第124話 狙うのは、きっと

 スタークが村鮫むらさめとの戦闘に幕を下ろす少し前──。



 もう少し正確に言うのなら、スタークが放った途方もない威力のパンチ、【杭打ち殴打パイルドライブスマッシュ】によって大量の海水ごと高く打ち上げられた三匹の魔物のうちの二匹、焼蛸やきたこ穂先烏賊ほさきいか村鮫むらさめより先に海へと落ちた頃。


「……っ、く、はぁ……っ! 死ぬかと思った……!」


「全くだ……あの子、冒険者どうぎょうしゃなのか……?」


「もう! ちょっと待ってって言ったのに──」


 爆発的な風圧や襲いくる津波のような海水を、それぞれが得意とする魔法により何とか最悪の事態は回避できていた冒険者たちの視界に、ある光景が映った。


「っ、おい! 焼蛸と穂先烏賊あいつら、こっち来てんぞ!?」


「「「!?」」」


 そんな風に男性冒険者の一人が上げた声にもある通り、あの破壊的な衝撃から逃れた二匹の軟体生物は完全に沖合から砂浜ビーチの方へと高速で泳いできており、それを見た冒険者たちは驚きから目を見開いてしまう。


「嘘でしょ、あの一撃の後で逃げないの……!?」


 冒険者たちの驚愕の理由は、この言葉に全て込められていたと言っても過言ではなく、すぐ目の前にある海を一瞬とはいえ干上がらせるほどの威力の一撃を間近で受けながら、より深く遠くに逃げようとしない二匹の魔物の思考回路が微塵も理解できなかったから。


 何しろ魔物という生物は他種族よりも遥かに警戒心や危機回避能力が優れている筈であり、スタークを視界に入れた時点で逃げ出しても不思議ではないのだ。


「さっきので箍が外れてんじゃねぇのか……!?」


「闇雲に突っ込んできてるって事か……!」


 箍が外れている──と一言で言うのは簡単だが、そこには何かしら原因がある筈だと冒険者たちは総じて焦りながらも、どこか冷静な様子で思考を巡らせる。



 何を隠そう彼ら、もしくは彼女らは少数精鋭。



 質より量だと、ひたすらに数だけ増やして人海戦術の真似事をしていた十五年前までとは違うのだから。


 その一方、冒険者たちとは違い──とはいえ彼女も免許証は持っているが──フェアトは微塵も焦っておらず、この瞬間も砂浜ビーチに向かって泳いできている二匹の魔物たちを透き通るような空色の瞳で射抜きつつ。


(……違う、逃げてはいる。 ただ、その逃げた先にも餌がいたから──せめて、それらを食べようと……)


 焼蛸やきたこも、そして穂先烏賊ほさきいかも闇雲に向かってきているわけではなく、あの一撃に怯えて逃げようとはしたのだろうが、おそらく海上に打ち上げられた事で方向感覚を失っており、たまたま逃げた先が砂浜ビーチだったからこそ全速力で向かってきているのだ──と推測する。


 あの時──死んでいた竜覧船がパイクの魔法で蘇った時、三匹の魔物たちが一斉にそちらへと向かっていった事も彼女の推測を確信へと近づける動かぬ証拠。



 あの魔物たちは、まだまだ喰い足りないのだと。



 だとするなら、これほどに活きの良い餌が集まっている場所を魔物たちが見逃す筈はないだろう──と。


「あの子のお陰で傷は負ってる筈だ! やるぞ!!」


「「「おぉ!!」」」


 そんな風にフェアトが推測する中、二匹の魔物が自分たちの方に向かってきた事を『いい迷惑だ』などとは言わない紳士的な冒険者たちは、それぞれの得物を掲げて自分たちの責務を果たす為に魔法を行使する。



