第108話 覚醒する【矛】

 瞬間、殆ど根元から削り取られている筈の半透明な剣を振るった事による、まず間違いなくノエルでは反応できないだろう音を置き去りにするほどの斬撃が発生し、それは波動となってナタナエルを襲撃するが。


「……ふん」


 今の彼には……ラキータから【電光石火リジェリティ】を奪った彼には音速を超えた一閃も児戯のようにしか感じておらず、スッと伸ばした腕の先に握られた錫杖での光速を超えた一撃を見舞う事で相殺──するだけでなく。


(そうだ、焦る事などない。 このまま滅してしまえば)


 たった今スタークが放ったのと同じように──いやさ、スタークよりも更に速度で勝る波動を錫杖から放つ事で、パイクの進化を止めて戦いに幕を下ろさんとし、ナタナエルは離れた位置に立つ彼女を見据える。



 だが、しかし──。



「な──」


 何と、ナタナエルの視界には始神晶の欠片を取り込む事で姿を変え始めている神晶竜と、これ見よがしに彼を挑発するような笑みを湛えながらも何故か全身を裂傷させているスタークが映っており、『阻止すれば良い』と考えていたナタナエルは呆然としてしまう。



 彼に失態ミスがあったとすれば──たった一つ。



 スタークが普段、自分の身体が壊れてしまわないように制限をかけており、その制限を解けば彼女の身体は歩くだけで傷を負うが、それを代償として途方もない力を発揮できる──という事実を知らなかった事。


 もちろん、その中には【瞬発力】も含まれている為に、【電光石火リジェリティ】に勝るとも劣らない光を超えるのではという速度をも今の彼女は手にしてしまっている。


 ゆえに、ボロボロになった右腕以外も血が流れ出たり肉が裂けたりしながらも、スタークはナタナエルの一撃が届くその前にパイクの進化を促せていたのだ。



 とはいえ、これを彼が知らないのは当然でもある。



 何せ、スタークが並び立つ者たちシークエンスとの戦いにおいて明確に制限を外したのは、【全知全能オール】──序列一位のアストリットとの手合わせの時だけであるからだ。


 別に、ジェイデンやトレヴォンとの死闘の際も外してなかったわけではないが、それは決して全力だったとは言い切れず、ましてや彼らとの戦いでは制限を外す前、或いは外している最中に灼熱の息吹ブレスだの熱波が如き咆哮だのといった攻撃で満身創痍になっている。


 だからこそ、ジェイデンやトレヴォンの記憶を見たナタナエルも、スタークの制限を知る事はなかった。


「させぬ──」


 何故だ──と、そう考える暇もないと再び強い焦燥感に囚われてしまった彼は、スターク単体でさえ苦戦したというのに神晶竜にまで覚醒されてはと一瞬のうちに思考を終わらせ、それこそ光を超える速度で臨戦態勢を整えてからスタークたちへと特攻を仕掛ける。



 しかし、もう遅かった──。



「!?」


 ナタナエルが振るう錫杖がスタークに届こうかという瞬間、始神晶の欠片を取り込んで姿を変えようとしていたパイクが強い四つの輝きを帯びた閃光を放つ。


「ぐ──っお……!」


 それに対し妙な危機感を覚えた彼は【電光石火リジェリティ】による超光速の錫杖を【破壊分子ジャガーノート】の膂力で無理やり止めて、そこで本来なら発生しただろう身体や錫杖に起こる異常を【金城鉄壁インタクト】の力で強制的に抑え込んだ。



 そうでもしなければ──終わると思ったから。



 無論、スタークではなく自分が──。



「お前、死んだやつの記憶も見れるっつったよな?」


「……っ、それが、何だと言うのだ」


 その時、次第に収まり始めた閃光の中から聞こえてくる少女の声に驚きつつも、ナタナエルは何とか冷静さを取り戻して質問の意図を把握するべく尋ね返す。


「じゃあ、あたしの二つ名も知ってんじゃねぇか?」


「二つ名……? 何、を──っ」


 すると、スタークは閃光の中で少しだけ見えた表情を愉しげに歪めており、その表情のままに自分から名乗る事は多いが大して周知はされていない二つ名について言及し、ナタナエルは先程からの困惑を露わにした状態で眉を顰めるも──すぐに何かを思い出した。


