第107話 【電光石火】の真相

「【ジカルミアの鎌鼬かまいたち】が……? という事は──」


 さも何でもない事であるかのように、スタークが口にした並び立つ者たちシークエンス序列十二位の死という何の確証もない発言に対し、それでも特に疑う事もなく彼女の言葉を呑み込んだノエルは再確認するべく声をかけ。


「まぁ、うちの妹かクラリア辺りが殺ったんだろ」


 それを受けたスタークは彼の質問を先読みしたうえで、ノエルの方を向かぬままの姿勢でフェアトかクラリアか、もしくは第三者かもしれないが何某かが討ち取ったのは事実だろうと告げてみせたはいいものの。


「そう、なのですね……しかし、これでは」


「……あぁ、朗報たぁ言い切れねぇな」


 ノエルとしてもスタークとしても、【ジカルミアの鎌鼬かまいたち】が討たれた事自体は間違いなく朗報であると思っていたが、それ以上の悲報が目の前で起きた事を考えると素直に喜べないというのも、また本音だった。


 そんな風に苦々しい表情を浮かべる二人とは対照的に、ナタナエルは玉座に腰掛け邪悪な笑みを湛えて。


「やつを死に至らしめたのは──スターク、貴様の妹が連れていた神晶竜だ。 やってくれたな」


「……よくも、って言うとこじゃねぇのか?」


 もはや隠そうともせず、その力とともに獲得した記憶の中で見たラキータの死を歓迎している姿勢を見せて乾いた拍手を鳴らす彼の態度に、スタークは自分でもよく分からない妙な怒りが湧き、声色を低くする。



 それが父親ゆうしゃ譲りの正義感ゆえとは気づいていない。



「……貴様の妹や神晶竜を恨む事など何一つない。 むしろ感謝したいほどだ、そのお陰で光をも超える速度を手に入れたのだから。 後ほど礼を述べるとしよう」


 しかし、つい先程までの焦燥感など全く感じさせない様子のナタナエルは、スッと拍手を止めても笑みだけは浮かべたままフェアトやシルドのを称えるばかりか、この件についての感謝を直接伝えに向かうと曰い始めた為に、スタークは更に眉を顰めてしまい。


「……後ほどだぁ? お前、生きてここを出られると思ってんのか? いくら足が速くなったっつっても──」


 【金城鉄壁インタクト】を破られた事実を前にして、あれだけ取り乱していた男のものとは思えない余裕綽々といった発言に、『ごきっ』と首や肩を鳴らしながら一歩前に出て玉座の方へ駆け出さんとしていた──その時。


「ならば──をどう説明する?」


「は?」


 拍手をする為に傍に置いていた錫杖を手に取り、それをスタークの方へ──もう少し正確に言うのであれば彼女から見て右半身の方へ向けつつ何かを問うてきた事に、いまいち要領を得ぬまま視線を向けようと。


「──す、スターク殿っ!」


「……?」


 した──その瞬間、ナタナエルが指していたのだろう『何か』にスタークよりも早く気がついたノエルが叫びを上げ、それを受けたスタークがナタナエルの錫杖やノエルの視線が向いている場所、半透明な剣を手にしている筈の自分の右腕の方へと視線を向けると。


「──はっ!? な、何だぁ!?」


 そこには、まるで砲丸を弾とした散弾銃の一撃でも受けたのかというほどの痛々しい傷があり、されど一切の痛みはなく一滴の血も流れていない事に、スタークは割と本気で驚いたのか真紅の瞳を丸くしている。



 その傷は、ハキムが負ったものと酷似していた。



(いつの間に……っ、しかもパイクまで……!!)


 更に、ナタナエルの攻撃を受けたのは何もスタークだけではなく、その手に握られていた半透明な剣と化したパイクも刀身を殆ど根元から削られていたが、それに関してパイクは全く反応を示しておらず、もしや死んでしまったのでは、とスタークは焦ってしまう。


(あれは、まさしく【ジカルミアの鎌鼬かまいたち】の……!)


