第130話 観光組合へ

 その後、キルファを見送った双子は並び立つ者たちシークエンスの情報を掴む為にアルシェたちと別行動を取ろうと。


 したのだが、そんな双子に対して『諸島で情報を集めたいなら観光組合が効率良いんじゃない?』と提案してきたアルシェの言葉により、そうする事にした。



 もちろん並び立つ者たちシークエンスについては話していない。



 アルシェは随分と気になっていたようだが、まだ知り合って間もない相手に明かせるような情報ではないのは明白である為、詳細は隠したままでついていき。


 冒険者たちからの手伝いの申し出がありがたいというのは紛れもなく事実だったものの、あの場にいた全員で押しかけるのも迷惑かもしれないと考えた結果。


 アルシェを始めとした数人の冒険者を除いた者たちには見張りを頼み、あれほどの凶悪な魔物はもう流石にいないと思うが、あの砂浜ビーチに一般の者たちが近寄らないようにしてもらう為、二手に分かれており──。


「──……ここが、そうなんですか?」


「えぇ、そうみたいね」


 アルシェを先頭として密林の中心を開拓して舗装された道を歩いていた一行の視界に映ったのは、どうにも頑丈さより派手さが優先されたが如き色彩鮮やかな二階建ての城、或いは教会のような外観の建造物で。


「何つーか……あー、何つったらいいんだろうな」


「……俗っぽい?」


「……あぁ、そうそう。 そんな感じだ」


 上の部分から中心部をくり抜いた中に色水を入れた光の魔石により、この付近だけ遊郭や繁華街のようになっている事を不審がるも、それを言い表す言葉が出てこない姉に対しフェアトは苦笑しつつ答えに導く。


 現に、おそらくは観光組合の本部か何かなのだろう派手な建物の周囲や通路もまた、その建物に設置されたものと同じ加工を施された魔石の光に照らされており、とてもではないが普通の人が過ごしているとは思えないというのは紛れもなく双子の共通認識だった。


「じゃあ、さっそく入りましょうか」


「……そうですね」


「……おぅ」


 しかし、いくら怪しんだところで入らざるを得ないという状況は何一つ変わらず、アルシェが冒険者たちを先導して建物の中に入ろうとかけてきた声に、フェアトとスタークはともに怪訝そうな表情を浮かべながらも反応し、その後を決して軽くない足取りで追う。



 その建物の内観を一言で言うのであれば──。



 ──『絢爛』、という他なかった。



 少し前に訪れた王族の住まう城とはまた方向性の異なる、さも『これだけの稼ぎがある』と言いふらしたくて堪らないという風な、もしくは『煌びやかさの奥にある何かの隠匿』を表したような設計を見て──。


 そういう意味では、『虚栄』や『衒気』と例えた方が合っているかもしれない──と、フェアトは思い。


(……やっぱり、どう見ても怪しい。 この中にいる誰かが並び立つ者たちシークエンスって可能性も考えておかないと)



 そんな憶測をしてしまうのも無理からぬ事だった。



 そうして、フェアトが一層の警戒を露わにする中。



「──おや、これはこれは! そちらから出向いていただけるとは思いもよらず、お迎えもできませんで!」


「……マネッタ、だったわね」


「えぇ、つい先程ぶりです!」


 やたらと高揚しきった女声が聞こえてきた事でそちらを向くと、あの砂浜ビーチで別れたばかりのマネッタの姿があり、その不気味なほど笑顔に怪訝そうな表情で返すアルシェの言葉にも彼女はめげずに明るく答えた。


「……あの騒動で亡くなった方たちの身元が知りたいのだけど。 ここで観光客の一覧か名簿は見られる?」


「一覧? 名簿?」


「えぇ、せめて遺体の一部でもご遺族にって──」


 一方で、まともに相手をするだけ時間や体力、精神力の浪費だと考えたアルシェは早々に目的を達成するべく被害者の身元を調べたいから、ここで管理されている筈の一覧、或いは名簿を開示してほしいと頼む。


 すると、マネッタは途端にきょとんとした表情となるだけでなく、その表情に見合う呆けた声音で聞き返してきた為、アルシェは一覧や名簿を確認したい理由をに補足情報を付け加えるように語りかけたのだが。


「──必要ですか? そんなの」


「「「はっ?」」」


 当のマネッタはといえば、『身元が知りたい』という事にも『身体の一部でも遺族に』という事にも全く理解を示しているように見えず、そんな彼女の無慈悲な態度にアルシェだけでなく全員が困惑してしまう。


 基本的に興味のない事には無関心なスタークでさえ眉を顰める中、相変わらず笑顔のままのマネッタは。


「その騒動とやらで亡くなった方々は、それはそれは凶暴な魔物に襲われる絶望の中で亡くなったんですよね? であれば、きっと神の御許にもいけず冥府を彷徨い続けているのでしょう──何と罰当たりな事か!」


 まるで演劇中の役者かの如き大袈裟な身振り手振りとともに、あの騒動に巻き込まれて命を落とした者たちの最期を見ていたかのように語り出すだけでは飽き足らず、その悲惨な最期では死後に神の御許に召される事はないだろう、と哀れむように──嗤っていた。


「……っ、──」


(……やっぱり?)