 ──【土弾バレット】。



 ──【風砲カノン】。



 ──【氷拡スプレッド】。



 ──【雷斬スラッシュ】。



 ──【光噴イラプション】。



 ──【闇爆エクスプロード】。



 相手が海棲という事もあって火属性や水属性以外の多種多様な攻撃魔法で弾幕を展開しており、およそ普通の魔物であれば間違いなく討伐できていただろう。



 ──だが、しかし。



「躱された!? あの巨体で、なんて俊敏な……!!」


「こっちは撃ち落とされたぞ!? どんな威力だよ!」


「わ、私の魔法が魔物の【ブレイク】で……?」


 冒険者たちの見立てと結果は随分と異なり、ほぼ隙間なく展開された魔法の中を柔軟な身体を活かして躱しきるだけでは飽き足らず、さも余裕綽々だというように魔法による魔法の相殺までやってみせ、その信じがたい事実に冒険者たちは一様に手を止めてしまう。



 ……無理もないだろう。



 これまでは、たとえ魔族の悪の因子を色濃く残した魔物であっても苦戦こそすれ討伐できていたからだ。



 ──倒せないのでは?



 ──ここにいたら喰われるんじゃ?



 ──この島は、こんな強さの魔物たちに包囲されていて、すでに逃げ場などどこにもないんじゃないか?



「っ、呆けてる暇はないわ! まだ距離はある!!」


「そっ、そうだ! とにかく撃ちまくれぇ!!」


「「「う、おぉおおおおっ!!」」」


 この場にいる、フェアト以外の全ての者たちの頭をよぎった『最悪の事態』は、あわや精鋭たちを逃げ腰にしてしまうほどだったが、それを振り払わんとしたのが他でもない双子を止めようとした女性冒険者であり、その言葉を受けた彼らが再び魔法を展開する中。


(私を狙ってくれるならそれでいい。 【因果応報シカエシ】もあるし、強くなったシルドだっている──けど……)


 あくまでも平静さを保ったままのフェアトは二匹の魔物が餌として狙う対象についてを考えており、それが自分一人なら傷つかないし死なないしで何の問題もなく、むしろ楽に倒せる確率も上がると良い事づくめなのだが、おそらくそうはならないとも踏んでいた。


(あの二匹が狙うのは、きっと私一人じゃなくて──)



 何せ、あの二匹は未だに満たされていない。



 ゆえに狙うとすれば、フェアト単体ではなく──。



(──より多くの、『餌』が集まってるところだ)



 そう考えるのは至極真っ当であったと言えよう。



 そんな折、海面を滑るように高速で泳いできていた筈の二匹の姿が──どういうわけか突然、深く沈む。


「……何だ? いきなり潜って──っ!?」


「や、ヤバいぞ! あれは助走だ!!」


 一部の者は、その奇行の意味を理解できずに疑問符を頭に浮かべていたが取りも直さず優秀な彼らは即座に、それが『助走』なのだと思い至っていたようで。


 いよいよ仕留めにきている──そう理解した冒険者たちは一様に更なる数と規模で魔法を行使し始める。



 誰だって、こんなところで死にたくはないから。



「……シルド。 ──タイミングは任せます」


『りゅうっ!』


 一方で、フェアトが人差し指と中指に一つずつある四つの指輪を嵌めた両手をかざしつつ、その指輪に向けて何かしらの指示を出した事でシルドは短く鳴き。


 そのうちの二つである中指に嵌めていた指輪が彼女の指から離れていき、それは次第に形を変えていく。



 しかし、まだ飛び出さず彼女の周囲を離れない。



 言葉通りに、タイミングを見計らっていたから。



『『────……ッ!!』』


「「「うわぁああああっ!?」」」


 そんな彼女たちのやりとりなど知った事かというように状況は進み、『ザバァッ』と海を割って飛び出してきた巨大な蛸と烏賊の魔物が長いを足を伸ばしつつ魔方陣を展開する姿に冒険者たちが悲鳴を上げながらも抵抗する為に全力で魔法を放っていた──その時。