 一方、通り魔の被害を受けたものがどうなるのかを嫌というほど理解していたノエルは、ナタナエルが口にした『死した同胞の力を扱える』という事も、スタークが口にした『【ジカルミアの鎌鼬かまいたち】が死んだ』という事も、ともに真実だったのだと改めて理解した。


「これは単なる錫杖だが、【金城鉄壁インタクト】を適用させれば【電光石火リジェリティ】の速度でも崩れぬ耐久性を得る。 そこに【破壊分子ジャガーノート】を乗せれば何者にも防ぐ事は敵わない最強の一撃を放つ事ができる。 魔法など使わずとも」


 そんな風に驚愕を露わにしていた二人に対し、ナタナエルは錫杖を目線の高さまで掲げながら恍惚とした表情を浮かべるだけでなく、そんな説明など誰も求めていないというのに先の攻撃について解説してくる。



 ……本来は自分の力でも何でもないのに。



「断っておくが、その傷は治らんぞ?」


「っの野郎……!!」


 その後、【電光石火リジェリティ】でつけた傷は【ヒール】でも治る事はないのだと追い討ちでもかけるかのように告げた事で、これでもかというほど大きな舌打ちをして悪態をついたスタークに、ふと一つの考えが頭を過った。


「……当てつけのつもりか? わざわざ腕なんざ狙わずとも首だの心臓だの削ってりゃ終わってたのによ」


 超人的な反射神経を持つ自分ですら気づかないほどの速度で攻撃できたのなら、いちいち腕や得物を封じずとも急所を狙って戦いを終わらせる事も可能だったわけで、そんな考えに至った為に強く睨みつける。



 舐められている──そう思ってしまったから。



「……それでは意味がない」


「あぁ?」


「貴様らは、あの憎き勇者と聖女の娘なのだぞ? だのに、あっさりと殺めてしまっては何の面白味もない」


 しかし、どうやらナタナエルは当てつけのつもりで腕を狙ったのではなく、かつて魔族だった自分を、あろう事か序列十位の魔族と共闘して滅した『卑怯な勇者と聖女』の娘を簡単に殺しては溜飲が下がりきらないのだ──と、さも正論であるかのように語り出す。


(……ったく、お袋も親父もよぉ……!)


 無論、忘れっぽい彼女は序列十位ジェイデンが語った『三度に亘る勇者一行との戦い』のうち二度目の戦いの時の話を覚えているわけもなく、ただ単に改めて両親の尻拭いさせられているんだなと面倒臭がっていたのだが。


「まぁいい。 どのみち、あいつのとこに向かわせる気はねぇよ。 リスタルが今夜の戦いに気づく前に──」


 それはそれとして、おそらく怪我はしていないだろうが多少なり疲れてはいるかもしれない妹に連戦などさせるつもりはないスタークが、ついでに──とは言わないまでも副次的に『騒ぎの元を解決する』と約束した王女の名を挙げつつ残った左手を鳴らした瞬間。



「あのむすめなら、ラキータの死を看取っていたぞ?」


「「……は?」」



 ナタナエルの口から何でもない事であるかのように発せられた衝撃の事実に、スタークだけでなくノエルまでもが呆気に取られて疑問の声を上げてしまった。


「り、リスタル様が……!? 嘘をつくな! リスタル様には三番隊の騎士たちが護衛兼監視役として──」


 呆然として瞬きすらも忘れるスタークに代わり、リスタルの護衛及び万が一にでも王城から出ないようにと監視を仰せつかっていた筈の三番隊は何をしていたのか、との疑念を込めてノエルが声を荒げるも──。


「さぁな、そこまでは知らないが……あのむすめは最期に自分の頬を舐めたラキータを抱き寄せ涙を流していたな。 その行動に込められていた昏い感情も知らずに」


「……何の話だ」


 ナタナエルにしてみれば、そんな事など──取り憑いている男のむすめの事など興味もなかったが、それでも一つだけ気にかかった事もあったようで、リスタルとラキータのやりとりの矛盾について言及せんとするも、スタークは何の事か分からず困惑を露わにする。


