第123話 村が作れるほどの
「先に行く! お前の分まで倒しちまったら勘弁な!」
「……構いませんよ。 むしろ、そうしてください」
砂が舞うほど高速でスタークが矛を振り回し始めたかと思えば、いよいよだとばかりに真紅の瞳をギラギラと輝かせながら『遅れんなよ』と暗に口にするも。
何をするにしても自分より姉の方が速い事を考えれば、わざわざ獲物を分かち合わずとも姉が仕留めた方が犠牲を減らせる筈だと判断した為、『お好きにどうぞ』と
それを受けたスタークは『はっ』と鼻で笑いつつ。
「堂々と横着しようとすんじゃねぇよ──っと!!」
「「「!?」」」
妹が何を思っているのかを察したうえで叩いた軽口とともに、スタークが両脚に力を込めて三匹の魔物たちが暴れ回る陰惨な光景へと文字通りの一足飛びで身を投じた事により、つい先程の女性冒険者を含めたフェアト以外の者たちは突如として舞い上がった砂煙に混じって飛び出していく少女に目を奪われてしまう。
それこそ、スタークが飛んでいった場所へ向けて放っていた魔法の行使さえ忘却してしまうほどに──。
「な、何あの跳躍力……って、それどころじゃ──」
そんな冒険者たちを代表──したわけではないだろうが、その砂煙を晴らす事もせず少女の身体能力に驚愕する旨の呟きを漏らした女性冒険者は、すぐに我に返って首を振りつつ少しでも被害を減らす為に魔法の行使を再開し、それに他の冒険者たちも続いていく。
その一方で、どちらかといえば前ではなく上へと跳んだスタークは、つい先程に妹から手短に聞いていたらしい彼女の獲物である鮫──
生来、鮫型の魔物はベースとなった鮫と同じく人間などを襲う事も多々あるが、その中でも
(
その食欲は、これまで喰らってきた者たちだけで村が作れてしまうかもという理由から、そう名付けられたらしい凶暴極まる鮫を見て、それを自然の摂理であると──いわゆる弱肉強食なのだと分かっていても。
しかし、どれだけ憤ったところで助けられない命もあると理解していた彼女は、とっさに手をつけるべき優先順位──
沈没しかけている大型の竜覧船を中心に真っ赤に染まった海上には、ぷかぷかと三匹の魔物たちの食べ残しと言える肉片が浮かんでいたが、それは腕や足といった切れ端の部位ばかりであり、【
(助けられそうなのは、
そんな中、【
「パイク!
『……りゅう』
ようやっと跳躍による高度が下がり始めてきた頃を見計らい、スタークから見て回復が間に合いそうな存在──沈没寸前の竜覧船の生死を問うと、いかにも答えたくないといった風にパイクが短く鳴いてみせる。
是か非かなどと、もはや問うまでもなかった為。
「だったら蘇生させてやれ! あたしが魔物どもを吹っ飛ばしてる間に! お前なら光の魔法でやれんだろ!」
『……! りゅうっ!』
肉片しか残っていない他の者たちはともかく、その大部分が未だ喰い尽くされていない竜覧船なら助かる見込みはあるかもしれない──そんなスタークの判断を察したのだろう、パイクは一転して力強く鳴いた。
「よし! そんじゃあ──」
パイクの覚悟を確認できたスタークは同じように力強い笑みを浮かべつつ、その真紅の瞳に映る三匹の魔物たちに囲まれた竜覧船の死骸に向けて振りかぶり。
「──行ってこい!!」
『りゅうぅうう!!』
死骸を貫いてしまわぬように多少なり手加減をしたうえで矛と化したパイクを投擲し、パイクは攻撃の意思だけを三匹に向けて注意を引きながら飛んでいく。
『『『────!?』』』
パイクの狙い通り、それまで海にちらほらと浮かぶ肉片や竜覧船の死骸、或いは互いの身体に喰らいついていた三匹の魔物たちは一斉に飛んでくる矛へと視線を移し、とっさに三者三様の対処法を取らんとする。
そして
したのだろうが──。
『りゅうぅうう──りゅあーーーーっ!!』
『『『────……!?』』』
自分たちに攻撃の意思を向けていた筈の半透明で鋭利な造りの矛は、どういうわけか自分たちが先程まで喰っていた死骸の背に突き刺さり、そればかりか何かしらの魔法を行使し始めた事で更に驚愕してしまう。
「あ、あの魔方陣は……! 【
「あの子がやったの!? 何て光……!!」
「だが、誰を蘇らせようとして……?」
そんな折、矛が──というかパイクが行使した魔法の術式を
『──……グ、ルル……?』
『りゅー、りゅう!!』
おそらくは【
『『『────……!!』』』
