第110話 戦いが終わり
王城での戦いが終わりを迎えた、ちょうどその時。
突如、堅牢である筈の王城の壁を突き破るだけでは飽き足らず時計台まで破壊した閃光を見て姉の仕業だと看破したフェアトは、とっさにシルドを竜の姿に戻させてから背中に乗り、『他言無用で!』と叫びつつぽっかりと空いた穴から謁見の間へ向かおうとする。
そんなフェアトに待ったをかけたのは、リスタル。
「あそこって謁見の間でしょ!? もしかしたら、お父さまに何か……! お願い、私も連れてって……!!」
未だに涙を拭いきれていない潤んだ翠緑の瞳を自分に向けての懇願を、どうにも断りきれなかったフェアトは『後処理お願いします』とクラリアやガレーネに告げてから、リスタルとともに謁見の間へと向かう。
やはりというべきか、そこには右腕の袖を血塗れにしながらも平然とする姉と、そんな姉に比べて随分と疲弊している様子の近衛師団長ノエルと──そして。
他と比べて破壊の跡が少なめの床に敷かれた、おそらくノエルのものなのだろうローブの上で横たわるネイクリアスがおり、それを見た王女はといえば──。
「お父、さま……? い、いや……お父さまぁっ!!」
シルドが王城に空いた大きな穴を通って謁見の間へと着地した途端、一ヶ月前に【ジカルミアの
「っ、リスタル……!」
「リスタル様っ!?」
そんな少女を見て、かたやスタークは『本当に居合わせてやがったのか』と今更ながらにナタナエルの言葉を信じ、かたやノエルは【
「姉さん、ノエルさん……説明してもらえますか?」
その一方で、いつ瓦解しても不思議ではない謁見の間の惨状を見たフェアトは大体の事情を把握できていたらしく、それでも自分と違って何も知らない筈のリスタルにも分かるように説明してほしいと要求する。
ここまで巻き込んでしまったなら仕方ない──そう考えたスタークとノエルは顔を見合わせ、ここで起きた全てを二人に伝えると同時に、フェアトたちが実際な【ジカルミアの
時間としては、およそ十数分にも満たない短時間。
自分の憶測との差異は殆どなかったフェアトはもちろん、ネイクリアスが無事だと分かった事で随分と落ち着きを取り戻したリスタルも話を呑み込めていた。
無論、スタークたちにしてもそうだったのだが。
「……悪かったな、リスタル」
「え……?」
突如、床に座ったままの姿勢で頭を下げて自分に謝意を示してきたスタークに、リスタルは呆然とする。
身に覚えがないからだ。
「あたしが言った『何とかしてやる』ってのは、お前が知らねぇところでって意味を込めてたのに……」
「……っ」
しかし、スタークとしてはリスタルが仲良くしていた猫や父親が元魔族だったと知られないうちに終わらせたかったというのが本音であり、それを成せなかった事に対して真摯な謝罪をしてきているのだろう事が理解できたリスタルは、スタークの方へ歩み寄って。
「スタークは何も悪くないよ。 だって、ちゃんと約束を守ってくれたんだもん。 それに……もし私の知らないところで全部が終わってたとしても、どうせ私は二人に話を聞こうとすると思うから──だから、ね?」
「……あぁ」
先日、自分にそうしてくれたように座ったままのスタークの頭を薄い胸に抱き寄せて、その栗色の髪を優しく梳くように撫でつつ改めて感謝の気持ちを告げた事で、スタークも最大限に加減して抱きしめ返した。
一方で、その光景を見て子供相手に嫉妬してしまう可能性も秘めていたフェアトだったが、どうやら全く違う事を考えて安堵からの溜息をこぼしており──。
(……姉さんが暴走した結果、とか言われたらどうしようかと思ってたけど……丸く収まってよかった……)
ほぼ全壊といってもいい謁見の間や、ぐったりと床に横たわる国王陛下を見た時に『まさか姉さんが陛下を殺めて』という最悪の事態を一瞬でも考えてしまっていたらしく、スタークに対し若干の申し訳なさも込めての『あはは』という苦笑いをするしかなかった。
その後、何を置いても国王陛下の安静を最優先に考えつつ、ノエルは国王を寝室まで運ぶ為に背負わんとするも、『こいつに乗っけりゃいいだろ』とスタークが提案した事で、ノエルとリスタル、そしてネイクリアスを乗せたパイクとともにスタークが移動する中。
そんな彼女たちに同行せずこの場に残るフェアトとシルドは、どうやら何かを始めんとしているようで。
「さてと。 こっちはこっちで頑張らないとですね」
『『『『りゅー!』』』』
シルドを自分やリスタルを運んできた時の竜の姿から先程の四つの盾の姿へと変化させてから、それらの動きが自分の両手の動きとある程度の連動をしている事を再確認しつつ、やる気ありげに顔を見合わせる。
「何の魔法を、どこに使うかは分かってますね?」
『『『『りゅっ!』』』』
四つの盾と化したシルドに対し、フェアトは何かの魔法を行使させる為にシルド自身が役割を理解しているかどうかを問うも、フェアトに似たからなのか、それとも元より聡明だからなのかは分からないが、シルドは四つに重なった元気な鳴き声を上げて反応した。
──もちろん!