「冥土の土産に教えてやろう。 あれは、ラキータは我ら並び立つ者たちシークエンスの中でも群を抜いた異常者だった」


「異常者……?」


 そんな彼女の反応を見たナタナエルは愉しげに顔を歪めつつ、ラキータが持っていた『昏い感情』を証明する、かつての序列十二位の所業について語り出す。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 それは、およそ十六年前の事──。



 かつて魔族だった頃のラキータは角や尻尾や翼がなければ人間と見間違えても不思議ではない美少女であり、その可憐さからか魔族たちからも随分と可愛がられ、さも魔王軍の看板娘のような扱いを受けていた。


 そんなラキータに対して魔王カタストロが授けたのは、【電光石火リジェリティ】という元より持っていた俊敏性を更に底上げし光をも超える速度を付与する最速の称号。


 その称号を授かった時のラキータは、とても嬉しそうにニコニコと笑っており、それを見た他の魔族たちも釣られて笑顔を浮かべてしまっていたせいで──。



 その笑いが、嗤いだったとは誰も気づかなかった。



 あっという間に【電光石火リジェリティ】を使いこなすようになった彼女は、それまでの自分ではやろうと思ってもできなかった事をやろうと一瞬で人間の国まで駆ける。



 その、やろうと思っていた事とは──。



 ──生きた人間の部位パーツで人形を作る事。



 称号を授かるまでの自分の速度では、どうしても腕や足を落とす際に血を流させてしまい、ぐちゃぐちゃになった部位ではどうにも作る気が失せてしまう。


 だが、【電光石火リジェリティ】があれば血を流させる事も痛みによる無駄な悲鳴を聞く事もなく新鮮な部位を集める事ができる為、彼女は嬉々として襲撃を続けていた。


 その時のラキータの表情は、とてもではないが人間とはかけ離れた──いや、魔族として見ても異常なほどの恍惚とした昏い微笑みになっていたと彼は語る。


 そんな彼女の凶行を知った魔族たちは彼女から距離を置き、たった一人で被害を増やし続けていたところに勇者一行が現れ、その光を超える速度にさえ数手で順応してみせた勇者の一閃を受け、この世を去った。



 ラキータの訃報を聞いた魔族たちは、『ようやく魔王軍一の異常者が死んだか』と安堵していたとの事。



 無論、並び立つ者たちシークエンスの下から三体の異質な魔族たち──XYZジーゼットを除いての『魔王軍一』、だったのだが。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 おそらくは現世に蘇っても同じ事をしようとし、それが猫の仕業だとは思わないだろうと踏んで猫に転生したのではないか──と、語り終えたナタナエルは。


「つまり、あのむすめは何も知らぬまま家族の仇の死を憐れみ、そして哀しんでいたわけだ。 一体、憐れなのはどちらだろうな? 最期に頬を舐めたのも、せめて死ぬ前にを削り取ろうとしての攻撃だと──」


「貴様……!!」


 いうのに──と、ラキータの記憶や感情から知り得た最期のやりとりの真相を面白がりながら、ラキータの記憶越しに見たリスタルの泣き顔を『滑稽だな』と暗に評し、それを聞いたノエルが怒りを発露せんと。



 ──した、その瞬間。



 ──バキィッ!!!



「「!?」」


 突如、立っていた場所から動いたわけでもないのにスタークの足下の床が大きな音を立ててひび割れた事に、ノエルとナタナエルは驚き同時に視線を向ける。



 そんな亀裂の中心に立っている少女の表情は──。



 完全に怒りを通り越して無表情となっていた。



 だが、ノエルはともかくナタナエルは音に驚いたからでも彼女の表情からくる気迫に圧されたからでもなく、スタークの右腕に起きた異変に気づいたがゆえに目を剥いており、そんな彼女の腕に起きた異変とは。



(馬鹿な、【電光石火リジェリティ】でつけた傷から流血が……?)



