第91話 詰め寄る神官
しかし、そんな風にフェアトが抱いた違和感は言ってしまえば見当違いであり、この集会所に彼女のような神官がいるというのも実は不思議な事ではない。
そもそも神官とは、魔法を使う事を生業とする者たちの中でも特に癒しの力に長けた者の総称である。
冒険中に受けた傷や病を治しきれなかった冒険者を癒す為──傷を癒す【
ゆえに、【冒険者】が多く集う“集会所”という場所に、【神官】も教会以外の職場として集うのだとか。
フェアトも、その事自体は知っていたのだが──。
(あの修道服は……まさか)
それ以上に、その神官の纏う服が気になっていた。
「──フェアト、あの神官には関わらない方がいい」
一方で、そんな神官の視線とそれを気にしていたフェアトの両方に気がついたクラリアが、その真剣な表情を前へ向けたまま警告する旨の言葉を発すると。
「え……それじゃあ、やっぱり……?」
それを聞いたフェアトは、あの神官に対して抱いた違和感が確信へと変わるのを感じつつ、クラリア以外には聞こえないだろう小声とともに彼女を見上げた。
すると、クラリアは『あぁ』と同じく小声で頷き。
「あれは、ヴィルファルト大陸で最も多くの信者を有する【
あの神官の素性が、フェアトたち双子の母親であり聖女でもあるレイティアを崇める聖神々教の神官であり、いずれ戻る聖女の為に空の玉座を用意しているのだという教導国家の国民でもあると明かしてみせた。
(だと思ったけど……あそこまで似せる? 普通……)
それを聞いたフェアトは、そんな風に脳内で独り言ちつつ自分が抱いていた違和感を確信へと変える。
何を隠そう、その神官が着ている修道服がレイティアの着ていた修道服と瓜二つだったからなのだが。
レイティアの服と彼女の服は少し意匠が異なる。
しかし、それは普段着として動きやすいようにとレイティアが
「君たち双子の素性が露見したが最後、聖神々教は間違いなく──何が原因とは言わないが君を確保しようと動くだろう。 言われずとも分かっていると思うが」
そんなフェアトの考えをよそに、クラリアは決して好意的とは言えない鋭い視線を一瞬だけ神官に向けつつ、スタークより聖女似のフェアトの方が危険だと告げ聖神々教には関わらぬようにと遠回しに警告する。
「えぇ、そうですね。 こちらから訪れるまでは、なるだけ関わらないようにします。 ご忠告どうもです」
尤も、それはフェアトとしても充分に理解しているところであった為、特に表情を崩す事もなく『いずれは向かわなければならない』という旨の発言とともに軽く頭を下げて、クラリアからの忠告を受け止めた。
それもその筈、
──
「フェアト、ここの所長に話を通してくるから少し待っていてくれ。 くれぐれも、あれには気をつけてな」
「分かりました」
その後、集会所の所員が並ぶカウンターからフェアトへと視線を移したクラリアが、この集会所の長と会う事が目的だったと暗に語った事で、フェアトはこくんと首肯しつつ所員と話をしにいく彼女を見送った。
しばらくの間、近くにあった椅子にフェアトが居心地悪そうに、ちょこんと座っていた──そんな時。
「──っあ、あの……っ」
おっかなびっくりといった具合に先程の神官が近寄ってきたかと思えば、おそるおそる声をかけてきた。
(本当に来た……面倒だなぁ)
その目的が何なのか──それを理解できてしまっているフェアトは、これでもかと露骨に溜息をこぼす。
「……何ですか?」
しかし、そんな明らかに不機嫌なフェアトを見ても退散する様子はないと悟った為、『黙っているのも余計に変か』と判断し神官を軽く見上げて問い返した。
すると、その神官はパァッと表情を明るくさせて。
「わ、私、“ヴェール”と申します。 これでも、この国での聖神々教の布教活動の総括を一任されてまして」
「総括……?」
ヴェール──そう名乗った灰色の長髪と緋色の瞳が特徴的な神官は、その首に下げた十字架を二つ重ねたような意匠のロザリオを見せつつ、この魔導国家にも存在する聖神々教の信徒たちの纏め役なのだと語る。
(そんなに年齢や経験を重ねているようには……いや)
一瞬、彼女の外見と役目が一致していないように感じたフェアトだったが、よく考えれば自分たちも十五歳という年齢で元魔族を討伐して回る旅をしているのだから、おかしくはないのか──と考え直していた。
「……まぁ、いいです。 それで、何の用ですか」
「は、はい。 えぇと、ですね──」
再び深い溜息をこぼし空色の瞳で目の前の神官を射抜くと、ヴェールは相変わらずおどおどとしながらも意を決したのか、フェアトの手をぎゅっと握って。
「貴女は、もしや……聖女様ではありませんか?」
「……」
予想通り──と言って差し支えないヴェールの発言に、フェアトは決して驚きや困惑を表に出したりしないようにと表情も変えず言葉を発する事もしない。
「……!」
そんな彼女に釣られるように──というわけではなかろうが、ヴェールも黙って二の句を待っており。
「……何を仰っているのか分かりませんね」