と、そんな感じのニュアンスだったのだろう。
そして、そのうちの一つを城下町にある半壊した時計台の方へ向かわせたのを契機に、それ以外の三つの盾は全壊寸前の謁見の間を俯瞰できる高さまで浮かび上がり、フェアトの指示に従って橙色の魔力を充填。
『『りゅー、りゅー!』』
『────! ────♪』
更には、この王城を羽休めの場所としていた土の精霊“ノーム”たちにシルドが協力を要請し、それをあっさり受け入れてくれた事で、より輝きが増していく。
精霊たちは理解していたのだ。
この神々しい半透明の竜は、かつての最古にして最強の魔物であり、この竜を従えている二人の少女こそ自分たちの憩いの場を守ってくれた張本人だと──。
勇者と聖女の血を引く双子なのだと──。
そして、フェアトは準備が整ったとの合図を示すシルドの鳴き声を聞いてから、ゆっくりと息を吸って。
「では、いきましょう──【
『『『『りゅーっ!!』』』』
『『『────!!』』』
静かな、されど妙に力を感じさせる声色で土属性の魔法を呟いた彼女の声に、シルドとノームたちは一斉に充填していた魔力を解放して【
そう、フェアトとシルドがこの場に残ったのは半壊した時計台や王城を修繕する為であり、それを目立たない夜のうちに終わらせてしまう為でもあったのだ。
無論、直すだけならあらゆる回復に長けた光属性の適性を持つパイクの方が適しているのだが、こと建造物の修繕に関してだけ言えば光よりも土の【
修繕が必要な場所は大きく、そして多かったが仮にも強化された神晶竜の魔法に精霊たちの力が乗った事で王城も時計台も、みるみるうちに修繕されていく。
淡く輝く神々しい光に包まれたのは何も王城や時計台だけでなく、ジカルミアを苦しめていた──もしくは苦しめる事になっていただろう存在が消えたのは精霊たちにとっても喜ばしい事であり、そんな精霊たちが飛び交う事で王都中が八種の優しい光に包まれる。
ジカルミアの人々は、その光景を『奇跡だ』と。
この世界に命が育まれる為の大地を産み出したのだとされる、地母神ウムアルマの奇跡だと称した──。
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一方その頃──。
フェアトから後処理を任されたクラリアとガレーネは、とある問題点についてハキムを交えて話し合う。
「……どうする? ガレーネ」
「どうするって言われても……ハキムは?」
「怪我人に頼んなよ……」
騎士団長、一番隊隊長、冒険者の集会所長、王都において一定の地位を持つ三人を悩ませる問題──それは、【ジカルミアの
元魔族として現世に転生した者たちは、その命を失った時点で身体が灰のように脆く崩れ去り、そのまま塵すら残さず消滅してしまうのだとは双子から聞いていたが、これでは討伐の確たる証明ができないのだ。
それでも、ジカルミアにおいては王族に次いで人々からの信頼が厚いクラリアが『討伐は成功した』と宣言すれば信じてくれるかもとガレーネが意見した事により、この問題に関しては一旦の解決を迎えていた。
三人が出した結論を王都中へと伝達するべく、この場に居合わせた三番隊の騎士たち三十余名に指示を出し、『散開!』とのクラリアの声で彼らは動き出す。
そして、ほんの少しずつ王都中の家屋に光属性の魔力が込められた魔石の光が点灯し始めるとともに、ざわざわとどよめいていた人々の声は、そのざわめきを塗り替えるほどの歓声へと変わっていったのである。
もちろん、その中には歓声とは正反対といっても過言ではない悲哀に満ちた声も混じっており、それは紛れもなく通り魔により大切な人を失った遺族の声であると理解し、クラリアはこの場の誰より心を痛めた。
だが、それと同時に多くの人々と同じような喜びの感情と、そして何より肩の荷が降りたような解放感にも包まれており、それはガレーネたちも同様で──。
すっかり夜も更けているというのに、まるで昼間であるような明るさに似つかわしい心地よい喧騒に、クラリアたちは改めて全てが終わったのだと認識した。
ジカルミアの民は、ようやく解放されたのだ──。
いつ現れるかも分からない【ジカルミアの
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