第81話 ようやく王城へ

 根拠のほどは語られずとも、この双子の少女たちがこんな冗談を口にするような性格をしていないという事は、クラリアもハキムも充分に理解できており。


「……本当になのだとしたら、これまでより迅速に──それでいて慎重に調査しなければならないな」


 王都を騒がせている通り魔が並び立つ者たちシークエンスである以上、王都が壊滅しても何ら不思議ではないとまで考えたうえで、これからの行動は速やかかつ注意深く行わなければならないだろうとクラリアが独り言つ。


「あの炎の化け物と同じレベルなんだろうしな……」


 それについてはハキムも同意だったようで、つい先日に戦闘を強いられた序列二十位の業炎を脳裏に浮かべつつ、リゼットの事も思い返して気を落とす中で。


「同じではないと思います」


「……? どういうこった」


 ふるふると首を横に振ったフェアトが彼の言葉を否定する旨の声を上げるも、『何が違うのか』という疑問とともに彼は訝しげな視線をフェアトに向ける。


「あのトレヴォンという元魔族は序列二十位。 二十六体いる並び立つ者たちシークエンスの中でも下位の方だったんですよ。 それに対して、おそらく今回の通り魔は──」


 すると、『いいですか?』と前置きしたフェアトはトレヴォンの序列を再確認させたうえで、アストリットから手渡されたメモに記されていた『王都に巣食う二体の元魔族』のうち一体と、スタークが口にしていた『速すぎてな』という言葉を照らし合わせた事で。



「──序列十二位。 トレヴォンより強い筈ですから」


「ま、マジか……!?」



 二体のうち、【電光石火リジェリティ】の称号を授かったという序列十二位の元魔族、“ラキータ”なのだろうと確信を持って語ってみせた事により、ハキムはもちろんクラリアも目を剥いて驚きを露わにしてしまっている。


 別にハキムはトレヴォンの序列を把握していなかったわけでもなければ、かの通り魔の序列がトレヴォン以上である可能性を考えていなかったわけでもない。



 だが十二位と言えば二十六体の中でも半分より上。



 二十位ですら双子がいなければ全滅していたというのに、そんな強者を相手に生き残る事ができるのだろうか──そう考えたからこそ、ハキムは驚いていた。


 一方で、その情報が一体どこから得たものなのかとか、それは信憑性のある情報なのかとか色々と気になる事はあるが、フルールから『余計な詮索はしないように』と言われていた為に、クラリアは首を振って。


「何故そんな情報を──というのは聞かない方がいいのだろうが……もし、それ以外にも情報があるのなら提供してほしい。 このままでは被害が増える一方だ」


 情報の提供者の事は置いておくとしても、これ以上の被害を出さない為にも速やかな解決が求められる状況にあるゆえに、かの通り魔の序列以外に知っている事があるなら教えてほしいと頭を下げて頼み込む。


 傍から見ると、ジカルミアが誇るヴァイシア騎士団の団長が二人の少女を相手に頭を下げる異例な光景ではあったが、これを幸か不幸かと取るかどうかはともかく周囲には誰もいない為、特に問題はなかった。


「変わっている可能性もありますが……名前はラキータ。 魔王より授かった称号は──【電光石火リジェリティ】。 魔王軍では最も優れた【速度】を持つ魔族だったとか」


 そんな中、別に頭まで下げなくても情報提供くらいはするつもりでいたフェアトは、クラリアの頭を上げさせてから序列二十位の名前と称号、そして有していた力までもを事もなげに明かしてみせたのだった。


「速度か……確かに、それなら誰の目にも止まらねぇってのも頷けるが……どうする? クラリア」


 それを聞いたハキムは、『速度っつっても限度があるだろ』との愚痴めいた言葉を呑み込んでから頷きつつ、クラリアに次通り魔への次の対策を問いかける。



 しばらく黙考していたクラリアだったが──。



「……ひとまず二番隊と三番隊をそれぞれ二分させてから、この都市の出入り口たる四つの門の見張りと検問をさせる。 ハキム、お前は隊の者たちと先程の『二つの可能性』を虱潰しに当たってくれ。 頼んだぞ」