 ──そう。



 光を超える速度で傷つける為に当人が傷を認識しても脳が理解を拒み、ゆえに流血さえ起こらない筈の傷から本来ならば流れていただろうという多量の血が溢れている事に、ナタナエルは心の底から驚いていた。


「……本当は、あいつの知らないとこで全部終わらせるつもりだった。 仲良くしてた猫と、たった一人の父親が元魔族だと気づかせたくなかった。 どんだけ深い哀しみ背負ってんのかも、あたしは知ってるからな」


「スターク殿……っ」


 そんな風に驚愕する彼をよそに、スタークは先日のリスタルとの忘れ難いやりとりを思い返しつつ、もしも知られてしまったらと考えていた『最悪の事態』の片方が現実になった事を悔いており、そんな二人の会話を話し合いの際に聞いていたノエルも歯噛みする。


「それを言うに事欠いて、『憐れ』だと……?」


 そして、ナタナエルが口にした言葉の中で最も彼女の逆鱗に触れたリスタルへの侮辱を反復し、一歩、また一歩と前に進むたびに床にひびを入れていたスタークは、その妖しく光る真紅の双眸を彼に向けて──。



「──ぶち殺すぞ」


「……!!」



 脅しなどでは決してない、どうやっても避ける事はできない近い未来に自分が起こす事象を覇気を込めた一言をぶつけた事で、ナタナエルは戦慄すると同時に今この瞬間も流れる血について一つの可能性に至る。


 おそらく、スタークが放つ怒髪天を衝くほどの怒りが【電光石火リジェリティ】の力を上回ったからこそ、あの治癒不可の傷を『普通の負傷』に変えたのだと推測した。



 それが正解なのだとは、スタークさえ知らないが。



「……虚勢を張るだけなら、それこそ子供でもできようというもの。 神晶竜を欠いた今、【攻撃力】はともかく【守備力】と【俊敏性】で遥かに優位を取る私相手に、どう足掻こうが貴様一人で勝利する事は──」


 しかし、それでも戦いの優位性は自分にあると信じて疑わない──疑わないわけにはいかないナタナエルは、おそらくではあるが神晶竜が死んでいるのだろう事も踏まえて自分の勝利は揺るがないと宣言せんと。



 ──したのだろうが。



「──……んでねぇよ」


「……何?」


「こいつは──まだ死んでねぇって言ってんだ」


 そんな彼の言葉を遮ったスタークの呟きを聞き取れなかったナタナエルに対して、スタークは穴だらけでボロボロな右腕の先にある折れた半透明な剣をぎゅっと握りつつ、パイクはまだ死んでいないと口にした。


「……戯言を。 いくら最古にして最強の魔物といえど所詮は幼体、体積の半分を削られて生きている筈が」


 戯言だ──と、そう信じたい彼はスタークの言葉を鼻で笑って見せたうえで、かつて魔族だった頃はまみえる前に勇者に殺されてしまった為に神晶竜を見た事はなかったからか少しの慢心を思わせていたのだが。


「──……まさか」


 その時、身体を貫くような寒々とした嫌な予感が彼を襲い、ほぼ時間差もなく予感の正体に勘づいてスタークの方を見遣ると、それを察したスタークは──。


「気づいたか? まぁ気づくわなぁ。 は夜が更ける前にお前が──いや、国王があたしらに託したんだからな。 で、お前はそれを止められなかったんだろ」


 先程までの無表情から一転、嘲笑うかの如き昏い笑みを浮かべてズボンのポケットを漁り、そこから菱形の透き通るような水晶の欠片を取り出し始めていた。


 それは紛れもなく夜になる前の国王陛下より賜った始神晶と呼ばれる最古にして最硬の鉱物であり、パイクやシルドはその鉱物から誕生した魔物──神晶竜。


「──夜にならねぇと、お前は出てこれねぇから」


「……っ」


 つまり、ネイクリアスは夜が更けなければ表には出ないナタナエルへの対抗策として、パイクとシルドの存在に気がついたうえで双子に授けていたのだと推測し、そんな彼女の推論を聞いた彼は強めに舌を打つ。



 ──図星だったのだろう。



 いかにも焦燥に歪んだナタナエルの表情を見たスタークは、『普通の負傷』になった事で痛みも出てきた腕ごと剣を意地で掲げ、もう片方の手で水晶を握り。



「見せてやるよ! あたしには……には──」


「──もう一段階、上があるって事をなぁ!!」



 水晶を軽く上に投げ、それを折れた剣で薙いだ。

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