第125話 謎多き戦いの後に
「消え、た……?」
もうすっかり海風に飛ばされ姿が見えなくなってしまった
(じゃあ、やっぱり
その消え方に見覚えしかなかった彼女としては、あの魔物たちが
人間に憑依した
『──……りゅう! りゅーっ!』
「……シルド? どうし──え?」
そんな風に思考を巡らせていた彼女の耳に、すでに指輪に戻っていたシルドが左手を持ち上げさせながら沖の方を指差した事で、フェアトがそちらを向くと。
(
そこでは、おそらく姉が討伐したのだろう真っ二つになっていた
尤も、あの
(何か、よく分からなくなってきた……あのメモに書いてあった『シュパース諸島にいる』
そんな中、普段は聡明な──というか今も別に聡明でないわけではない彼女が思考の海に沈んでいた時。
「──……ね、ねぇ貴女」
「え、あ……はい?」
フェアトの細く頼りない肩を軽く叩いて誰かが声をかけてきた事に気づいて振り返ると、そこには自らの得物である二丁の魔法銃を腰のホルダーに差した女性冒険者が立っており、『何用か』と首をかしげると。
「色々と聞きたい事や言いたい事はあるけど……とりあえず、あの盾を操ってたのは貴女なの? もし貴女なんだとしたら……あの魔物を倒してくれたのは──」
「……あー……まぁ私たち、ですね」
どうやら彼女は、あの戦いの最中に現れた二つの盾の出処と、この戦いを終わらせてくれたのは貴女たちで合っているかと確認したかったようで、それを受けたフェアトは『目立ちすぎたかも』と姉を強く言えない事を自覚したのか少し気まずげに肯定してみせた。
──瞬間。
「「「う──うぉおおおおおおおおおお!!!」」」
「ぅえっ!?」
この場に居合わせた冒険者や魔法自慢の観光客、或いは三匹の魔物から何とか逃げ切れていた者たちが一斉に歓喜の、もしくは悲憤からくる声を上げた事により、フェアトは思わず驚き身体を強張らせてしまう。
「驚かせてごめんなさいね。 多分、死の危険から解き放たれて浮かれてるのよ。 かくいう私もそうだけど」
「は、はぁ……」
流石に尻餅をつくところまではいかなかったが、それでも僅かに後退った彼女を見た女性冒険者は苦笑いを浮かべつつ、この瞬間も喧騒を発生させている者たちを横目で見ながらも気を遣い、それを受けたフェアトが何とも言えない困惑した表情を浮かべる一方で。
「貴女たちの事も聞きたいけど……まずは自分から名乗らないと失礼よね。 まぁ見ての通り冒険者で──」
あれほどの膂力や魔法、
──した、その時。
「──おいフェアト! あの鮫、消えちまったぞ!?」
「……姉さん……声が大きいですよ、もう」
蘇ったばかりという事もあって随分と速度を落として泳ぐ竜覧船の頭に乗ったスタークが、この
人の気も知らないで──と、そんな風に。
「姉さんって事は……もしかしなくても姉妹?」
「えぇまぁ……一応、双子なんです」
「そうなのね……あ、それより──」
その一方、『姉さん』という言葉に引っかかった女性冒険者が二回目となる問いかけをすると、フェアトは『そうは見えないでしょうけど』と付け加えつつ肯定し、それを受けた彼女は納得してから視線を移し。
「その竜覧船、完全に事切れてた筈だけれど……あの時の【
「……あ? 何だ──」
どういうわけか、スッと表情を真剣なものに変えて竜覧船と、その竜覧船に乗る少女を視界に入れたうえで【
何だお前──と尋ね返そうとしたのだろうが。
「──……っ!?」
『『りゅっ!!』』
次の瞬間、唐突にスタークが先程まで自分たちがいた海の方へ勢いよく振り向いたかと思えば、すでに矛の形に戻っていたパイクは即座にスタークの右手に収まり、シルドはシルドで自分の判断に従ってフェアトの指を離れつつ再び二つの盾の姿へと変化している。
『ぐ、グルォオ……』
そんな中、竜覧船は明らかに何かに怯えていた。
……実のところ、あの三匹の魔物たちとの戦いにおいて、この竜覧船が心から本気で勝とうと思えば勝つ事もできたのだが、それは残念ながら不可能だった。
あの魔物たちが、あからさまに船の部分──要は自分の背に乗る観光客たちばかりを狙ってきたからだ。
ゆえにこそ命が散る瞬間まで怯える事なく抵抗していたものの、どういうわけか今回は最初から腰が引けており、その姿もまたフェアトの疑問に拍車をかけ。
「し、シルド? 姉さんも、どうしたんですか……?」
「……んー……」
とにかく聞いてみない事には──そう判断したフェアトが目の前で独断による形状変化を敢行したシルドと、すでに竜覧船から離れたうえで靴が濡れる事も構わず浅瀬に立っていた姉に対して疑問の声をかけた。
すると、スタークは一瞬だけ妹の方へ視線を遣ったかと思えば、すぐさま海の方へ鋭い視線を戻しつつ。
「……分かんねぇ。 分かんねぇけど──
『『りゅうぅうう……!』』
「何か、とは……?」
自分にも詳しい事は分からないが、それでも先程の魔物たちなど比べものにさえならないほどの未知の何かが接近していると口にした彼女の言葉に、おそらく同調しているのだろう低めの鳴き声をシルドが上げたものの、いまいち要領を得ないフェアトは問い返す。
しかし、スタークとしても妹の問いに対する明確な解答を持っておらず、ガリガリと髪を掻いていたが。
「それが分かってたら『何か』なんざ回りくどい表現しねぇ──けど、どっか懐かしい感じもすんな……」
