第82話 魔導国家の王

 衛兵との話も終わり、ジカルミアの城下町の四方に存在するそれらより遥かに大きな門を潜り抜けた先にある、その城に足を踏み入れた双子はといえば──。



「「お、おぉぉ……」」



 他に『城』というものを知らない事も相まって、あまりにも絢爛極まりない内装に揃って目を丸くし、その口から感嘆の息を漏らす事しかできていなかった。



 ただ、それと同時に──。



「……どんだけ金かかってんだろうな」



 およそ十日ほど前まで、あの辺境の地から殆ど出た事がなかった双子たち──特にスターク──は、どうにも金銭感覚というものが身についていないらしく。


 ヒュティカの食事処で会計した時が初となる金銭の授受だった事もあり、その時の決して高くはない支払い額と比べてどうなのか、と考えているようだった。


 比較対象がおかしいだろう──と突っ込むべきなのだろうが、あいにくフェアトも今回に限ってだけ言えばスタークと似たような事を考えてしまっている。


「魔法によるところも多いんでしょうし、意外とそうでもないんじゃないですか? ねぇ、クラリアさん」


 ゆえに、その興味深そうなキラキラとした視線を途方もなく高い天井に向けつつ、この城全てが魔法で造られたとまでは思っていないが、それでも他国の城と比べれば──と考えての問いかけだったのだが。


「城自体もそうだが、そこらの備品一つとっても貴族すら唖然とする額だ──ゆめゆめ気をつけてくれ」


「ひえぇ……」


 どこか楽しげな双子とは対照的な真剣味を帯びに帯びた表情を湛えたクラリアは、まるで親が子に言い聞かせるかのような声音で『私でも払えない額だ』と忠告し、それを聞いたフェアトは小さな悲鳴を漏らす。


 現に、かつてセリシアを処刑人に任命した当時の国王は、この城に飾られていた壺を割ってしまった貴族の子息に対して容赦なく損害賠償を請求し、それを払いきれなかった事により没落させた事もあったとか。


 尤も、そういった事は今代の国王が即位してからはなくなり、その事実も『寛大だ』という評価の裏づけとなるのだとクラリアは誇らしげに語ってみせる。


 広く長く絢爛な廊下を歩きながら、すれ違う女中や衛兵、神官や魔導師といった宮仕えの者たちが皆、クラリアを相手に軽くない会釈をしていく中で──。


「さぁ、ここが“謁見の間”だ。 衛兵たちの話では、ここで陛下が我々の到着を待ってくださっているとか」


 クラリアの案内で辿り着いたのは──この絢爛な王城の中にあっても特に仰々しい造りの堅牢かつ美麗な装飾が施された扉であり、この先には謁見の間と呼ばれる叙勲式などを行う目的の部屋があるらしい。


 そして、この扉の向こうで魔導国家の国王陛下が騎士団長たるクラリアの到着を待っているとの事。


 そんな折、扉の前で立哨していた衛兵よりも更に重装備かつ歴戦を思わせる佇まいの【近衛兵】が──。


「お待ちしておりました、クラリア殿。 陛下がお待ちになっておられますが……そのお二人が陛下にお目通りをかなわせたいという者たちでよろしいですか?」


 おそらくだが身分も高く、その強さだけで見てもクラリアに比肩しかねないほどだとスタークは見ていたものの、それでも彼は丁寧な語調で双子を同伴させるという旨をクラリアに確認せんと声をかけてくる。


「あぁ、その通りだ。 この二人は我々騎士団の命の恩人でもある。 信用してもらえるかな──“ノエル”」


 すると、クラリアは彼の問いかけに対し首肯し、スタークたちの素性を隠したうえで二人はヴァイシア騎士団全滅の危機を救ってくれたのだと語りつつ、その近衛兵のものなのだろうノエルという名を口にした。


「……かしこまりました。 では──どうぞ」


「ありがとう。 行こうか、二人とも」


 そんなクラリアの話を聞き終えたノエルは『なるほど』と首を縦に振った後、重そうな扉を事もなげに片手で押し開けながら入室の許可を出し、それを受けたクラリアは礼を述べつつ双子を連れて部屋に入った。


