第109話 あたしじゃねぇよ

 もはや言葉も失うほど突然の事態に困惑していた二人をよそに、【金城鉄壁インタクト】の影響により回復魔法で治すどころか止血さえできないナタナエルは、ただひたすらに怨みがましい血走った目をスタークに向けて。


「──けるな、ふざけるなぁっ!! !! この世界の王になるんだよ!! 世界の掌握なんていうデケぇ夢を成し遂げられなかった魔王の代わりに!! それを何で……!! お前みてぇな糞餓鬼風情に邪魔されなきゃなんねぇんだぁ!? ふざけてんじゃねぇぞぉ!!」


「……!!」


 一人称すらも『私』から『俺』に代わっており、それに気がつかないほど素の状態で自分の壮大な欲望を叫び散らした事で、ノエルはある種の戦慄を覚えた。


 つまり、ナタナエルが精霊を転生先として選んだのも、【契約】の対象を魔導国家の王たるネイクリアスに決めたのも、その全てが『世界を我が物に』という目論みが叶わないまま勇者と相討ちとなった魔王カタストロの代行者としての行動ゆえだったのであろう。



 偶然など、ただの一つもなかったのだ。



「……それがお前の本性か?」


 その一方で、どうやらスタークの中で抱えていた困惑の感情は、すでに冷徹ささえ思わせるほどの呆れの感情へ変わっていたらしく、すっかり興味をなくしたような溜息混じりで豹変した彼を冷めた目で見遣る。


「あぁそうだ!! いいか、俺はなぁ!! あのアストリットやセリシアみてぇに……てめぇら人間の味方なんざしねぇんだよ!! 俺が、この俺こそが真の──」


 しかし、どうやら彼も素が出てしまっていた事を自覚していたようで、これでもかというほどの量の血を吐きながらも歪んだ視界に映る少女への叫びを止める事なく、かつての同胞である序列一位や三位が人間を害さない道を選んだ事について言及をしようと──。



 ──した、その時。



「……【投石器スリングぅ──」


「!? まっ──」


 そんな彼の叫びを聞くに堪えないと踏んだのか、それとも別の理由があったのかは分からないが、もはや満身創痍のナタナエルでは捉えられないほどの速度で接近したスタークは、よろよろと立ち上がりかけていた彼の肩を逃げられないように掴みつつ、その姿勢から上体を反らし血管が浮き出るほど首に力を込めて。



「──頭突きヘッド】ぉ!!」


「げぶぁっ!?」



 あの時、序列十位ジェイデンが最期の一撃として彼女相手に放った【火竜特攻レッドアサルト】もかくやという、とんでもない勢いと威力を持つ頭突きを顔面に受けた彼は、どうにも情けない悲鳴を漏らし反対側の壁まで吹き飛ばされた。


 尤も、【金城鉄壁インタクト】を多少なり適用させていた筈のナタナエルだからこそ吹き飛ばされるだけで済んでいたのであって、もし仮に受けたのがノエルだったのなら彼の頭は影も形も残さず粉砕されていただろうが。


 攻撃を受けたナタナエルは死んでこそいなかったものの、ネイクリアスのものであるところの整った表情は見る影もなく、ある意味で魔族らしくなっており。


「ぅ、ぐ──っ!? え"、あ"ぁ……」


 大きく亀裂の入った壁に半ば埋まっていた彼は何とか抜け出そうとしていたが、そんな悪足掻きをスタークが許す筈もなく矛の先を彼の腹に突き立てて抵抗を防ぎ、それを受けた彼は小さく掠れた声で呻くのみ。


 そんな死に体の彼に対して、スタークは先程の会話に気になる点があったのか質問をする為に口を開き。


「お前、何でアストリットの今を知ってんだ? 国王に取り憑いてから、ずっとここにいたんじゃねぇのか」


「……はっ……そんな事が、知りてぇのか……?」


 もしかすると、まだ魔法を使えていた時に【コール】か何かで連絡を取っていたのかもしれないが、それはそれとしてアストリットやセリシアの現状を知っている理由が気になり、その問いかけを随分しょうもないと嘲笑いつつも答えなければ死ぬと分かっていた彼は。


「あいつ、だよ……イザイアス、だ……あいつが半年前、港町を訪れた時……それを知ったアストリットがイザイアスと接触を図って……とある話をした……」


「とある話?」


 ナタナエルがアストリットたちの連絡を取っていたのではなく、イザイアスが死んだ瞬間に称号の力とともに得た記憶を覗いた時、彼の港町への来訪と目的を悟ったアストリットが接触したのを見たのだと語る。


