第131話 【魔弾の銃士】の目的

 それから、アルシェは引き連れていた冒険者たちに被害者の身元を特定しておいてと指示を出した後、何やら組合長に聞きたい事があったらしく話をもちかけたところ、ミュレイトはあっさりと了承してみせて。


 ついで──といってはあれだが、フェアトたちとしても並び立つ者たちシークエンスの情報をそれとなく収集したいが為に、その談話の場に混ぜてもらう事になっていた。


「──それじゃ、すこーし待っててねぇん♡」


「え、えぇ。 お構いなく」


「どうも」


「……」


 やたらと背の高い彼に合うように設計されているのか、やたらと縦に長い出入口の先にあった応接間に通されており、やたらと上機嫌な彼が『お茶菓子持ってくるわァ』と口にした事で三者三様の反応を返す中。


「アルシェさん。 私、一つ聞きたい事があるんです」


「……? な、何かしら?」


 丸い机を囲むように四つ置かれた一人用のソファーに座る三人のうち、フェアトがアルシェの方に顔を向けたかと思えば何かを聞きたいと口にして、それを受けたアルシェが突然の事に戸惑いつつも問い返すと。


「さっき、あのマネッタって人が……多分、彼女なりの死生観について語っていたんだと思うんですけど」


「死生観……そ、そうね。 それがどうかした?」


 つい先程、観光組合員の女性がもの凄い早口で語っていた、おそらく教わったと思われる死生観について言及せんとしたところ、『あれ死生観だったの?』とアルシェは困惑を露わにしながらも再び尋ね返した。



 すると、フェアトは一呼吸置いてから──。



「アルシェさん、あの時──『やっぱり貴女も』、そう言ってましたよね? あれ、どういう意味ですか?」


「!」


 マネッタのあまりの勢いによる語り口に押されていたのか、あの時は完全に素で返してしまっていたのだろうアルシェが口にしていた言葉に違和感を覚えたらしいフェアトの疑問に、アルシェは思わず目を剥く。



 そんな迂闊な言葉を吐いたつもりはなかったから。



「私の憶測が正しいなら貴女は、ただ休暇や観光の為だけにシュパース諸島を訪れたわけではない筈です」


「そ、それは……」


 更に追い討ちをかけるかの如く、フェアトが彼女なりの憶測──彼女は確信を持っていたが──を捲し立ててきた事で、アルシェは無駄だと思いながらも助けを求めるような視線を双子の片割れに向けたものの。


「あたしは別に興味ねぇが……素直に喋っといた方が賢明だと思うぜ? そいつは割と──しつこいからな」


「……すぐに興味をなくす誰かよりマシです」


 空気があるところであれば、どこでも展開できる支援魔法である【風納ストレージ】から取り出していた干し肉をガジガジと噛みちぎっていたスタークは、どこからどう見ても関心がなさそうな態度を露わにしており、あまりの言い草に妹が不満げにぶつぶつとボヤく一方で。



 アルシェは、もう隠しきるのは難しいと悟った。



 そもそも──あれほどの力を持つ双子を敵に回すなどという愚行を犯す気はなかったというのもあるが。


「……これは、誰にも言わないでほしいのだけど」


「口外はしません。 この人は分かりませんけどね」


「あぁ? やるか、こら」


「……やれるものなら」


「ちょ、ちょっと……」


 そして、『はぁ』という浅くない溜息で双子のやりとりに割って入って『他言無用』だと告げるも、フェアトが首を縦に振りつつ余計な一言を付け加えた事で姉が反応し、まさに一触即発な空気が流れてしまう。



 その後、何とか空気を落ち着かせてから──。



「──……“アルシェ=ザイテ”。 それが私の名前よ」


 ようやく双子が自分に注目してくれたのを確認した彼女は、つい数時間前に名乗った名前が正式なものではなく、その名の後ろに家名があった事を明かした。


「……名のある家の生まれだったんですか?」


「えぇ、これでも元伯爵令嬢だから……」


 それを聞いたフェアトが、『苗字持ち』という事は王族や貴族ないし名のある家の下で誕生したのかと問うと、アルシェはあっさりと伯爵家に籍を置いていた過去を口にし、フェアトからの問いかけに肯定する。


