第80話 通り魔が残したもの
それからは、もう本当に大変だった。
クラリアが騎士団長の権限を持ってして王都中に通り魔の出現を伝達した事で、それを近くで聞いていた者たちだけでなく王都に住まう全ての人々が混乱に陥り、暴動でも起きたのかという騒ぎになってしまう。
速やかに避難させる為に──そんなクラリアの判断は間違いではなかったが、その手段が妙手であったとは言い切れず、あの怯えようは通り魔のせいであるものの、この混乱だけは彼女のせいと言えなくもない。
どうにも短絡的な一面が顔を覗かせてしまうのがクラリアの悪い癖であり、そんな彼女を抑えつつも陰で支えていたのが他でもない──リゼットだったのだ。
だが、そんな事を言ったところで何も解決しない。
リゼットは、もう命を落としたのだから。
その事実を理解してなのか、つい先程に別行動を取った筈の一番隊の騎士たちが息を切らして集結し。
「……っ、クラリア! 通り魔が出たんだな!?」
その先頭を走っていたハキムが相も変わらず敬語など使わないまま、クラリアに対して通り魔の出現の真偽のほどを問うと、彼女はむっつりと首を縦に振る。
「……あぁ。 とはいえ被害は極めて軽微だ。 スタークの髪の一部が削り取られただけで済んだからな。 ハキム、すぐに王都中へ騎士を回し事態の収束を──」
その後、極めて真剣味を帯びた表情と声音で現況を伝えたクラリアは、スタークからハキムへと視線を移しつつ彼らの長として的確な指示を出そうと──。
──したのだろうが。
「んな事ぁ言われなくても終わってる! 二番隊と三番隊を動かした! お前の伝達が広まった直後にな!」
そんな彼女の指示を出す旨の声は、それを先読みしていたハキムによって遮られてしまうだけでは飽き足らず、どうやら彼はクラリアの伝達で誰より状況を理解し、より的確な判断と行動をしていたらしい。
その証拠に、つい先程まで王都を支配していた筈の喧騒も随分と落ち着きを取り戻したように感じる。
尤も、スタークたちが最初に王都を訪れた時と比べて人通りすらなくなったという違いはあるのだが。
「……そうか、ありがとう」
それを受けたクラリアは『よくやった』とか、『上出来だ』とか、そういった上から目線の物言いは一切せずに──ただ、軽く頭を下げて礼を述べるだけ。
どこか力無く思えるのは決して見間違えではない。
やはり──まだ引きずっているのだろうか。
「で!? スターク! 本当に通り魔だったのか!?」
翻って、そんなクラリアから視線を移したハキムが一番隊の部下たちを通り魔の捜索へ当たらせた後、今回の被害者であるスタークへ『思い過ごしって事はねぇよな』と図らずも声を荒げて問い詰めてしまう。
それも無理はないだろう。
今のジカルミアにおいて、もし『通り魔が出た』などと嘯こうものなら先程までのような大騒ぎになってしまうし、もしそれが狂言だったと判明したのなら。
──罪にさえ問われかねないのだから。
「あぁ。 まぁ多分だけどな? ほら」
そんな風に迫真の表情で詰め寄ってくる体格の良い騎士を、その膂力を持って簡単に押しのけたスタークが見せる、サイドテールの不自然な
「……間違いねぇ。 その丸っこい切り口は通り魔の仕業だが──髪の先っぽだけを狙ったってのか……?」
ハキムが、スタークやクラリアの話が真実なのだろうと信じざるを得なくなってしまう一方、今までは少なからず肉のある部位を狙って削り取る傾向にあったというのに、スタークの髪の毛先だけを削り取ったのかが理解できないまま食い入るように見ていると。
「いや……あれは多分、首を狙ってたんだろうよ。 そんで、あたしが寸前で避けたから毛先だけを──」
二十センチ近くも身長の離れた男の視線を鬱陶しく感じたのか、スタークは再び彼を押しのけながら自分の首をトントンと叩き、そこを狙っていた筈の通り魔の襲撃を躱したからじゃないかとの憶測を口にした。
──その時。
「よ、避けた? って事は見たのか!? 通り魔を!」
