第96話 王女の要望
それから、ノエルとの話し合いを終えて今夜の約束を取り付けたスタークはノエルとともに何とも薄暗く気味の悪い部屋を後にして、リスタルと合流する。
きっと先程までと同じように腕を絡ませ、『さぁ約束だよ、一緒に遊ぼう』とか言い出すんだろう、と。
そう推測して苦笑していたスタークに対し──。
「もぅ、スターク! そんなに話す事あったの!?」
「あ? そんなにって、そこまで長く居た覚えは──」
開口一番、可愛らしく小さな頬を膨らませたリスタルが、『こんなに長く待たせて!』と苦言を呈してきたのだが、スタークとしては言うほど長い時間ノエルの会話していたつもりはなく、それを立証する為にと詰所の壁に掛けられた時計に視線を移したのだが。
「……小一時間、ちょい……意外と経ってたんだな」
何と、スタークとノエルが先程の部屋に入ってから一時間弱ほどの時間が経過しており、リスタルの物言いも強ち間違いではなかったのかと考えを改める。
「そうだよ、すっごい退屈だったんだから」
「あー、はいはい。 あたしが悪かったよ」
そんなスタークの呟きを耳にしたリスタルは、『ぷんぷん』という擬音が聞こえてきそうに拗ねていたものの、スタークが彼女の髪を撫でつつ謝るやいなや。
「……えへへ。 うん、許してあげる」
その表情を『にへら』と緩んだ笑顔に一転させ、あっさりスタークを許すとともに、やはり腕を絡めた。
「ねぇ、スターク。 約束、覚えてるよね?」
「ん? 話が終わったら一緒にってやつか?」
「そうそう! それじゃあ──」
その後、交わしたばかりである筈の約束を念の為にと確認せんとするリスタルの質問に、いくら何でも流石に覚えていたらしいスタークが答え、それを受けたリスタルが嬉しそうに頷きつつ詰所を後にしようと。
──した、その時。
「……っ、お待ちください、リスタル様! そのような得体の知れぬ少女と過ごすなど危のうございます!」
「その通りです! こんな事を貴女様に言いたくはありませんが、もう少しばかり王族としての自覚を──」
(……めんどくせぇ……)
突如、尋問部屋の戸締まりをしていたノエル以外の近衛兵たちが、ろくに素性が明かされていないスタークとの交流は危険だと口々に忠告し出すばかりか、それに伴いリスタルの王女としての品格を疑うような発言までも口にした事により詰所は騒然としてしまう。
もちろん近衛兵たちに悪意などは全くなく、リスタルを護りたいが為の発言だというのは間違いない。
しかし、それが大きなお世話だという事は疑いようもなく、リスタルはスタークの腕を抱きしめつつ。
「いい加減にしてよ! スタークもフェアトも私の友達なんだよ!? どうしてそんな酷い事が言えるの!?」
「「「……!」」」
いかにも十歳の少女というような甲高い声音を持って、スタークとフェアトの両名を庇う発言をした事により、それを聞いた近衛兵たちは身体を強張らせる。
ヴァイシア騎士団の面々を本当の兄や姉のように思っていると言っていたが、ノエルはともかく他の近衛兵を彼らほど大切に思っているわけではないらしい。
その証拠に、リスタルの潤んだ翠緑の瞳には強い軽蔑の意思が込められており、それを分かっていたからこそ近衛兵たちも気圧されてしまっているのだろう。
「……ちなみに、リスタル様は何をなさろうと?」
そんな気まずい沈黙の中、戸締まりを終えたノエルが常通りの落ち着いた声で会話に入り、ここを出た後に何をするのかを確認する為リスタルに声をかけた。
「……強さを、見せてほしくて。 スタークの」
「あたしの強さ……? 何でだよ」
すると、リスタルは少しだけ遠慮がちに横に立つ少女を見上げつつ、スタークの魔法を見てみたいと告げるも、その意図が分からないスタークは首をかしげて王女の要望の理由を問い、リスタルの二の句を待つ。
「だって……スタークとフェアトは、クラリアと同じくらい強いんでしょ? だから、それを見たくて……」
それを受けたリスタルは、つい昨日にクラリアや双子から王都までの道中で起きた事を聞いた時、自分と大して変わらない年齢の少女たちが姉のように慕っているクラリアより強いかもと聞いて、それを自分の目で確かめたくなった──と、そう明かしたのだった。