一方で、そんな二体の竜──片方は矛だが──のやりとりを見ていた三匹の魔物はといえば、その鳴き声と呻き声を聞き『餌が活きの良さを取り戻した』と判断したのか牙だの足だの魔法だのを向け始めようと。
──した、その瞬間。
「おいおい、まだ喰い足りねぇってのかぁ!? だったらよぉ……! こいつを喰らってくたばれぇええ!!」
『『『────!?』』』
あの矛こそが最大の脅威だと本能で悟っていた三匹の頭上から降り注いだのは、あの矛よりも更に強い覇気を纏うだけでなく見る者が見れば邪悪にも感じる笑みを湛えた少女の声であり、その少女が力を込めていた右の握り拳を視界に移した三匹は思わず驚愕する。
その拳が、自分たちの誇る牙や足や魔法などとは比較にならないほどの最強の武器であると悟ったから。
そして、かつてないくらいに拳を握りしめたスタークは、その拳を前に向けた状態で腕だけを後ろに引きつつ更に力を溜めてから──その必殺技の名を叫ぶ。
「【
「──
『『『────……ッ!?』』』
「「「「「うわぁああああっ!?」」」」」
瞬間、海上から割と離れた高い位置で放った彼女の一撃は、その場に居合わせた五体の魔物たちや喰われた者たちの肉片ごと海を吹き飛ばし、それが直撃したわけでもないというのに魔物たちは硬直してしまう。
杭打ちと言うからには基本的に地面に向けて放つ技なのだが、こうして水面に向けて放つと一体どうなるのか──という事は理解していなかったかといえば。
もちろん、スタークは理解していた。
幼い頃、妹が誤って沈んでしまった経験もある故郷の池、実は幾度も幾度も彼女の必殺技の練習台となっており、この必殺技も何度か試されていたのだから。
とはいえ、それは双子の中での認識であり──。
「い、今……! 一瞬、海が干上がったぞ……!?」
「……【
「いえ、そんな素振りは見えなかったわ……」
「じゃあ素の力だってのかよ!?」
「そもそも【
これまで自分たちが培ってきた、そして実際に経験してきた中でも見た事のない非現実的な光景を目の当たりにした冒険者たちが、またも魔法の行使を忘れ吹き飛んできた海水を浴びながらも議論を交わす中で。
(ちょっとくらい目立ってもいいって言ったのは私だけど……何かこう、加減ってものを知らないのかな……)
フェアトは、べちょっと足下にまで飛んできた何某かの手に自分の手を添えつつ、『目立ってもいい』と告げた自分の発言を早くも後悔し始めていたようだ。
「……っ、パイク! どうなった!?」
その後、魔物たちや肉片、及び大量の海水とともに自分の打撃の衝撃で空高く打ち上げられていたスタークが、パイクも打ち上げてしまったのではと今更ながら思い至って、どうなったのかと声を荒げた時──。
『りゅーっ!!』
『グルァア!!』
そのまま竜覧船を足場にして着地したスタークは。
「上出来だ! そのまま、こいつ護ってろ!!」
『! りゅう!!』
まだ戦いが終わっていない事と、これから先程の打撃にも劣らない一撃を放つ事を告げて、その影響が及ばないように【
そんな中、自分たちよりも更に遥か高く打ち上げられていた筈の
「おいおい、お前は逃げねぇのか!? 上等だぁ!!」
『────……ッ!!』
強者としての意地ゆえか、いつの間にか交差状に割れていた異形じみている口を大きく開けて
スタークはどの技を使うか──すでに決めていた。
(
それは、およそ二週間ほど前に彼女が
「【
「──
全身全霊を持って、スタークが腕を振り抜く一撃。
とても腕を振り抜いたからだとは思えない爆発的な風圧と衝撃が発生し、それが
『────!? ────……』
自らの身に起こった事態に驚くくらいの時間はあっても、その事態を回避する事はできず
それもその筈、諸島の上空を揺蕩う大きな白い雲すら消し飛ばすほどの衝撃により、つい先程まで数多の魔法を撃ち込まれても微動だにしなかった
「っしゃあ!! あたしの──」
いみじくも死した事で下へ下へと、つまりは海の方へと村鮫の死骸が刺激臭漂う血液とともに落ちていく中、同じく落ちながらも勝利を確信した彼女の目に。
──信じがたい光景が映った。
「──……あ?」
『りゅっ!?』
何せ、その真っ二つになった村鮫の死骸が──。
……消えてしまったのだから。
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