「……南ルペラシオを治める王族には、とある密偵部隊が仕えているの。 その名は、【影裏えいり】。 私は、その部隊の隊員として家名を捨てたうえで育てられた」


 それから、アルシェは大して時間はない事を承知のうえで自分の正体──【影裏えいり】という名の機密部隊に所属している事実とともに過去を簡潔に語り出した。


 二十四年前、彼女は南ルペラシオに領地を持つ伯爵家の一つたるザイテ家にて生を受けたのだが、その時にはもう優秀な長男も長女も生まれており、アルシェが家を継ぐ選択肢は全く残されていなかったようだ。


 幸い、アルシェは生まれながらにして高い魔力と南ルペラシオの人間としては珍しい四つもの適性を持っていた為、魔族との戦いが終わった頃には後継者争いから降り王に仕える軍に属する事を決意したのだが。


 そんな中、黒衣を召した数人の軍人が彼女の住んでいた伯爵家を訪ねてきたかと思えば、『その娘は我々の下に入隊してもらいます』と有無を言わさず伝えてきたものの、ろくに反対もしなかった家族の同意もあってアルシェは半ば連行される形で軍属が決まった。


 一見すると平和に思える南ルペラシオを裏の部分から密偵や諜報、果ては暗殺や破壊工作などで支える。



 ──【影裏えいり】という名の機密部隊に。



 冒険者アルシェ、【魔弾の銃士】は仮の姿だとか。



「……で? その……何とかってとこの一員が何の用事があるってんだ? まさか本当に休暇じゃねぇだろ?」


「……もちろんよ。 私の目的は──」


 およそ二分弱で語り終えた時、妹の予想通り部隊の名すらハッキリ覚えていないらしいスタークが急かすように話の先を促すと、アルシェは頷いてから──。


「とある“宗教”を秘密裏に調査、或いは破壊する事」


「宗教だぁ?」


「……もしかして、聖神々教せいこうごうきょうですか?」


 自身に課せられた使命が、とある宗教の調査をする事と、その宗教が明確に自国に害となると判明した場合は裏の手で破壊する事だと明かし、それを受けたフェアトは『宗教』と聞いて思いつくのが聖神々教せいこうごうきょうしかなかった事もあり──もしやと思って確認してみる。


 本当に、そうだったとしたら関わりたくないというのもあって彼女の表情は相当な真剣味を帯びていた。


「いえ、あの宗教も確かに裏では何をやっているか分かったものじゃないけれど……今回の標的は別なの」


 しかし、アルシェのターゲットは全く別の宗教だったようで、フェアトが僅かな安堵の溜息をこぼしたのもよそに、いよいよとばかりにまた一呼吸置き──。


「その宗教の名は──“悦楽教えつらくきょう”」


悦楽教えつらくきょう……?」


「初耳だな……まぁ多分だが」


 悦楽教えつらくきょう──という、どうにも清貧さや崇高さの欠片も感じさせない名前の宗教こそが標的なのだと語ったアルシェに対し、スタークはもちろんフェアトにしても初耳だった為に首をかしげて彼女の二の句を待つ。


 何でも、『この世界に苦痛などなく、あるのは愉悦と極楽だけ。 それは死後にも言える事、笑顔で逝ければ神々もまた笑って迎えてくださるだろう』──そんな異質な教えを広めている、ここ数年で聖神々教せいこうごうきょうに対抗するかの如く頭角を現した新興宗教であるらしく。


 ひとたび入信すると、どういうわけか聖地メッカであるシュパース諸島からとの事で──。


「……んん……?」


 やはり、スタークが理解できずに困惑する一方。


(……これは、もしかしなくても……)