『『りゅうぅうううう!!』』


『『────……ッ!?』』


「「「えぇ!?」」」



 突如、焼蛸やきたこ穂先烏賊ほさきいかと──そして冒険者たちの間に出現した二つの半透明な【盾】に、この場にいる者たちが驚く間もなく二匹の魔物は勢いよく激突し、いくら軟体生物であるとはいえ大ダメージは免れない。



「──最高のタイミングです、シルド」



 妹コンビは、これを狙っていたのだ。



 表現はあれだが、あちらの冒険者たちを囮として。



「な、何だぁ!? いきなり盾が二つも……!?」


魔導接合マギアリンクか……? 一体、何の魔物と……」


「いや、それより誰が──あ、あの子か……!?」


 翻って、あまりにも突然の事態に動揺や驚愕を隠せない冒険者たちはといえば、またしても魔法の行使を忘れてしまうほど目の前の光景に目を奪われており。


 魔導接合マギアリンクが施された魔物なのだろうという事や、これを操っているのが自分たちの少し後ろに控えている金髪碧眼の少女かもという事を理解していた一方で。


(あの子は、さっきの……一体、何者なの……?)


 最初に双子の存在に気がついた女性冒険者は、どうにも彼女たちの見た目と戦闘における練度の不釣り合いさに違和感を覚えて、その正体を気にかけていた。


 そんな風に思考を巡らせる女性をよそに、すぐ目の前では未だ存命の魔物たちが【盾】に足を伸ばして。


『『────!? ────!!』』


『『りゅ、りゅ〜っ!?』』


 ぬるぬる、めらめら、ばちばち──と、そんな擬音が聞こえてきそうなほどの粘液を帯びた足や魔法の応酬が繰り広げられており、シルドは今まで体験した事のない『気持ち悪い』感覚に悲鳴に似た声を上げる。



 とはいえ、それらはダメージにはなっていない。



 この形態──【盾】に変化したシルドは一つから四つまでの分裂が可能で、それぞれの【盾】の中心に埋め込まれた宝珠から四種の魔法を放つ砲台にもなる。


 どれだけ分裂しても強度は同じ──なら更に便利だったかもしれないが、より多く分裂すればするほど強度が下がっていると魔導国家の王都の近くで発生した野盗などとの戦闘の最中にフェアトは見抜いていた。


 一つの場合だと、フェアトの【存在証明カワラズ】──つまりは普段のフェアトの【守備力】に勝るとも劣らず。


 四つに分裂した場合だと、フェアトの【守備力】には遥かに劣り魔法でも物理攻撃でも欠ける事があり。


 そして二つの場合だと、フェアトの【守備力】には多少なり劣りこそすれ、それ以上の利点が発生する。


 それは、フェアトの両手の動きと最もスムーズに連動し、ある程度フェアトの意思でも動かせる事──。


「動きを止めます! 多少なら見られてもいいから!」


『『! りゅうっ!!』』


『『────!?』』


 だからこそ、この瞬間もシルドに足だの魔法だのを向ける二匹の魔物たちの動きを止める為に、フェアトが伸ばしていた両手の指を何かを掴むように曲げたのと殆ど同時に【盾】から竜の爪が展開されて魔物たちを掴み、それにより動けなくなった二匹は面食らう。



 そんな二匹を見たフェアトは大きく息を吸い──。



「属性は──闇! 【闇毒ヴェノム】!!」


『『りゅあーーーーっ!!』』


 魔法の行使は完全にシルドの意思でなければ不可能である為、彼女にしては珍しく大きな声で行使してほしい魔法とその属性を叫んだ瞬間、二つの【盾】から甲高い竜の咆哮が轟くともに紫色の魔方陣を展開し。


