第97話 相反する力
それから、スタークとリスタルは二人してノエルの案内で近衛師団に与えられた修練場へと足を運んだ。
修練場と聞いたスタークは、てっきり彼らの詰所と同じように薄暗く、そこに木人か何かが並べられている感じの閉鎖空間だとばかり思っていたのだが──。
「……ここなのか?」
「えぇ、ここですよ」
ノエルに案内されて辿り着いたのは、まるで御前試合か何かでも催す事ができそうなほどに開けた場所であり、あまりに想像と違う明るい雰囲気の修練場に思わず疑問を口にするも、ノエルはあっさり首肯する。
現に、スタークが何となしに想像していた木人は並んでいるし、おそらくだが修練用にと必要以上に頑丈である筈の木人には剣や槍、斧などの武器──或いは多様な属性の魔法による破壊の跡が深く残っていた。
御前試合が催せそうな──と称したのは、ここが明るく開けた場所だからというだけでなく、この修練場を俯瞰する為の立ち見席のようなものが用意されている事もあり、いつの間にかそこには王城で働く様々な者たちが二人の手合わせの噂を聞いて集まっている。
『ノエル様と女の子が戦うらしいぞ』
『女の子? 誰なんだ一体』
『ほら、あの子ですよ。 噂の』
『あぁ……クラリア様たちの恩人とかいう』
『それが本当なら、まぁ良い勝負になるのかもな』
そんな観客の声は、もちろんスタークにも聞こえていたのだが、これといって自分を侮ったり貶したりするような声は聞こえなかった為、特に気にはしない。
「スターク! 頑張ってね!」
「ん? あぁ」
一方、リスタルはリスタルで全力を持ってスタークを応援する姿勢を取っており、いくら何でもそれを無視するわけにもいかない彼女は軽く手を振り応える。
翻って、スタークと同じく周りの声など気にかけていないノエルが修練用の二振りの木剣を持ってきたかと思えば、その片方の柄をスタークに向けて手渡し。
「真剣では今夜の戦いに支障が出かねませんので。 あくまで『手合わせ』の範疇を超えぬよう願えますか」
「……あぁ、はいはい」
すでに、スタークから離れた位置で応援しているとはいえ、リスタルには絶対に聞こえないような小声で今から行う手合わせに使う得物と、この手合わせの意味をスタークが理解している事を前提として決めていた規則を口にするも、スタークは露骨に萎えている。
それもその筈、次の機会があるかも分からない騎士団長との手合わせは仕方ないとしても、そんな騎士団長と同じかそれ以上の力を持つ師団長との手合わせともなれば、もちろん全力で挑もうと考えていたから。
また、それ以前の問題として──。
(……
すでに、この世界には存在しないとまで云われる最古にして最硬の鉱石、始神晶製の武器でなければ彼女の膂力に耐えられず一振りかそこらで壊れてしまうというのに、こんな細い木剣が耐えられよう筈もない。
尤も、この木剣は修練用であるとはいっても王族を守護する近衛師団の修練に使用される関係上、並大抵の武具よりも柔靭な造りになっているのだが、そんな小細工がスタークの馬鹿力に通用する筈もなく──。
(……やっべ、ひび入った)
試しに──と限りなく加減して柄を握る手に力を込めたスタークの手元には、『バキッ』と鈍い音を立てて砕ける一歩手前の木剣が握られていたのだった。
その後、念の為にと新しい木剣に交換してもらったスタークは、おそるおそるといった手つきで握った木剣を構えており、それを見ていた観客たちは思わず。
『……大丈夫なのか? あの子』
『あんな及び腰じゃ流石に……なぁ』
『剣が不得手というわけじゃないんだろうけど……』
少女を中傷する意図は決してないが、まるで『初めて剣を手にしました』というような構えを見てしまった事により、この戦いは『師団長の勝利』で幕を閉じる──そう口にしてしまうのも無理からぬ事だった。
そんな周囲の雑音を全く意に介していないスタークは、ふと昨夜の妹との会話を思い返しており──。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『──……姉さん。 もし、もしもですよ? 本当にノエルさんと手合わせする事になったとしたら……どうか、【俊敏さ】だけは抑えてもらえると助かります』
『速く動くなってか? 何でだよ』
『……あの通り魔の称号は【
『そうらしいな──で?』
『……明日には近衛師団にだって伝わってると思うんです。 つい数時間前に騎士団に伝えた通り魔の素性』
『それが──あぁ、そういう事か』
『ですから、くれぐれも気をつけてくださいね』
『……わーったよ』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
要は、『通り魔だと思われても不思議じゃない』と言いたかったのだろうと何となく理解し、その約束を守る為に一つの決め事を自分の中で確立させていた。
──その時。
「──木剣での立ち合いが主となりますが、もし可能なら木剣を触媒として魔法を使っても構いませんよ」
「……ん? あぁ──その前に一つ言っとくが」
「?」
最終確認だとばかりに、ノエルが手合わせの大まかな規則を改めて口にしているのだと気がついたスタークは、つい先程に決めた事を告げる為に口を開いて。