 そんな彼女の芝居じみた言葉を聞いていたアルシェが何やら訳知りという感じに呟く一方で、それを聞き逃さなかったスタークが少しの疑問を覚えていた時。


「──『死は平等だ』」


「「!!」」


 スタークの隣から数歩ほど前に歩み出た妹──フェアトが真剣な声音と表情で割って入った事により、アルシェだけでなくマネッタも動きを止めて振り向く。



 そして全員の視線が集まったのを見計らい──。



「私たちの母親が言っていました。 どんな生物も必ず死ぬ。 そして、どんな生き方をしていたとしても死んでからは違いなどない──だからこそ死は平等だと」


 かつて、あの辺境の地にて母親であるレイティアから教育の一つとして受けていた『この世界における死生観』からすれば、そして母親が聖女である事を踏まえればマネッタが口にした考えは間違いである筈で。


「死に方一つで死者の魂を見捨てる神なんて──」


 善悪を問わず、その生物の最期が絶望に満ちていたからという、ただそれだけで死者の魂を冥府に放逐するような、そんな血も涙もないといえる神々に──。


「──神の資格、あります?」


「なっ……!?」


「はっ、そりゃあ尤もだな」


 神だと名乗る資格などあろうものか──そう告げてきたフェアトが冗談を言っているわけではないと分かったからこそ、マネッタは普段から浮かべていたのだろう笑顔さえ忘れて目を剥き、スタークはスタークで妹が珍しく啖呵を切った事に面白そうに口を歪める。


(……まぁ、お母さんの言う平等は意味が違ったけど)


 とはいえ、レイティアが言う『平等』とは聖女である自分の【光蘇リザレクション】を基準にしていたようだが──。


「……フェアトの言葉じゃないけれど、この世界に生きる誰にだって死者を弔う権利はあるわ……それが遺族なら尚更ね。 本当は貴女も分かってるんじゃ──」


 フェアトとマネッタの間に緊迫した空気が流れる中で、その空気を緩和させる為にもアルシェは平静な声音でフェアトの意見に同調する姿勢を見せつつ、もう一度マネッタに向けて被害者の身元を確認したいと語りかけるとともに、さも彼女が何かに従わされているのではというような物言いをしようと──した瞬間。



「──……あんらァ? 一体、何の騒ぎかしらァん?」


「「「!」」」



 何と言えばいいか──そう、やたらと粘ついて聞こえるだけでなく奇妙極まる言葉遣いの低いが全員の耳に響いた事で、かなりの勢いでそちらを向くと。


「あら、あらあらァ! 可愛い子たちがたくさん! いいわねぇ、食べちゃいたいわァ! もちろん性的に!」


 そこには、めったやたらに筋肉質で身長も明らかに二メートルを超えて、あろう事かキルファより露出の多いぴっちりとした黒い服を着た化粧もバッチリの男性が無駄に良い笑顔を浮かべてポーズを決めており。



 首には組合員たちと同じ意匠の念珠ロザリオを下げていた。



(何だ、どういう人種──いや、種族だ?)


(いや、私にもちょっと……)


 そんな理解しがたい格好の男性目の当たりにし、あの辺境の地に送られてきた咎人の中にもいなかった存在に双子が身を寄せて困惑からの呟きを漏らす一方。


『『りゅ〜……?』』


 矛の姿のパイクや指輪の姿のシルドは、どうにも別の疑問を抱いていたようだが──それはそれとして。


「あ、“組合長”! お騒がせして申し訳ありません!」


「「……組合長!?」」


 再び不気味なほどの笑顔に戻ったマネッタが口にした『組合長』という言葉に、まさか観光組合のトップだとは思いもよらなかった双子が驚きの声を出すと。


「そうよぉ? アタシこそが、この“シュパース諸島観光組合”の長──“ミュレイト”よ♡ よろしくねぇん♡」


 ミュレイト──そう名乗った存在が自分を男性と女性のどちらと捉えているのかは知らないが、くねくねとした気味の悪い動きを添えて自己紹介をする彼は。



 いわゆる──オネエだったのである。

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