第98話 褒められ慣れてない姉

 ──決着は、まさに一瞬だった。



 リスタルや近衛兵、観客たちの視界を完全に塗り潰すほどの赤、紫、白の三色の眩い光の中にあり──。



 スタークとノエル、両者の木剣は同時に接触し。



 両者の膨大な魔力もまた、ほぼ同時に接触した。



 結果、両者の手にあった筈の木剣は砕け散り。



 修練場には局所的な嵐や地震といった災害でも発生したのかというほどの、ノエルによる光と闇と、パイクによる火の魔力の奔流が一瞬にして巻き起こった。



 両者がともに得物を失っている為、一見すると引き分けなのではないか、と思ってしまうかもしれない。



 そもそも、ノエルとスタークの間には二十年近くの年齢や経験の差というものがあるのだから、もし仮に引き分けだったとしても充分すぎる成果だと言える。



 ──が、スタークは極度の負けず嫌い。



 母親である聖女レイティア、並び立つ者たちシークエンスの序列一位であるアストリットに加え、よもや三度目の敗北など死んでもごめんだというのが彼女の本音である。



 ゆえに少しだけ──ほんの少しだけ本気を出した。



 ただでさえ、パイクの【火強ビルド】で全身が燃えるような痛みに襲われているというのに、スタークが少し本気を出した事にパイクの魔力が呼応してしまい、トレヴォンと戦った時と同じく大火傷を負ってしまう。



 だが、その苛烈な痛みを代償としたスタークの膂力は凄まじく、すでに木剣が砕け散った状態で振り払われた腕の風圧は、もはや竜の息吹ブレスを遥かに凌駕する。



 その後、魔力の奔流が近衛兵や観客に紛れた魔導師たちの【風渦ボルテックス】でかき消され、ようやく二人の手合わせの結末が全員の視界にハッキリと映し出されると。



 そこでは、ノエルが持ち前の魔力量と技量を活かして展開した光と闇の【バリア】にて、どうにか吹き飛ばされずに耐えてはいたものの、その正面に立つ少女は。



 ──全くの無傷だった。

 


 もちろん、あれほどの魔力の奔流の中で魔法に弱いスタークが傷ついていないわけはないが、どうやら絶対に負けたくないという彼女の想いを汲み取ったパイクが、こっそりと【光癒ヒール】で回復させていたらしい。



 この場には間違いなく熟練の魔法使いたちが揃ってはいたものの、あの目が眩むような光の中で起きた事まで理解できるほどの慧眼を持つ者はいなかった。



 そんな彼らから見れば二人は、『満身創痍の状態で膝をつく師団長』と『無傷で相手を見下ろす少女』。



 どちらが優勢かなど、もはや言うまでもなく──。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


(……変なところで気ぃ遣いやがって……)


(りゅ)


 翻って、『治せ』と指示していないのに【光癒ヒール】を行使して自分を回復させたパイクに対し、『余計な事を』とまではいかずとも、ほんの少し強めに腰に差した半透明の剣をスタークが小突いていた──その時。


「……【光癒ヒール】、ですか。 私やクラリア殿のそれとは展開速度や効力が、あまりにも段違いですね……」


「……まぁ、あんたなら分かるよな」


 どうやら、あの暴風雨のような魔力の奔流に曝されながらも、ノエルはスタークの身体に【光癒ヒール】が施されているのを見逃してはいなかったらしく、その魔方陣の展開速度や回復の効果のほどを見て、クラリアや自分では遠く及ばないと理解してか僅かに苦笑する。


 スタークとしても、この瞬間さえ何が起きたのか正確に分かっていない観客たちはともかく、ノエルほどの強者なら見抜いていても不思議ではないだろうと考えていたのか、それとなく彼を称賛してみせていた。



 その後、完全に修練場の視界が晴れてから──。



「──……あたしの勝ちでいいな? ノエル」


「……えぇ、私の完敗です。 スターク殿」


 ゆっくりと歩み寄りつつ手を差し伸べて自分の勝利を嫌味なく宣言したスタークに、ノエルは彼女の手を取って自分の敗北を周囲に聞こえるように宣言した。


 尤も、スタークたちの動向を観客たちは息を呑んで見守っていた為、元より彼が配慮せずとも二人の声は修練場に居合わせた全ての者に聞こえていたのだが。


 その一方、肝心要の王女リスタルはといえば途中から二人の戦いを満足に観戦する事ができないでいた。


 何を隠そう、リスタルの周りには様々な属性により行使された【バリア】が展開されており、それらは彼女を護る為にと、ハキムが遣わせた騎士団の三番隊や、ノエルがあらかじめ指示していた近衛兵の仕業である。