「──あたしは、この場から一歩も動かねぇからな」
「……!」
「「「はぁっ!?」」」
誰が聞いても上から物を言っているようにしか思えない、そんな風に自分へ制限を課す発言を口にした瞬間、ノエルが声を上げる事なく黙考し始める一方で。
「師団長を愚弄しているのか!? ふざけるな!!」
「相手をしてもらえるだけでも名誉だというのに!」
それを聞いて激昂した近衛兵たちが、ぎゃあぎゃあと彼女を非難するべく騒ぎ立てるのを手で制したノエルは、瞬時に彼女が何かを抱えている事を察し──。
「……事情が、あるのですね?」
「話が早くて助かるぜ」
意味もなく『動かない』などと言っているわけではないのだろうと尋ねると、スタークは彼の問いかけを首肯しつつ笑みを浮かべて、その木剣を再び構える。
これ以上は話の無駄だ──そう言っているように見えたノエルもまた、スタークと同じように木剣を構えつつ、その身体と木剣の鋒に洗練された魔力を集め。
「では、こちらも全身全霊を持って参ります。 もちろん手合わせではありますが──お見せしましょう」
至って真剣な表情で戦いの始まりを予期させる言葉を発するとともに、その膨大かつ洗練された魔力は次第に対応する
──白と紫の二色の光を。
「……光と、闇か? だが、その二つは確か──」
それを目の当たりにしていたスタークは、いくら何でも属性が持つ強弱の関係性は覚えていたようで、その二つを同時に魔法に纏わせる意味を分かっているのかと問いかけんとするも、ノエルはその言葉を遮る。
「えぇ、この二つは相反する属性。 どれだけ双方への適性が高くとも、どれだけ経験を積んでも……この二つを同時に扱う事は愚行と言えますね。 ですが──」
そんな風に淡々と語るノエルの言葉通り、この二つの属性──光と闇は完全に相反する関係にあり、どうやっても片方が片方の魔力に負けて消失するか呑まれるかしてしまう、というのが魔法使いの常識だった。
他の六属性なら──例えば火と水なら火属性に込める魔力を強くすれば共存もできなくはないのだが。
もちろん、それを可能にした者も過去にはいる。
それこそが自分たち双子の父親たる勇者ディーリヒトその人であった事を、スタークが知る由もない。
そんな中、当時の騎士団と同じく勇者との共闘経験を持っていたノエルは、その時に見て今も記憶な刻まれている相反する力の共存を脳裏に浮かべつつ──。
「──私には、この二つしか適性がなかったのです」
「……師団長が、か?」
魔導国家としては異例と言わざるを得ない、たった二つの適性しか持ち合わせていない事実を真剣な声音で告げると、スタークは信じられないといった表情と声音でリスタルや近衛兵たちの方へと視線を向ける。
「……本当だよ。 ノエルは光と闇しか適性はないの」
すると、リスタルや近衛兵だけでなく、ノエルの事実を知る全ての者を代表したリスタルが、ノエルが八属性のうち二つにしか適性を持たないと明かしたのを皮切りに、それを耳にした近衛兵たちが口を開いた。
彼らの話によると──『三つか四つの適性持ちは当たり前』という特性を持つ魔導国家において、たった二つしか持たずに産まれた彼は、それこそ幼少期から家族や学院の人たちから随分と疎まれていたらしく。
彼の生家であるところのクォーツ家が代々優れた魔導師や騎士を輩出していた事もあり、ノエルは早々に家族から見放されて絶縁を余儀なくされ、そのまま学院をも退学させられかけたという悲惨な過去も持つ。
しかし、それに待ったをかけたのが当時の魔導国家の国王、現国王の父親であり通り魔によって殺害された先代国王陛下であったのだと語ってくれたそうだ。
それから彼は王の庇護の下、光と闇の二つの適性だけで数多の試練を乗り越えて近衛師団に入団し、とうとう十四代師団長として任命された頃には絶縁した筈のクォーツ家が『絶縁を解く』と擦り寄ってきた。
本来なら『ふざけるな』と、こちらから絶縁を叩きつけても咎められないほどの扱いを受けてきたにも関わらず、ノエルは家族や親族を赦し家名を受理する。
強さと懐の深さを併せ持つ、そういう彼だからこそ近衛兵たちは適性など関係なく尊敬しているのだと。
この場に居合わせた全員が宣言してみせた。
翻って、スタークはノエルに光の適性があると聞いて、あの夜に廊下を歩いていた彼が
(……
おそらく、あの謁見の間にて昨夜も行われる筈だった戦いに向けて少しでも魔力を温存しようとしていたのだろうと、スタークは彼女なりに推測していた。
……正解である。
そんな風に自分の過去についての話が終わった頃を見計らったわけではないだろうが、ちょうどその時。
「……お待たせしました。 これが私の本気の姿──」
彼の真剣味を帯びた声に反応したスタークの視線の先には、その身体と木剣に純白と菫色──全く同じ量での光と闇の属性の光を纏うノエルの姿があった。
そして右目から白い光を、左目から紫の光を放ち。
「──【
その本気の姿の名を、【
「勝負は一瞬──構いませんね?」
「……望むところだ」
観客たちが揃って注目し、リスタルや近衛兵たちが固唾を飲んで見守る中、二人は同時に木剣を構えた。
(……パイク、聞こえてるか?)
