実行しようとしたのも束の間、中途半端に戦ったせいか溢れ出る戦闘意欲を抑え切れない様子のスタークは、あろう事か『まだまだ戦い足りねぇ』と言わんばかりの身勝手な提案をし出し。


 そして、またもあろう事かセリシアが何の気なしにそれを了承して通訳し始めた事で、フェアトは驚きのあまり制止の声を上げる事もできず。


『…… ──、────。 ────……ッ』


「……ふむ」


「何つってんだ?」


 そうこうしている内に通訳も終わり、セリシアからの──というかスタークからの提案を受けたプロヴォ族の男が、およそ数秒ほど葛藤するような仕草を見せてから口にした呻き声の如き言語を、セリシアが理解した様子を見せた事で尋ねてみたところ。


「『この場には居ない。 奴は今、我らの拠点にて長として君臨している。 ただし、それは我らが望んだわけではない』──と」


 どうやら、プロヴォ族における最強の何某かはこの場に来ておらず、ほんの一ヶ月ほど前に移動した地を拠点とした場所で、プロヴォ族の誰も望まぬ形で長の地位に就いているのだと語ったらしいが。


 今の説明からでは結局その何某かが何者なのかとか、プロヴォ族の誰もが望まぬ形とは何なのかとか、フェアトが知りたかった事が何一つ不明瞭なまま。


「……あの、もう少し詳細を教えてもらえると……」


「……」


『……ッ、────、────……ッ』


「……なるほどな」


 それゆえ、『もっと詳しく』と相も変わらぬ悪癖を前面に押し出す形で疑問を投げかけると、セリシアが無言の圧力で男に説明の先を促し、それを悟った男は恐怖しながらもやはり呻き声にしか聞こえない言語を発して何かを告げる。


 その言語を理解し内容を把握したセリシアは頷いてから。











「……『奴は、我が部族を乗っ取ったのだ』──と」


 その何某かがプロヴォ族を強さで凌駕した結果、長の地位を簒奪するという形で部族を支配しているのだと通訳した。

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