被害者の誰しもが存在にすら気付かぬ間に削り取られる──そんな通り魔の一撃を躱したという事実にも充分に驚いていたが、もしそれが本当なら誰も知らない通り魔の姿を視認したのではとハキムが詰め寄る。
クラリアも、また同様に耳を傾けていた。
「見てねぇ──ってより見えなかった。 速すぎてな」
「っ、そうか……いや、仕方ねぇが──」
そんな二人の期待に反して、スタークが首を横に振りつつ動体視力に自信のある自分の目でも捉えきれないほどの速度だったと明かすと、ハキムは彼女と同じくらいに悔しげな表情を露わにしていたのだが。
「ただ──」
「「「ただ?」」」
どうやらスタークの話には続きがあったらしく、そう続けようとした彼女の声にハキムやクラリアだけでなく、それまで何かを考えていたフェアトも反応し。
「
三人が自分の二の句を待つ為に沈黙したタイミングで、スタークは通り魔を捕まえ損ねた方の手を開く。
とてもではないが、あれだけの圧倒的な攻撃力を発揮しているとは思えないほど綺麗な掌の中には──。
「これは──髪……? いや、何かの毛か……?」
そう呟いたクラリアの言葉通り人間の髪の毛と称するには短すぎるようにも思える、おそらくは動物か魔物か何かのものなのだろう純白の体毛が数本あった。
「さっき、あたしが派手な音を立てたろ?」
「あぁ。 正直、相当に驚いたものだが」
そんなクラリアをよそに、その手を開いたままの状態で先程の爆音についてスタークが語り出す一方。
(あの音はこいつだったか……ビビらせやがって)
ここから割と離れた詰所にすら届いていた爆音の発生源が彼女であったと知り、あの音すらも通り魔の仕業なのではと邪推していたハキムは胸を撫で下ろす。
「あれは目の前を走り抜けようとした通り魔とやらを捕まえ損ねた時の音でな? 『あぁ逃がしちまった』って思ってたんだが……どうやら掠ってたみてぇだ」
そして、スタークがハッキリとは姿の見えなかった通り魔の体毛だろうそれを見せつつ、お手柄だというのに少しも嬉しそうにする事なく語り終えた一方で。
「……あれって手を閉じた時の音だったんですか?」
「? あぁ、そうだけど」
「……そう、ですか……」
フェアトは自分たちが揃って規格外なのは他の誰よりも充分すぎるほどに理解していたが──それでも。
生き辛そうだなぁ──と。
若干、引いていた。
明らかに人間の──というか生物のそれを超えている自分の守備力を、それはもう完全に棚に上げて。
「この体毛からすると……可能性は二つだな。 まず一つは犬や猫といった類の、こういう体毛に覆われた尻尾の生えた獣人。 そして、もう一つの可能性は──」
その一方で、すでに双子のやりとりなど眼中にもないクラリアは体毛の一つを指でつまみながら、その体毛からするに尻尾つきの獣人が通り魔である可能性が高いと推測したうえで、もう一つの可能性を──。
「小動物型の魔物が入り込んでる──ってとこか」
語ろうとした彼女の言葉を継ぐように、ハキムが先を読んで口にした事で、クラリアは重々しく頷いた。
「あぁ。 そして、もう一つ危惧しておかなければならない事もある──そうだな? スターク、フェアト」
されど、そんなクラリアの話にも続きがあったらしく、ハキムから双子の方へと視線を移した彼女は、これまで語った二つとも違う『とある可能性』についてを確認するような口調とともに双子へ話を振る。
「……えぇ、まず間違いなく
すると、フェアトは姉に先んじて彼女の言う『危惧すべき事』が杞憂には終わらないだろうと曰い──。
「右に同じだ。 お前らが言った獣人だか魔物だかってのは知らねぇが、あの通り魔とやらは十中八九──」
息の合ったタイミングで話を継いだスタークも、どんな輩が通り魔なのかという事までは流石に分からずとも、パイクたちが反応した事実を考えれば──。
「──
魔王によって現世に復活した二十六体の極めて優秀な魔族、
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