(りゅ?)
今にもノエルが特攻してきそうな時に、スタークは極めて小声で腰に差したままの半透明の剣──パイクに声をかけ、それを受けたパイクも小声で応答する。
(あたしは動けねぇし全力も出せねぇ……だが、ノエルは明らかに全力だ。 これであたしが魔法すら使わねぇってのは何つーか……悪ぃ気がする──分かるか?)
(りゅ〜……りゅう)
ハッキリ言って、スタークは自分でも何が言いたいのかよく分かっていなかったが、つまりは向こうが全力で相手してくれるというのに、『ここから一歩も動けない』のと『力は抑え目』という事を除いて、せめて魔法くらいは使って相手したいという話のようだ。
それを聞いたパイクは『まぁ……何となく分かるけど』的な鳴き声を上げつつ彼女の言葉に理解を示す。
(よし──じゃあ使ってやれ。 何の魔法かは任せる)
(……りゅう)
別にスタークはパイクの言葉が分かるわけではないものの、それでも理解したのだろう事は何となしに分かった為、種類も属性も一任したうえで魔法を行使しろと伝えた事で、パイクは『……了解』的な鳴き声とともに、スタークの身体に黄色の光を纏わせ始めた。
黄色の光──雷属性の【
『なっ!? あれは……雷の【
『何という規模の光と雷鳴……!!』
『し、師団長が危険なんじゃないか』
『馬鹿野郎! 俺たちの師団長が敗けるか!』
それを見ていた観客、及び近衛兵たちが口々にスタークの──まぁ、パイクのなのだが──魔法の腕を称賛する一方、師団長の敗北が予想できてしまった一人の近衛兵を咎めるように別の近衛兵が怒鳴りつける。
が、このスターク。
アホみたいに魔法に弱く、アホみたいに効きすぎるというのは、もはや言わずもがなの事実であり──。
(……っ、ぁあ"ぁああああ!! いってぇええええ!!)
本来、鳴り響く雷鳴とともに文字通り雷が如き反応速度や動体視力を付与する支援魔法は、どういうわけか雷が如き痺れと痛みとなって彼女の身体を襲った。
もちろん【
解除を──そんな考えがよぎったものの、
「す、凄い……けど、スタークは大丈夫なの……?」
唯一、魔導国家の王女であるリスタルだけは魔法の凄さよりもスタークの身体を心配していたのだが、その心配の声は残念ながら当のスタークには届かない。
「見事、御見事です。 スターク殿、貴女と私の力があれば、きっと……では、ノエル=クォーツ──」
そんな中、目の前の少女が放つ明らかに自分より強い光に目を細める事なく見つめていたノエルは、スタークの力が加われば必ず並び立つ者たちを倒し、ネイクリアスを救えるだろうと確信しつつ、その白と紫色に妖しく光る身体で姿勢を低くする構えを取り──。
「いざ尋常に──参ります!!」
「っ! 来いやぁああああ!!」
その姿勢のまま居合抜きのように構えた木剣とともに特攻してくるノエルに対し、たかが手合わせとはいえ絶対に敗けたくないスタークは全身に迸るような痛みを堪え、さも咆哮であるかのような大声をあげる。
そんなスタークの声にリスタルや観客が身を強張らせる間もなく、ノエルの二つの魔力が綺麗に纏わされた木剣と、パイクの破壊的な魔力がスタークの身体を通じて半強制的に雷を纏わされた壊れかけの木剣が。
今──衝突した。
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