やはり、彼女も魔導国家の人間だという事なのだろう、その瞳は強い興味で輝いているようにも見える。
「あー……まぁ、あたしはいいが──」
「「「……」」」
(……そうなるわな)
体術はともかく魔法は
そんな折、頑なな部下たちを見て呆れからの溜息をこぼすノエルが、ゆっくりと息を吸ったかと思えば。
「……では、こういうのはどうでしょう。 ここの修練場にて、スターク殿と私で手合わせするというのは」
「「「なっ!?」」」
あまりにも唐突で脈絡のない手合わせの提案をしてきた事で、それを耳にした近衛兵たちが信じられないという具合に表情を驚愕の色に染めてしまう一方で。
「……へぇ」
当のスタークは、いかにも愉しげな笑みを浮かべており、ノエルの提案を好都合だと考えているのだろう事は……まぁ、フェアトなら分かったかもしれない。
「一体、何のおつもりですか!? ただでさえ今は厳戒態勢を敷かねばならない事態にあるのですよ!?」
「そうです! そんな中で素性一つ知らない少女と矛を交えるなど……! とても正常なお考えとは……!!」
「……っ! だから! スタークは私の──」
そんなスタークの様子に殆ど初見同然の近衛兵たちが気づく筈もなく、ノエルに詰め寄りつつスタークを指差して暴言にも近い発言を次から次へと口にする彼らに、リスタルが我慢の限界だとばかりに再び声を荒げて反論しようとした時、ノエルがそれを手で制し。
「……先程も言いましたが、スターク殿や彼女の妹であるフェアト殿が原因で何かあれば私が責任を取ります。 この手合わせについても同様です──異論は?」
「「「……っ」」」
スタークたちが最初に詰所を訪れた際、彼らがスタークを排斥してリスタルを護ろうとしていた時にも告げた『責任の所在』について言及されてしまうと、それを受けた近衛兵たちは黙って頷くしかなくなる。
単純に、ノエルの気迫に押されたのもあるだろう。
その後、結局のところ異論が出なかった為に手合わせが取り行われる事となり、リスタルが少し機嫌を良くしたり、それを見た近衛兵たちが何とも言えない複雑な感情に染まった表情を浮かべていた──その時。
「……どういう風の吹き回しだ?」
先程の話し合いの中に、『手合わせ』がどうこうという話など一度も出てこなかったのに、どうしてそんな事を言い出したのかと詰問するように問いかけた。
それもその筈、近衛兵たちの『とても正常な考えとは思えない』という言葉自体は、ハッキリ言ってしまえば正論でしかないと思っていたからに他ならない。
「他意はありませんよ。 ただ、これまでで最も激しい戦いが今宵に行われるのでしょうし、その前に互いの力量を把握しておくのも悪くないと思いませんか?」
「……そうかもな」
しかし、ノエルにはノエルなりのしっかりとした考えがあったらしく、まず間違いなく発生する今夜の戦いに備え互いの力を把握しておく良い機会なのではと曰い、スタークも特に拒否する要素はなかった為に栗色の髪を掻きつつ彼の提案を正式に了承してみせた。
(……あの近衛兵どもを黙らせる為なんだろうが──)
とはいえ、スタークは彼の提案に隠されたもう一つの理由である『近衛兵たちにスタークの強さを認識させる』という事には気づいており、ゆえに後ろの方で恨みがましく自分を睨んでいる彼らをチラッと見る。
彼らは特にスタークに怯えている様子はなく、ノエルと違って『見抜く』力は大して備わっていないのだろうと推察できるが、スタークやフェアトのような少女を相手にそれは無茶振りだというのも理解できた。
まぁ、そもそも──。
ノエルと手合わせしてみたいというのは、ここを訪れると決めた時に考えていた、まさにその事であり。
(願ったり叶ったりってのは──こういう事か)
図らずも願望が叶った事が喜ばしいのか、ほんの少し顔を伏せて独り言ちていたスタークの表情は──。
とても十五歳の少女が浮かべていいようなものではない──いかにも戦闘狂といった笑みになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます