第90話 冒険者の集会所
そもそも、【冒険者】とは何か──。
まず大前提として、この世界には【魔物】と呼ばれる人間などと同じように魔法を扱う生物が存在する。
彼ら、もしくは彼女らは基本的に自らの縄張りの外に出てまで狩りをしたり、その縄張りの中で満足に生活できなくなったからといって無理やりに他の生物を害して縄張りを拡大する──といった事はしない。
そんな事をすれば結果的に自分たちがより強い魔物たちの目の敵にされてしまうし、もっと言えば魔物よりも知能で勝る人間や獣人、霊人などに迫害されてしまう、という事を本能で理解しているからである。
それは、【
とはいえ人間にも様々な性格を持つ個体がいるように、どうしても『欲求』に抗えない魔物は──いる。
ある時は他種族と違い常に子を孕む事が可能な人間の雌を繁殖目当てに拐ったり、ある時は人間より身体能力で勝る獣人の雄を戦闘目当てに襲ったり、またある時は人間より遥かに内在する魔力量で勝る霊人を魔力の補給目当てに性別を問わず捕食したり、など。
ひとたび魔物たちが牙を剥けば戦いに長けた者はともかく、それまで争いを避けてきた者たちなどは、いとも簡単に虐げられてしまうケースも多かったとか。
そういう摂理から外れた個体が出現したという情報を基に、【
──
これは、およそ十五年以上も前の冒険者の話。
そう、この世界に【魔族】が現れるまでの──。
魔族が現れてからというもの、この世界に存在する魔物たち──いや、魔物に限らず魔法を扱えない動物まで含めたあらゆる生物が魔族の影響を受けて凶暴化するといった現象が多発し、それを迎え撃つ為に冒険者の需要は高まり、その数を次第に増やしていった。
しかし、これは何も冒険者に限った話ではないが。
量が増えれば増えるほど質が落ちていくというのもまた真理であり、かの勇者や聖女たちと魔族との戦いが激化する中、混乱を利用して火事場泥棒じみた行いをする、まるで輩同然の冒険者も数を増やしていた。
世界を支配せんと目論む魔族との戦いを無視してまで同族を咎めている余裕はなく、ちょうど十五年前に勇者ディーリヒトによって魔王カタストロが討ち倒されるまで彼らの野蛮な行いは止まらなかったという。
その後、魔族が殲滅されたのならば──と改革に踏み切った各国の王族や貴族たちは、まずはとばかりに
そうして残った少数の冒険者たちは真に正義感を持った、もしくは冒険者という役割に誇りを持っていた者たちであり、それらを放置しておくのは宝の持ち腐れだという結論に至った事で、“集会所”が作られた。
ここでは国から許可を貰う事により冒険者として活動している者たちが、それぞれ得た情報を食事でもしながら交換し合ったり、または集会所が提供している訓練場にて互いを高め合ったりと訪れる目的は様々。
現代では依頼という形ではなく、【冒険者】という言葉通りに世界中を冒険して回る最中に先程のような魔物たちを狩り、そのお陰で助かった者たちから正当な報酬を貰うという役割を持つ職業となっていた。
また、かつては冒険者たちの間に【
少数精鋭──今、冒険者と名乗っている者たちの殆どが心技体の全てを高水準で兼ね備えているから。
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閑話休題──。
「ここが冒険者の集会所……初めて見ました」
そう呟きつつ目の前の建物を見上げるフェアトの視界には、その周囲にある家屋と外観自体は大差ない建物が映っており、これといって言う事がないと判断した彼女は『初見です』という事だけ口にしておいた。
実を言うと、あの辺境の地にいた頃から冒険者自体には出会った事もあるのだが、それらは誰も彼も野盗一歩手前の『命を落としてもいい』者たちばかりであり、その殆どはスタークの必殺技の練習台として扱われてしまったがゆえに、すでに現世を去っている。
双子の母親であり聖女でもあったレイティアは、その神がかった光の魔法によって罪を犯した者たちの判別と選別を人知れず行い、『どうせ死ぬなら有効に使うべきだわ』と、あの辺境の地に連行していたのだ。
他でもない、愛しい双子の娘たちの教育の為にと。
一方で、そんな双子の過去など知る由もないクラリアは、フェアトと同じく集会所を見上げながら──。
「どこに住んでいたかは知らないし、もちろん詮索するつもりもないが……そこには集会所がなかったのだな。 まぁ、そこまで珍しい事ではないとはいえ……」
六花の魔女から二人が勇者と聖女の娘だという事実は聞いていても、どこで生まれて今まで生活していたのかは知らされていない為、集会所のない僻地とかだったのかもしれない──と憶測するしかなかった。
事実、冒険者自体の総数が減少していることもあって、この国には王都にしか存在しないという数少ない冒険者の溜まり場であり、また研鑽の場でもある。
「……そうですね。 まぁ集会所がどうのというより私たちの他には何も──いえ、やめておきましょうか」
そんなクラリアの考えをよそに、フェアトは故郷を懐かしむように目を細めつつ『そもそも自分たち以外に誰もいなかった』という事実を口にしかけたが、どうあっても聖女の生存や所在を知られてはいけない以上、下手に口を滑らせるのはと考えて首を振った。
「そ、そうか……では、そろそろ入るとしよう」
それを何となしに察する事ができたクラリアは、うんうんと隣に立つ少女に同意する意味でも首肯しながら、ゆっくり歩を進めて集会所の扉を開いてみせる。
集会所──というからには、この中で多くの冒険者たちが各国で得た情報を交換し合ったり、それぞれの冒険譚を肴に食や酒を楽しんだりしているのだろう。
フェアトは、そう考えていたのだが──。
(少ない……? いや、これで全部かもしれないけど)
人間、獣人、霊人──種族自体は多種多様であったが、その数は随分と少なく、およそ二十人かそこら。
とはいえ、そもそも王都に在する冒険者の総数を知らない事を考えると、もしかしたら全員が揃っているのかもしれない──そう思ってクラリアの方を見る。
すると、フェアトが首をかしげて自分を見上げてきた事で何かを察したクラリアは『あぁ』と頷いて。
「ここにいるのは一部だ。 その殆どは今もなお絶え間ない王都を去らんとする者たちの護衛についている」
「……なるほど」
どうやら今ここで談笑している冒険者は全体の半分以下ほどであるらしく、もう半分は通り魔に身体を削り取られて職を失くすか、もしくは王都に住んでいられないと判断するかして、この地を後にしようとする者たちの護衛として王都を発っているのだと明かす。
確かに、あの白猫に腕や足を削り取られた者たちが道中に魔物などに襲われでもしたら、おそらく太刀打ちできないだろうと考えれば何も不思議ではない。
そう考えつつ、きょろきょろと集会所の中を物珍しげに見回す美少女にも、これといって冒険者たちは好奇や低俗さからくる視線を向けたりはせず、『田舎から出てきたのかな』と微笑ましそうに見るくらい。
ここにいる冒険者たちが力や魔法だけでなく精神面でも優れているのだろう事が、ありありと分かる。
ただ、そんな中にあって──。
「……」
一人だけ、やたらとフェアトを注視する者がいた。
(……あの人、何で私をジッと見て……?)
痛痒や疲労などとは無縁であり、もっと言えば周囲の囁き声での噂話も大して聞こえず興味もない彼女だが、その人の視線だけは気になってしまったらしい。
それも無理はないかもしれない。
その視線の主は明らかに冒険者ではなく、その華奢な身体に純白の修道服を纏う、いわゆる【神官】と呼ばれる立場についているのだろう女性だったから。
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