 そして、その時に二人が──いや、正確に言うならイザイアスが一方的に持ちかけていたという『とある話』とやらについて問うべくスタークが先を促すと。


「どうやら、あいつは……『自分と一緒に人間を殺し尽くそう』って持ちかけたみてぇだぜ……? ま、あのアストリットがそんな話を受けるわけもねぇが……」


「……だろうな」


 並び立つ者たちの中でも特に人間への──というより勇者への逆恨みじみた憎しみを抱いていた彼は、アストリットに対して『人類抹殺』への協力を要請したらしいが、アストリットは一も二もなくそれを拒否。



 ──別に止めはしないよ? カタストロも『好きに生きよ』って言ってたんだし。 じゃ、頑張ってね──。



 そんな風に軽い感じで断ったのだと明かしたナタナエルの説明を、スタークは何となくではあるが理解するとともに、あの処刑劇の時に聞こえたイザイアスの最期の言葉を思い返し、その意味をやっと理解した。



『セリ、シアぁ……っ!!、か……! ご、がはぁ……っ、お前、も、と同じ、に──』



(……あの時の台詞は、そういう事だったか)



 とは──セリシアの事。



 とは──アストリットの事。



 とは──人間の敵にならない道を選んだ事。



 元魔族としては、やはり異常なのかもしれない。



「何が、序列一位だ……! あいつも所詮、俺と同じ勇者に敗けた身だってのに……! ヘラヘラとしやがってよぉ……!! もしも俺が一位だったら、あいつみてぇなヘマはやらかさなった……! そもそも、お前らがアストリットをちゃんと殺してれば、こんな事に──」


 カタストロの意思を継ぐ者としては──彼が勝手に継いだだけだが──彼女たちのような異端を認めるわけにはいかないらしく、もし自分が一位だったら勇者を殺せていた、もし双子がアストリットを仕留めていれば【全知全能オール】が自分の物にと叫んでいたものの。


「っあ"!? か、はぁあ"あっ……!!」


 ナタナエルの負け惜しみは最後まで紡がれる事はなく、スタークが唐突に矛を引き抜いた為に支えを失った彼の身体は壁伝いに亀裂の広がる床へ落ちていく。


「お前の話は……妄想たらればばっかでつまんねぇ」


「……な、んだと──っ!?」


 どうやら仮定の話ばかりを持ち出してくる彼の言葉に辟易していたようで、すでに完全に興味などないのだろう冷めた真紅の瞳で自分を見遣る彼女に、ナタナエルが掠れた声で何とか反論しようと──した瞬間。


「いずれ戦う序列一位あいつに備えて、お前を試しとこう」


『りゅー!!』


「な、あ……!?」


 ぶんぶん、と音を立てて重そうな矛を片手で振り回しながら四色の魔力を充填させ、これまでの彼女であれば何度やっても勝てないだろう序列一位アストリットとの戦いを見据えてパイクの性能を確かめるついでにとどめを刺そうとするスタークに対し、ナタナエルは僅かに後退る。



 だが、すぐ後ろには砕けた壁がある。



 逃げ場など──もう、どこにもないのだ。



「っ、スターク殿!! そのまま殺すと陛下も──」


 謁見の間が震えるほど緊迫した空気の中、突如ノエルが声を上げたかと思えば、この状態のナタナエルを殺しても陛下は死なないかもしれないが、されどイザイアスが灰になって死んだという報告を受けた身としては別の方法を模索したいと告げようとしたものの。


「黙ってろ。 元より、あたしにゃ関係ねぇんだよ」


「な……っ!?」


 そんな彼の懇願じみた忠告を、あっさりと袖にするばかりか有無を言わせないと睨みつけてきたスタークに、ノエルは信じられないという具合に目を剥いた。


 つい先程まで、リスタルを哀しませたくないと言っていた少女の物言いだとはとても思えなかったから。


 そして、もはや誰も止めようがないほどの大きな魔力を溜め込んだ矛は──赤、緑、黄、白の四つの輝きを放ち、スタークが唐突に振り回すのをやめた瞬間。



 それは、まるで神代の時代に出てきそうなほど壮大で荘厳な、『貫く』事に特化した形状へと変化する。



「さぁ、お披露目だ──」


「「待っ──」」



 かたや、ただ単に死にたくないからという理由で。



 かたや、ここで陛下を失うわけにはという理由で少女を制止しようとする二人の声など気にかけず、スタークは真っ直ぐ標的へ向けた矛を持つ腕を振り抜き。



「──【勇矛一穿ヴルムパイク】」


『りゅうーーーーっ!!』



 彼女が相棒とする神晶竜の──パイクの名を冠する最強の一撃を、ナタナエルを目掛けて全力で放った。



「────っ!?」



 その神懸かり的な一撃に、もはや声にならない声を上げたナタナエルは無い腕で防御しようと試み──。



「────……!!」



 おそらくは万全な状態でも防ぐ事は叶わなかっただろう全てを貫く閃光に、その悲鳴ごと呑み込まれた。


 剣に変化していた時の【勇竜一閃ヴルムソード】を遥かに上回る全てを貫通する一撃は、ナタナエルの背後にあった王城の壁を貫くだけでは飽き足らず、ジカルミアでは王城に次ぐ高さを誇る時計台をも消し飛ばしてしまう。


 それを王城の大門の辺りから垣間見たフェアトたちは、あまりに突然の事態に目を丸くしていたのだが。



 ……まぁ、それはそれとして。



「スターク、殿……! 何故です! 何故、陛下を──」


 待ってください──そんな必死の声は間に合わなかったとはいえ、スタークがナタナエルごと国王陛下を殺めた事に、ノエルは落涙しつつ問い詰めんとした。


「……」


「え……」


 しかし、スタークはノエルからの震えた声にも動じる事なく、ナタナエルがいた方へと視線を走らせる。


 その視線が何を意味するのか、すぐには分からなかったノエルがそちらへと目を向けると──そこには。


「へい、か……っ!?」


 両腕は落ちたままだし顔を潰れたままだし、おまけに腹に穴も空いているが何とか息があった国王陛下の姿があり、ノエルは急いで駆け寄ってから確認する。



 無論、ナタナエルかもしれないと考えたうえで。



「──……ぐ、うぅ……ノエル、か……?」


「陛下……! よくぞ、ご無事で……!」


 だが、そんな彼の予想は良い意味で裏切られたらしく、ノエルの声に反応しつつ顔を上げたのはナタナエルではなくネイクリアスであり、それを確認するまでもなく悟ったノエルは陛下が解放されたと確信した。


 そのやりとりを見てナタナエルが国王の中から消えたのだと察したスタークは、ネイクリアスに近寄ってから矛を向けつつ、パイクに【光癒ヒール】を行使させる。


 ナタナエルが消えたのなら、【金城鉄壁インタクト】の力も消えたと考えるのが普通だと思ったからに他ならない。


 もちろん、【ヒール】も欠片を取り込んだ事で随分と強化されていたようで、イザイアスの力が消えたネイクリアスの身体からは一瞬のうちに傷が消えていった。


 ネイクリアスは、これまでの疲弊が一気にきたのか意識を失って、そのまま眠りについてしまっている。


「もしや、スターク殿……初めから、このつもりで」


「……さぁな」


 それが永遠の眠りではないと確認したノエルが、きっと最初からこの展開を狙って先程の一撃を放ったのだろうと確信して問いかけると、スタークは特に調子に乗る事もなく不明瞭な声を返すだけにとどまった。


「……スターク殿。 この恩は必ず──」


 それが彼女なりの表現なのだろうと察したノエルが苦笑しつつ、スタークへの謝意を述べようとしたが。


『──……ヨクモ、ヨクモヤッテクレタナ……!!』


「なっ!?」


『りゅうぅうう……!!』


 突如、上から聞こえてきた強い怒りのこもるくぐもった声にノエルとパイクが反応して見上げると──。


『一度【契約】ヲ交ワシタ人間ト再ビノ【契約】ヲ交ワス事ハデキネェ……! コイツノ身体ガ……王族ノ身体ガアレバ、コノ世界ノ王ニモナレタッテノニ!!』


「自分から【契約】を破棄したのか……っ!!」


 そこには、あからさまに怒りの感情を湛えた闇の精霊が宙に浮かんでおり、【契約】の性質上ネイクリアスとの再度の【契約】は叶わなくなった事を明かした精霊は──ナタナエルは、少しずつ形を変えていく。



 まるで双子や騎士団と相対した三つ首の犬の如く。



 ──【犬牙魂喰ティンダーズバイト】。



 並び立つ者たちシークエンスの序列二十位、【犬牙相制ティンダロス】の称号を授かっていたトレヴォンが誇っていた必殺の一撃。


 これは、あくまでも称号によるものであり魔法ではない為、【金城鉄壁インタクト】が適用されていても行使可能。



 正真正銘、最後の手段だった。



 彼が狙っていたのは、もちろん──スターク。



 トレヴォンが死んだ瞬間、彼の記憶で見た奇妙な力を持つ双子のどちらかでも身体を奪い、ネイクリアスとともに傀儡にできればと考えていたからこそ、ナタナエルはスタークたちの来訪を待ち望んでいたのだ。


『寄越セ、ソノ身体ヲ!! 【犬牙ティンダーズ──』


 そして、すっかりトレヴォンと似たような姿となった闇の精霊は、【犬牙魂喰ティンダーズバイト】を行使して全く見えていないスタークへと蘇生不可の一撃を加えんとしたが。


「あたしにゃ見えねぇが……どうせ、あたしを狙ってんだろ? だがなぁ、お前は何にも分かってねぇよ」


『アァ!? 何ガ──」


 見えてはいなくとも、おそらく自分に対して何かをしようとしているのだろう事を本能的に理解していた彼女は、ノエルの視線が向いている上の方へと顔を向けつつ挑発するような物言いをし、それを受けたナタナエルが声を荒げたのも束の間、彼女は視線を移す。


「お前に引導を渡すのは、あたしじゃねぇ。 だろ?」


「……!!」


『ハァ!? ワケノ分カラン事ホザイテンジャ──』


 そんなスタークの視線の先には他でもないノエルがおり、『察しろ』と言わんばかりの煽るような笑みとともに声をかけられた彼は瞬時に察したが、ナタナエルには何が何だか分からず、そのまま特攻しようと。


『グゥッ!?』


 ──した彼を邪魔したのは白と紫、二つの輝きを剣と身体に纏うノエルの斬撃であり、まともに食らったナタナエルは精霊の身体を捩らせて苦悶の声を出す。


「……感謝します、スターク殿」


『! ノエ、ルゥウウ……!!』


 つまり、スタークは自分の数ヶ月に亘る戦いを無駄にさせまいとしてくれているのだと、そう察したノエルが彼女に謝意を述べつつ更に魔力を高めるも、ナタナエルも釣られて急激に魔力を集めて彼を睨みつけ。


『……ダッタラ、オ前デモ構ワネェ……! 寄越セ! ソノ身体ヲ──寄越セエエエエエエエエエエエッ!!』


 標的をスタークからノエルへと移したのだろう、その紫色の三つの牙を大きく開いて咆哮し、ほんの少しも動揺していないノエルの身体を奪うべく特攻する。


 もちろん、それが見えているパイクも全く怯えてはおらず、『りゅ〜……』と呆れつつ声を上げるだけ。


「【混沌カオス──」


 そして、ノエルはつい先程のスタークと同じような構えを取って剣の鋒をナタナエルに向けてから──。


「──貫通ピアース】っ!!」


『ッ、グ、オ"ォ!?』


 全てを貫く──とは流石にいかないが、それでも充分すぎるほどの威力を誇る光と闇の一撃に、それを正面から受けたナタナエルは思わぬ衝撃に目を見開く。


『……!? コノ俺ガ、タカガ人間如キニ……!! 何ナンダヨ……! 何デ、何モ上手クイカネェ……!?』


 目を見開いて驚くだけならまだよかったものの、その一撃は確実に彼の身体を削り、それを分かっていたナタナエルは走馬灯のように過去を振り返っていた。


 最初は他の並び立つ者たちシークエンスと違って何も得意な事がなかった為に『役立たず』と罵られていた事や、奪ったら奪ったで『屍肉喰いハイエナ』だと揶揄されていた事を。



 彼は、XYZジーゼットと同じく魔族から疎まれる魔族だった。



 そんな回想を終えるやいなや、もはやこれまでと理解した彼は消えかけた身体で最期の言葉を遺すべく。


『……ッ、ノエル……ソイツニ伝エテヤレ……オ前ラガ選ンダ方法ジャ……誰モ救ワレネェッテヨ……!』


「……!? 余計な口を……っ、これで終わりだ!!」


 身体中を襲う苛烈な痛みに耐えつつ、どうにか邪悪な笑みを湛えてスタークへの──フェアトも含めた双子への意味深な伝言を頼むも、ノエルにしてみれば死に際の戯言しか聞こえなかった為に、その一撃に込めた力と輝きを更に増加させてとどめを刺さんとする。


 スタークとパイクによる一撃で限界間近だったナタナエルは、それ以上の抵抗もできぬまま呑み込まれ。



『ギ、ィイイ──ギャアァアアアアアアアアッ!!』



 耳をつんざくような甲高い悲鳴とともに、ナタナエルは今度こそ完全に落命、消滅したのであった──。

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