「……無敵の、【矛】か……?」


 正確には、スタークではなくフェアトが口にしていた彼女の二つ名を、ジェイデンの記憶から読み取ったうえでスタークからの二つ目の質問に答えてみせる。


 大袈裟な──と思っていたが、ナタナエルは今になって大袈裟でも何でもなかった事を理解させられた。


「ご名答。 つっても、これまで使ってたのは剣だったんだよ。 『無敵の【矛】』だなんて名乗るなら──」


 そんな彼からの答えを聞いて満足げなスタークの表情から、いかにも得意げな声が聞こえてきたかと思えば、そので持っている長物が露わになり。


「それ、は……っ!!」


 ようやくナタナエルの視界にも彼女が持つ何かがハッキリと映った瞬間、先程からスタークが口にしていた話の意味を理解した彼は驚愕から目を見開く──。



「扱う得物も──【矛】じゃねぇとな」


『りゅうぅうう……!!』



 それもその筈、姿勢を低くするタイプの臨戦態勢を整え終えていた彼女の手に握られていたのは先程までの半透明の折れた剣ではなく、スタークの身の丈と同じかそれ以上というほどの長さを誇り、パイクの四枚の翼や鋭利な爪を思わせる意匠の施された三叉の矛。


 やはり変異した後もシルドと同じく半透明であったが、どうにも荒々しく見えてしまうのは持ち主が攻撃に特化し過ぎたスタークであったからかもしれない。


(何だ、あれは……先程までとは何もかもが……!!)


 ナタナエルは目を剥くほどに驚いてはいたが、それは何も矛だけでなく彼女自身の変化にも驚いており。



「……、右腕をどうした……?」



 思わず素で問いかけたものの、それも無理はない。



 何せ、【電光石火リジェリティ】の力により絶対に治らない傷をつけた筈の彼女の右腕が、ほんの少しの擦り傷さえ残っていない綺麗な状態へと戻ってしまっていたから。


 一瞬、二人称が唐突に変わった事に疑問を覚えはしたが、すぐに『まぁいいか』と興味をなくして──。


「ご覧の通り、すっかり治ったぜ? ま、あたしにも詳しい事は分かんねぇが──これで証明されたなぁ?」


「な、何がだ……?」


 いつもより早く、そして効果も随分と増したパイクの【光癒ヒール】によって治ったのは間違いなくとも、それが何故かは分かっていないと答えつつ、またも挑発するような物言いをし始めた事で困惑するのも束の間。



「あたしの方が──」


「──!?」



 そう口にした途端、一切の予備動作もなく目の前まで接近しただけでは飽き足らず、すでに手に持った矛で横薙ぎにしようとしている彼女に驚きはしたが、ナタナエルの驚きの感情はその後ろへ向けられている。



 何せ、まだ元いた場所に彼女は立っているのだ。



(まさか、残像──)



 それが、あまりに動きが速すぎた為に発生した明瞭にもほどがある残像だと気づいた時には、もう遅く。



「強ぇって事だよ!!」


「ばっ──」



 馬鹿な──とすら言う間もなく矛が振るわれる。



(速すぎる……っ!! 【電光石火リジェリティ】でも追えん──)


 光を超える速度で動くのに必要な、とてもではないが生物のそれではない動体視力や思考回路を持ってしても、スタークが振るう矛を受けるか避けるか迎え撃つかという、行動の選択さえも彼には許されず──。


 剣だった時の必殺技である【勇竜一閃ヴルムソード】と動き自体は変わらず、されど威力は段違いな一撃が放たれた。


 瞬間、彼が立っていた位置より少し離れた場所にある玉座を含めた謁見の間が、その一撃で両断される。


 もちろん、あくまでもスタークの狙いはナタナエル一人である為、両断とはいっても壁の表面を斬り裂いただけではあるのだが、その斬れ味は凄まじく──。



 それでいて、その斬り口には無駄な破壊がない。



「何だ、これは……! こんな、全てを嘲笑うような力が、あっていいとでも……!! スターク、貴様──」


 不必要なほどの距離を取って何とか彼女の一撃から生存する事ができていたナタナエルは、あわや王城ごと両断しようかというほどの斬撃に目を剥きつつ、とても人間業と思えない一撃を放った少女を睨もうと。