 その妹であるところのフェアトはといえば、アルシェが語った悦楽教の教えの中にあった『笑顔で逝ければ』という部分で『とある確信』を得ていたようだ。



 裏にいる【破顔一笑ラフメイカー】と【常住不断ステイヒア】の存在を。



「……まぁ、よく分からねぇが……その宗教は何か悪ぃ事でもしたってのか? じゃなきゃ調査なんざ──」


 それから、ほんの少しの沈黙の後に口を開いたスタークが栗色の髪を掻きつつ、アルシェの標的である宗教は何かをやらかしてしまったのかと問いかけると。


「……それを話す前に、一つだけいいかしら」


「「?」」


 当のアルシェは途端に表情に影を落として真剣味を増し、そんな彼女の変化に双子が首をかしげる中で。


「……これから用意される茶菓子には絶対に──」


「! もしかして──」


 密閉された空間であるというのに随分と警戒した様子で何かを忠告せんととする彼女に対し、それを読めてしまったフェアトはまたも『とある確信』をした。



 この人も、ジュースや花輪レイの事に気づいてる──。



 ──そんな確信を。



 それゆえ、フェアトはアルシェの話を遮ってでも自分たちも『訳知り』なのだと伝えようとしたのだが。


「──黙れ」


「「えっ」」


 突如、底冷えするような低い声音を持って差し込まれたスタークの声に二人が口を止めた──その瞬間。


「──お待たせぇ♡ お茶菓子、用意したわよぉ♡」


「「っ!」」


 応接間の扉が『ガチャッ』と音を立てて開いたかと思えば、その向こうから焼菓子と紅茶のセットらしきものをトレーに載せて片手で運ぶミュレイトが姿を現した事で、フェアトとアルシェは同時に目を見開く。


(これだけの巨体で足音一つしないなんて……!)


(……やっぱり敵わないな、こういうとこだけは)


 何しろ、こうして扉が開くまで外から足音など全く聞こえておらず、およそ一般的な聴力しかないフェアトはともかく機密部隊として鍛えられている筈のアルシェは、その事実に表情を驚愕の色に染めてしまう。


 魔法か何かでも使っていたのだろうか──と何の確証もない推測を脳内でのみアルシェが広げていた時。


「それで? アタシに聞きたい事って何かしらァ?」


 慣れた手つきで紅茶を淹れ終えたミュレイトがソファーに座ると同時に、その体格に見合う低めの声音と体格に見合わない口調で『何用か』と尋ねてきた為。


「え、えぇ。 シュパース諸島を中心に教えが広まってる宗教、悦楽教えつらくきょうについて何か知らないかな、と──」


 アルシェは少しばかり気圧されつつも気を取り直して、ここに来た目的を不明瞭にしたうえで悦楽教えつらくきょうについて知っている事はないかと、おそらくは悦楽教えつらくきょうの信徒の証なのだろう念珠ロザリオを首から下げた彼に尋ねると。


「あら! もしかして、入信希望かしらァ?」


「えっ? い、いや、そういうわけじゃ──」


 ミュレイトは途端に表情を晴れやかにしてアルシェの白い手を取り、あくまでも包み込むが如く力を込めすぎない程度に握って入信希望かと問うも、そんな気はないどころか下手をすれば壊滅させるつもりでいる彼女は思わぬ接触に首を横に振っていたのだが──。


「……貴方は、悦楽教えつらくきょうとやらの信徒なんですか?」


「え? あぁ、信徒と言えば信徒なんだけどぉ──」


 これでは埒が明かないと察したフェアトが少しだけ身を乗り出して、まず間違いないとは思いながらも念の為にと信徒かどうかを尋ねたところ、ミュレイトが顎に人差し指を当てて『うーん』と唸ってから口を開いたかと思うと──そこから飛び出してきた言葉は。



「──どちらかと言えば教祖の方が正しいわねぇ♡」


「「「はっ?」」」



 まさかの教祖発言であり、スタークはもちろんフェアトやアルシェも呆気に取られてしまっていた──。

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