 ゆえに、いつの間にか展開されていた【バリア】が崩れていくかと思えば、その向こうでは戦いが全て終わっていたという何だかよく分からない状況下にあって。


「す、スタ──」


 とにかく、スタークの安否が心配で仕方なかった彼女が口を開き、その高い声音で名を呼ぼうと──。



 ──した、その瞬間。



『『『──う、うぉおおおおおおおおっ!!!』』』



 修練場に集まっていた観客たちや、リスタルを護っていた騎士を始めとした者たちが、もはや御前試合と言ってもいいほどに盛り上がりつつ歓声を上げた。


『す、凄ぇぞ、あの子! 本当に勝っちまった!!』


『相手はノエル様だぞ!? それなのに……!』


『正直よく見えなかったけど……! でも凄い!!』


 男性も女性も老いも若いも関係なく、スタークの勝利を称賛する旨の声を叫ぶとともに、そのままの勢いで彼女の下へと向かっていく者が次々と現れ始める。



 当然、事情を知る近衛兵たちが止めようとするも。



 ──もう遅い。



『君、名前は!? いや、スタークとかいってたな!』


『一体、何者なんだ!? どこの貴族の出なんだ!?』


『あの師団長様を相手に無傷なんて……格好いい!』


「お、おぉ……どうも」


 彼ら、もしくは彼女らは口々に褒めちぎる事を決してやめようとせず、どんどんと集まってくる野次馬たちにスタークは、どうにもたじたじになってしまう。



 それもその筈、彼女は褒められ慣れていないのだ。



 あの辺境の地にいた頃、関わりを持った数少ない者たち──母親の聖女レイティアは基本的に厳しい教育を双子に施し、フェアトの先生の六花の魔女フルールは、スタークに対して特に優しかったわけでもない。



 そして、もう一人──。



 まだ幼かったスタークに体術や身体の制御の仕方を教えてくれた“師匠”も、かなり厳しめの人物だった。


 当然、師匠という名目ではあったから彼女が上手に体術を習得した時は褒めてくれた事もありやなしや。


(……さっさと離れてくんねぇかな……)


 ゆえに、こうして掛け値なしに称賛される事が殆どなかった彼女は、どうにもむず痒くなっていたのだ。


 それを察した──のかは分からないが、リスタルが騎士たちや野次馬たちの間を縫って、スタークの腕に再び自分の細い腕を絡めた後、周囲を見渡してから。


「この後、二人で遊ぶ約束してるから! どいて!」


 何とも子供らしい物言いでスタークを野次馬たちから解放する為の発言をした事により、いくら興味があっても王族には逆らえない彼らは次々と捌けていく。


「……悪ぃな、リスタル。 助かったよ」


「えへへ、どういたしまして。 それじゃあ──」


 機転を利かせてくれたリスタルに対し、スタークが珍しく素直に感謝の意を示した事で、リスタルは嬉しそうにしつつ腕を引いて修練場を後にせんとするも。


「あー、ちょっと待ってくれ。 ノエルと話したい」


「え、また……?」


「ついでに傷も治してやりてぇからな。 頼むよ」


「そっか……うん、分かった」


 スタークがノエルと話すついでに彼に負わせた傷の責任を取りたいと告げ、リスタルは先程も待たされた事を思い返して少し不満げな様子だったが、スタークの真剣な表情を見て『我儘はやめよう』と腕を離す。


 その後、近衛兵たちに心配されながらも光や水、或いは火の【ヒール】で自然治癒力も高められていたノエルの方へ緩慢とした足取りでスタークが向かうと──。


「……悔しいが、スターク殿。 貴女は本物らしいな」


「まさか師団長が敗北してしまわれるとは……」


「我々の目は随分と曇っていたようだ」


「あー……まぁ、あんま気にすんなよ」


 手合わせの寸前まで、あれほどスタークを通り魔かと疑っていた近衛兵は、ノエルと正々堂々戦い勝利を収めた彼女に最低限の敬意を払っているようだった。


 とはいえ、それはそれとして尊敬する師団長が敗北した事を本人以上に悔しがっているようには思うが。


 それを何となく察せてしまったスタークは、やはり敬語もなしに彼らを気遣うような発言をしつつ、そんな彼らの中心で膝をついていたノエルに近づき──。


「──頼むぜ、今夜限りの“相棒”」


「……!!」


 およそ数時間後に嫌でも発生するだろう戦いに向けて、パイク越しに強めの【光癒ヒール】を行使しながら再び彼の手を取ると、ノエルは一瞬で自分の傷はおろか粉砕されていた鎧すら修復された事実に驚きつつも。



「……えぇ、こちらこそ」



 同じように、なるだけ笑顔で応えてみせた。



 その後スタークは、どう見ても興味津々な野次馬たちを避けつつ、リスタルとともに城内の探検をしたり豪華な昼食を頂いたりと王女との一時ひとときを楽しみ──。



 そして、とうとう夜が訪れる。



 王都ジカルミア史上、最も騒がしい夜が──。

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