 ノエルも、クラリアたちとともに入室する。


 謁見の間と称される部屋は、つい先程まで絢爛さに驚かされた広間や廊下などと比較すると幾分か簡素な造りであるように思えたが、それも裏を返せば一切の無駄を排除した機能性重視の造りであるとも言えた。


 加えて、その広さだけは城内でも並ぶ部屋はないらしく、この王城の高さがそのまま謁見の間の天井の高さと比例しているのだとクラリアが教えてくれる。


 そんな謁見の間の両橋には、ノエルと比較すると僅かながら劣るかもという近衛兵たちが並んでいた。


 そして、この謁見の間の最奥には魔導国家の主たる国王陛下が腰かける為の玉座が据えられており──。


「ヴァイシア騎士団団長、クラリア=パーシス。 誠に遅ればせながら陛下のめいにより馳せ参じました」


 そこに座す、まるで真珠のような美しさの水晶が先端に取り付けられた錫杖と、その頭頂部にある美しい装飾の冠が特徴的な壮年の男性に対してクラリアは片膝をつき、いかにもといった口調を持って畏まる。



「──あぁ、よくぞ無事に戻ってきてくれた」



 すると、その陛下と呼ぶには少し若い男性は厳格な顔を僅かに綻ばせてから、ここにはいないハキムを始めとした騎士たちも含めてクラリアを心から労った。


 そんな国王の隣には彼より少しばかり年上のように思える、おそらく宰相だろう男性が立っていたが、そんな宰相の存在が気にならなくなるほどの五色の精霊たちが国王の周囲を楽しげに飛び回っている。


 この場面だけを見ても、これまでの国王と比較して今代の国王が寛大かつ温厚で──それでいて魔法にも長け精霊にも好かれているのだと分かるというもの。


「いや──無事とは言えぬか。 報告にもあったが」


「……はい。 我が腹心たるリゼットは……っ」


 しかし、そんな温和な表情を苦々しいものへと一転させた国王が、クラリアからの報告であらかじめ把握していたリゼットの死について言及した事で、それを思い返したクラリアはまたも悔しげに歯噛みする。


 彼女が放つ不甲斐ない自分への怒気は、ノエルたち近衛兵にまで届き身体を震わせる者も数人いた。



 この後悔は、きっと永遠に続くのだろう。



「副団長の座を如何にするのかなど、いくつか確認しておきたい事もあるにはあるが──その前に、だ」


 その後、近衛兵とは違い特に畏怖など覚えていないらしい国王は、ヴァイシア騎士団における次期副団長の座に誰を据えるのかといった事を聞きたいのも山々だったが、それよりもとクラリアの背後に目を向け。


「其方たちが、ヴァイシア騎士団を救ってくれたという双子だな? スタークと、フェアトと申したか」


「はい、その通りで──」


 クラリアと同じように片膝をついていた双子に対して、さも娘か孫でも見るかのような優しげな視線とともに事実確認をした事で、フェアトが首肯しようと。



 ──した、その時。



「──あんたが王様なのか? 随分と若く見えるが」


「「!?」」



 二人と同じく片膝をついた姿勢で顔だけを上げたスタークの、あまりにも不遜極まりない言葉遣いでの物言いに、クラリアとフェアトが目を剥き驚く一方で。


「な……っ、何という不敬か!! 陛下に対して!!」


「騎士団の恩人だからと許されるものではないぞ!」


「陛下! 拘束の許可を!!」


 つい先程まで厳粛な場であった筈の謁見の間は宰相や近衛兵たちの怒声に支配され、ノエル以外の近衛兵たちは今にもスタークと、ついでに妹のフェアトや二人を連れてきたクラリアさえ拘束せんとしており。


(……だから最初に言っておいたっていうのに……嫌な予感が的中しちゃった……もう本当に馬鹿……)


 クラリアが焦りながらも『悪気はないのです! 本当ですから!』と弁明する一方で、フェアトは片膝をついたまま頭を抱えて姉の駄目さを再認識していた。


 そんな中でも、スタークは誰が原因でこのような騒ぎになっているのかを自覚しておらず、きょとんとした表情を浮かべて首をかしげてしまっていたのだが。



 翻って、ノエルと同じく声を荒げる事はしていなかった国王──“ネイクリアス=フォン=グリモワル”はこの喧騒の中にあり、ただただ目を細めていた。



「……なるほど」



 何故か少しだけ──興味深そうに。

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