 ──した、その時。



「あたしにキレんのもいいが……、大丈夫か?」


「は……? 何、を──」


 ニヤニヤとした邪悪極まりない笑みとともに、スタークがスッと自分の方を指差して何かを気づかせるような発言をした事に、ナタナエルは違和感を覚える。



 つい先程、似たような会話をした気が──。



 そう思って、スタークが指差した方を見遣ると。



「──な、あ"……!? い"、いつの間に……っ!?」


 ナタナエルが視線を向けた右腕と、スタークも視線を向けていなかった筈の左腕までもが『ごとっ』と鈍い音を立てて床に落ち、まるで【電光石火リジェリティ】でつけた傷かというように傷口からは全く流血をしていない。


(躱した筈だ……っ、絶対に躱した筈なのに……!!)


 自分としては寸前で躱したのだと考えていたからこそ、ナタナエルは今までにないほど驚愕してしまう。


 もちろん、その傷がついている事から躱せてなどいない事は、この場にいる誰の目にも明らかだが──。


(これほど、とは……だが、それでいて精霊たちには被害を出していない。 まさに、あの時の勇者様の──)


 その一方で、すでに二人の戦いについていけていなかったノエルは半ば放心したように、スタークが謁見の間につけた傷の辺りをふわふわと舞う多種多様な精霊たちは一体たりとも消滅していないのを見ており。


 かつての勇者でありスタークたちの父親でもあるディーリヒトが、その圧倒的な剣や魔法の一撃を魔族の軍勢に見舞いつつも、それにより精霊が被害に遭うような事態には絶対にしなかった事を思い返し、やはり彼の血を引いているのは間違いないと確信していた。



『『『────!? ────!?』』』



 まぁ当の精霊たちは……あわあわとしていたが。



 そんな中、この状況で驚いていたのはナタナエルやノエル、そして数多いる精霊たち──だけではなく。


(……にしても……はは、すっげぇなぁ)


 その一撃を放った張本人であるスタークも、パイクと謁見の間の傷とを交互に見つつ自分が放った攻撃を他人事であるかのような乾いた笑いで称賛していた。



 何せ、スタークは今──魔法を纏ってなどいない。



 更に、これでもかというほど全力を尽くして攻撃したにも関わらず、どういうわけか傷ついてもいない。



 そう、つまりは『制限をかけず魔法にも頼らず、それでいて身体も壊れない』ようになったという事で。


「お前の、お陰か──いや、それ以外ねぇわな」


『りゅ?』


「何でもねぇよ。 それより──」


 それらの要因は全て進化したパイクにあるのだろうと、それくらいの事は流石に鈍い彼女でも分かったのか、そんな風に呟きながら手元の矛に目を落とすやいなや、その視線に気がついたパイクが『何?』的なニュアンスを込めて声を上げたが、すぐに目を離し話を終わらせつつ苦しみ続けている元魔族に視線を戻し。


「そろそろ終わりにしようぜ? ナタナエル」


「ぐ、う……っ!!」


 どう見ても重そうな半透明な矛を軽々と振り上げて肩に担いでから、スタークによって斬り落とされた腕を庇ってうずくまっているナタナエルに対し、これまでの嘲笑を鎮めた真剣な表情で見下しながら戦いの終わりを思わせる発言をすると、ナタナエルは口惜しげに音が聞こえるほど歯噛みしてから低く唸った──。



 ──かと思えば。



「──……ぞ」


「あん?」



 スタークが持つ超人的な聴力でさえ聞き取れないほどの小声で何かを呟いたナタナエルに、そんな彼の呟きの内容が気になって彼女が聞き返した──その時。



 血の涙を流すほどの悔恨に満ちた表情を湛えたナタナエルが、その顔を憎き少女へと向けつつ口を開き。



「──っ!! ふざけんじゃねぇぞぉおおおおっ!!」


「「!?」」



 曲がりなりにも纏っていた気品などどこへやら。



 汚らしく唾を飛ばし、スタークが斬り落とした両腕の斬り口から尋常ではない量の血を流し、ガクガクと震えながら膝立ちの姿勢で罵声を吐いた彼に、スタークとノエルは驚いて──いや、困惑の方が強かった。



 あまりにも、つい先程までと違いすぎたから──。

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