その一方で、この瞬間も接近している筈の何かに謎の懐かしさを覚えている自分がいる事に、スタークが決して視線を外さないようにしながらも困惑する中。
「……まーた忘れてるんですか? その何かとやらも」
「……黙ってろ」
相も変わらず『移り気で忘れっぽく、おまけに学習しない』姉に呆れ果てていたフェアトは思わず溜息をこぼしてしまい、それを充分すぎるほど自覚しながらも治すには至らない──至れない彼女は悪態をつく。
「よく分かりませんが……とにかく貴方がたは逃げた方がよさそうですよ。 今度こそ死ぬかもしれません」
「「「……お、お言葉に甘えて!!」」」
まるで子供のように拗ねてしまった姉の後ろ姿を見ていたフェアトが、そのまま視線を先程まで騒いでいた者たちにスライドさせて早めの撤退を提案したところ、その提案を受けた彼ら、もしくは彼女らは一も二もなく
それもまた、まず間違いなく正しい選択である。
勝てぬと分かっていても、その命を散らす覚悟で特攻する──それは愚行と言わざるを得ないのだから。
しかし、そんな大多数の者たちとは違って──。
「……貴女は逃げないんですか? えぇと──」
「“アルシェ”よ。 よろしくね」
「……貴女も、ここを離れた方がいいと思いますが」
何故か逃げようとしない女性に対して、フェアトが理由を問わんとするも名を聞いていなかった事に気づき言い淀むと、その女性は“アルシェ”というらしい自らの名を明らかにし、それを聞いたフェアトは他の者たちがしたのと同じように撤退を勧めたのだが──。
「年下の女の子を置いていくほど、薄情じゃないわ」
「……そう、ですか」
アルシェは腰に差した二丁の魔法銃を取り出して人差し指を軸に回転させつつ魔力を充填してから、『私の流儀に反するの』と安心させる為に笑ってみせる。
(その言い方だと、あの人たち薄情にならない……?)
翻って、すでに姿が見えなくなるほどに遠くまで逃げていた者たちを回想するフェアトは、『悪気はないんだろうけど』とアルシェの物言いに苦笑していた。
一方で、もう間もなく海から
『りゅあぁっ!!』
どうやら、パイクにも『何か』が接近しているのが鮮明に感じ取れているようで、スタークの手に矛として収まったままの状態で甲高い警告の鳴き声を出し。
「分かってらぁ!! 【
もちろん、それを誰よりも察知していたスタークは相棒に対して声を荒げて返答しつつ、その勢いのまま矛を高速で回転させてからビシッと止めた瞬間、海の一部が大きく陥没したかと思うと、ちょうど人間サイズの何かが飛び出してきた事でスタークは必殺技を。
放とうと、したのだが──。
「──……あ……?」
直前まで更なる強者との会敵により真剣味を増していた彼女の表情は──その瞬間、何故か疑問符に支配されているかのような困惑の表情へ変わってしまう。
それもその筈、彼女が矛を向けた先にいたのは。
「……ん? お前──」
黒と金のメッシュが特徴的で毛先がギザギザとした長髪に、まるで獣のように獰猛な黄金色の双眸を光らせ、いかにも鍛え抜かれている引き締まった肉体を惜しげもなく見せる露出の多い格闘用の服を着た女性。
その女性は海から飛び出た瞬間に視界に入った少女を見た瞬間、見覚えでもあったのか僅かに硬直する。
もちろん、それはスタークとしても同じ事。
双方ともに見覚えがありすぎたからだ──。
「──っ!!」
ゆえにこそ、【
だが、あまりにも寸前極まる気づきだったという事もあって、スタークは矛による一撃を止め切れずに。
その一撃が、スタークの目の前で炸裂──。
──しなかった。
何故なら、かの魔導国家の堅牢な王城の城壁の一部さえ貫き消失させた彼女たちの一撃は、そこから発生してしかるべきの衝撃すら起こさぬままに女性の右手の人差し指と中指で挟むように受け止められており。
「──……スターク? 何やってんだ、こんなとこで」
やはりというべきか、その女性はスタークと既知の関係にあったらしく、あまりに何でもないかの如く矛を受け止めたまま眼前の少女へと向けていたものの。
当の眼前の少女──言うまでもなくスタークの事だが、その女性が自分の名を口にした瞬間、『謎の懐かしさ』を覚えていたのは間違いではなかったと悟り。
「ま……っ!? マジで“師匠”!? 本物か!?」
海水で濡れ鼠になっていてもなお──いや、むしろ濡れている事で流麗さが増しているようにも思える長身で褐色の女性が自らの“師匠”であると認識しつつも何故ここにいるのかが分からず声を荒げてしまった。
一方、姉の後ろ姿が影になってはいても長身であるがゆえに顔は見えており、そして何より姉が“師匠”と呼ぶ存在など一人しか知らなかったフェアトは──。
「え、“キルファ”さん……?」
あの辺境の地に住んでいた時、彼女にとっての六花の魔女のように、スタークの指導にと聖女レイティアに何度も連れてこられていた女性の名を静かに呟く。
「キルファって、“キルファ=ジェノム”? あの──」
そんな中、蚊帳の外だったアルシェはキルファの事を知っていたようで、その手にある銃を下ろしつつ。
「──【始祖の武闘家】……?」
この世界では【六花の魔女】と並んで広く知られている、キルファ=ジェノムの二つ名を口にした──。
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