 今は王都民の避難を担っている筈の六十余名の騎士たちの役割と、つい先程まで同伴していた一番隊の騎士たちと彼らの長のハキムの役割を的確に指示する。


 尤も、おそらく王都から出る事はないとはクラリアも踏んではいたが、それでもこちらが素性を知った為に王都を出る可能性もあると考えての指示だった。


「あぁ、そりゃ構わねぇが……そういや、お前ら急がなくていいのか? 確か、陛下に呼ばれてたろ」


「っと、そうだったな。 急がなければ……」


 そんな団長からの指示を受けたハキムが、それを了承しつつもクラリアたちと別行動を取った当初の理由を思い出して声をかけると、クラリアも失念していたようで頷いてから双子と顔を見合わせおり──。


「後の事は俺らに任せて、とっとと行ってこいよ」


「そうさせてもらおう──スターク、フェアト」


「あぁ、行こうぜ。 王様んとこに」


「えぇ、そうですね」


 それを察したハキムが手をヒラヒラと振って『お前なら遅刻くらいで叱責なんぞされねぇだろうが』と口にした事により、クラリアは踵を返しながら双子に声をかけ、遠くに見ゆる王城へと歩みを進め始めた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから、およそ十数分後──。



「これが王城ってやつか……でけぇなぁ、やっぱ」


 遠くから見えていた時も、パイクやシルドに乗って大陸を見渡していた時でさえも、その姿を確認できていた荘厳な城を目の当たりにしたスタークは、首を痛めてしまうのではというほどに城を見上げている。


「大きいのもそうですけど、どこか神秘的ですね」


 そんな姉の呟きに補足するかのように、フェアトは同じく城を見上げながらも大きさだけでなく言葉では言い表せない神秘的な何かを感じると口にした。



 無論、悪い意味ではない。



「あぁ、この城は荘厳さだけでなく魔法による補強も他の家屋の比ではなくてな。 必然、精霊たちにも居心地の良い羽休めの場になっているらしい──ほら」


『『『『『──────♪』』』』』


 すると、クラリアが図らずも同じ行動をする双子に笑みを向けつつ、この城は何百人もの優秀な魔法使いたちが力を合わせて創り上げたものであり、それもあってか精霊たちも好んで集まる為、フェアトが感じたような神秘的な表構えとなっているのだと語った。


 そんなクラリアの周囲には火、水、風、土、そして光の五属性の精霊たちが楽しげに飛び回っている。



 ──が、しかし。



(ほらって言われても……)


(見えねぇんだよなぁ)


 やはり──と言うべきか、クラリアが微笑ましそうな視線を精霊たちに向けているのだろう事は分かっても、スタークとフェアトの目にその光景は映らない。


 そんな双子の事情など知る由もないクラリアは、もう満足したとばかりに自分から離れていく精霊たちを見送った後、表情を引き締めて双子に向き直り──。


「まぁ、それはともかくだ。 早速、陛下の下へ向かうとしよう。 たたでさえ遅れてしまっているからな」


 諸々の事情があったとはいえ、この時点で随分と遅くなってしまっている事は事実であり、王城と城下町を繋ぐ跳ね橋のところに立哨していた衛兵に、あの双子もともに謁見させたいのだと話を通す一方で。


(姉さん)


(ん?)


 どうしても言っておかなければならない事があるらしいフェアトが、スタークに耳打ちするように顔を寄せた事で、スタークも同じく顔を寄せたのだが──。


(お願いですから大人しくしててくださいね。 相手は王族、不敬罪などに問われる事になりでもしたら)


 どうやら、フェアトは姉が誰に対しても敬語を使おうとしない事を案じていたようで、いくら何でも相手が王族である以上は、これまでのような不遜な態度が許される筈もないだろうと考えていたのである。



 寛大なお方だ──との前評価を聞いていても。



(ふけい……? あー、分かった分かった)


 一方、露骨なほどにきょとんとした表情で首をかしげつつ、『不敬』という言葉の意味すら分かっていなさそうなスタークだったが、その後すぐに面倒臭そうな様子で片手をヒラヒラと振って顔を離してしまう。


(絶対に分かってない……何もないといいけど)


 そんな姉を見て、どう考えても面倒臭くなったのだろうと理解したフェアトは、『どうか何も起こりませんように』と人知れず祈りを捧げていたのだった。

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