『『────……!?』』


 その魔方陣から、まるで悪魔の爪のような紫色の魔力が無数に出現したかと思えば、それらは二匹の魔物の身体を這うように取り憑き──その身体を蝕んだ。


 瞬間、焼蛸やきたこ穂先烏賊ほさきいかも巨体をぐねぐねとくねらせ始め、どれだけ甘めに見積もっても安全とは言えない菫色に全身が染まり、それと同時に更なる苦痛が身体を襲うも、シルドに掴まれて逃げる事さえできない。



 しかし、この現象は特に異常な事ではなく──。



「……そうですよ、そのままだと貴方がたは有害物と化した自らの魔力に殺されます。 なら、どうするか」


『『────……ッ!!』』


 対象の内在する魔力を有害な物質だと認識させる支援魔法──【闇毒ヴェノム】の効果を魔物相手に伝えても仕方ないとはフェアトも理解していたが、そんな彼女の考えとは対照的に魔物たちは自分なりの対策を講じる。


 まるで水に浸した布から水気を切る時のように身体を捩り、そこから見目の悪い色の体液を絞り出しながらも、どうにか残った魔力と体力で抵抗せんとした。


「そう。 形振なりふり構わず体液ごと魔力を吐き出すか、この魔法を行使している術者を殺すかしかないんです」


 それを垣間見たフェアトは少しだけ驚いたが即座に気を取り直し、そこで講じている二つの対策は、どちらも正しいものだと誰に聞かせるでもなく口にする。


 無論、【光解ブレイク】の行使が最適解ではあるのだが光の適性がない以上、基本的には彼女が挙げた二つしか明確な解はなく、ゆえに彼らの選択は間違っていない。



 尤も──。



「その選択に実力や体力、精神力が伴っていればの話ですけどね。 さぁ、シルド。 終わりにしましょう」


『『りゅう!』』


 フェアトの言葉にもある通り、その二つの対策を講じるには──特に後者の場合は前者を乗り越えて、なお余力を残していなければならない事を口にしつつ。


「属性は──そのまま! 【闇棘スパイク】!!」


『『りゅうーーーーっ!!』』


 終わりにする──そう宣言してから再び大きく息を吸い、そこに纏わせる属性は変えずに【闇棘スパイク】という名の攻撃魔法を行使せよと命じた瞬間、轟く竜の咆哮とともに四方八方に魔方陣が展開され、その魔方陣から出現した紫色の鋭い棘は身体ではなく魔力を貫き。


『『────……!? ────……』』


 自らが持つ魔力を制御する為の力を【闇棘スパイク】で破壊された二匹の身体は、それぞれが水以外に持つ火と雷の魔力が暴走した事で文字通りの丸焼きとなり──。


「……焼蛸やきたこ穂先烏賊ほさきいかの串焼き──まぁ偶然ですが」


 何とも皮肉めいた物言いとともに戦いの終わりを匂わせた事により、それを聞き逃さず一連の戦いを見逃しもしなかった冒険者たちが得物を掲げて喜ぼうと。



 ──した、その時。



「「「──!? うわぁああああああああっ!?」」」


「え? あぁ……」


 ちょうど同じタイミングで村鮫むらさめに引導を渡したスタークの【大鎌縄打ちサイズラリアット】の衝撃が砂浜ビーチに届き、それによって冒険者たちが砂浜ビーチの奥の密林まで吹き飛ばされかける一方で、フェアトは相変わらず平然としており。


(姉さんの方も無事に終わったみたい。 よかっ──)


 彼女の一般的な視力でも見える距離で真っ二つになっていた村鮫むらさめを見遣りながら、ようやく一息つけるとばかりにシルドの方へと視線を戻した──その瞬間。



「た──って、あれ……?」


『『りゅ、りゅう?』』



 視界の先で丸焼きになっていた筈の焼蛸やきたこ穂先烏賊ほさきいかが、じわじわと身体を崩しつつ消えていくのが映る。



 それこそ燃え尽きた後の灰が風で散るように。



 そして、何より──。



 ──並び立つ者たちシークエンスが命を落とす時と同じように。

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