自分が何かを言わなければ話が進まないと判断したフェアトが、とりあえず本当の事は絶対に言えない為に誤魔化す意味でも、すっとぼけてみせたのだった。
「え……で、でも、その金色の長髪も、その空色の瞳も……あれ? そういえば少し背が低いような……?」
しかし、それを聞いてもヴェールは、フェアトの髪や瞳の色が聖女レイティアと一致する事からも自分の考えが合っている可能性を捨て切れていないらしい。
翻って、フェアトは少し嫌な予感を覚えていた。
──髪や瞳の色が完全に同じ。
──されど身長は聖女より少しだけ低い。
ここから導き出される答えに、ヴェールが辿り着いてしまっても不思議ではない──そう考えたから。
「!! あ、ま、まさか貴女は聖女様の──」
瞬間、緋色の瞳を見開いて何かに気がついた──気がついてしまったヴェールが『答え』を口走らんと。
──した、その時。
「何をしている?」
「!?」
突如、背後から底冷えするような低い女声とともに肩に手を置かれた事でヴェールが振り返ると、そこには無表情で彼女を見下し睨みつけるクラリアがいた。
おそらく彼女の正体を知っているのだろうヴェールは、されど突然の事にあわあわとしてしまっており。
「彼女は私の友人でね。 いくら聖神々教が大陸で最大の宗教だとはいえ、無理な勧誘はやめてもらおうか」
「そ、そんなつもりは……っ、私は、ただ──」
そんな神官の動揺を尻目に、クラリアが話す隙を与えないとでもいうように捲し立てたが、それでもヴェールは諦めずに目当てのフェアトへ視線を向ける。
とはいえ、ヴェールの事実など知った事ではないクラリアは座ったままのフェアトに起立を促し──。
「行こう。 ここの所長に話は通せたからな」
「分かりました」
「ぁ、お、お名前だけでも──」
面会の約束を取り付けたと口にした事で、ゆっくりと立ち上がってクラリアについていこうとするフェアトに対し、ヴェールは最後まで縋り付かんとするも。
結局、名前すら聞き出す事もできなかった。
(
涙目になりつつ、とぼとぼと退散していく彼女に一瞬だけ視線を向けたフェアトは、シルドが反応しなかった事からも
その後、所員に集会所の奥へと通された二人は所長の執務室なのだという部屋の扉の前に立っており。
「この扉の向こうだ。 一応、君の素性も隠してはいるが……もしかすると見破られるかもしれない。 その場合は私が誤魔化すから話を合わせてくれると嬉しい」
「……? それは、どういう──っ!」
その扉に手をかけたクラリアが、フェアトの正体を話してはいないが勘づかれる可能性が高い──と告げるも、フェアトとしてはその理由が分からず、首を。
「……扉が、独りでに……?」
かしげた瞬間、執務室の扉が勝手に開いた事にフェアトは驚いていたが、それに対してクラリアは特に驚いている様子はなく、『あぁ』と唸ってから──。
「風の精霊が開けてくれたんだが……そういえば、フェアトは風に適性を持っていなかったんだったな」
王都までの道中で、どうしても神晶竜の事は話せないフェアトが自らの適性を水、土、雷、闇の四つだと偽った事で、それなら無理もないと納得していた。
無論、例えば精霊が水や土や雷や闇の属性を司っていたとしても、フェアトには見えていないのだが。
「え、あ、あぁ……そうでしたか。 はは……」
フェアトは申し訳ない気持ちで一杯だったが、それでもパイクやシルドが奪われでもしたら──と考えると明かすわけにもいかず、愛想笑いをするに留まる。
それから、クラリアは念の為にと扉をノックして。
「失礼するぞ、“ガレーネ”」
執務室の窓側に置かれた机に散らばっていた書類とにらめっこする、いかにも人間離れした──いや、文字通り人間ではない美貌を持つ所長へ声をかけた。
「やぁ、クラリア。 今日はハキムと一緒だって聞いてたんだけど……まさか、君が子供連れとは思わ──」
ガレーネ──そう呼ばれた女性は目の下の隈も隠さぬままに、ヒラヒラと片手を振ってクラリアの声に応えつつ、その傍らに立つ少女の視線を向けんとする。
そんな彼女の右耳は、とにかく横に長かった。
(
──そう。
ガレーネは
風の精霊から生まれた──そう云われているだけの事はあり、その他の属性の適性を持たない代わりに異常なほどの風への適性を持って生まれる種族である。
特徴としては、やはりその長い耳だろう。
一説には風の流れを読み取る為に長いのだとか、または単に鳥類のトサカや獅子のたてがみのように他者を引きつける為のものだとか──色々とあるようだ。
だが、ガレーネの耳は少し異質だった。
(片耳しかない……もしかして、あれも通り魔の……)
フェアトの言葉にもある通り、ガレーネの左耳は
──その瞬間。
「──れ、レイティア様……?」
「えっ」
黙考していたフェアトの視界に映ったのは──。
もしや、聖女レイティアなのではないか──という旨の震える声を搾り出す、ガレーネの姿だった。
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