第73話 抱えた別件

 レコロ村跡地に轟いた少女の悲鳴もそこそこに。


 レコロ村と交易のあった地へ村の壊滅と村民の全滅などの報告を【光伝コール】でし終えた騎士団と双子は、やっとの事で王都ジカルミアへの帰還を開始する。


 当然、双子と並び立つ者たちシークエンスの事は隠して。


 ヒュティカを発つ際に双子が駆っていた二頭の拵え物の馬、模型馬もけいばは水蒸気の爆発で吹き飛んでしまったのだとリタイアしていた騎士たちが教えてくれた。


 ゆえに、スタークたちは新たに二頭の模型馬もけいばを創り出し、どこか最初の個体よりも頑丈そうに見えなくもない二頭の馬を駆ってクラリアたちについていく。


 レコロ村と王都ジカルミアは早馬で半日と少しほどの位置関係にあり、おそらく何もなければ日が暮れる前には到着するだろうとクラリアは踏んでいた。


 何もなければ──とは言ってみたものの、トレヴォンの爆音波と水蒸気の爆発の影響で、レコロ村近辺の魔物たちの大抵は命を落とし、そうでなくとも遠くへと逃げていた為、何もないだろうとも踏んでいた。


 もちろん、パニックになった魔物が近隣の村や町を襲う可能性もあると考え、その旨も報告済みである。



 ──紛れもなく順調と言える王都への旅路の中。



 フェアトは──ふと、ある事を思い返していた。



 ひとたび何かを気にしてしまうと、どうしても確認せずにはいられないのが彼女の癖の一つであり──。



「あの、ハキムさん。 一つ確認したい事が」


「……ん? 俺にか?」



 それゆえか、『戦いで疲れているだろうから』という騎士たちの気遣いで、殿しんがりを務めるハキムの一つ前を馬で駆っていたフェアトは、ほんの少しだけ馬の速度を緩めさせて彼の隣に並んでから声をかけてみた。


 ハキムとしては、スタークたちが全面的に悪いとはいえ双子を餓鬼呼ばわりしてしまった事もあり、あまり良く思われてはいないだろうと思っていた為、話しかけられるとは思っておらず、きょとんとしている。


「えぇ、まぁ。 答えられないならそれでもいいです」


「……言うだけ言ってみろよ」


 そういった彼の機微など微塵も興味なさげに首肯したフェアトが、『機密の可能性もあるでしょうし』と意味深な補足をした事で、ハキムは釣られて真剣な表情を浮かべると同時に神妙な声音で先を促した。


「……私たちが貴方がたと最初に会った時、ハキムさん仰られてましたよね。 『別件を抱えてる状態で派遣された』って。 その別件って何なんですか?」


 すると、フェアトは騎士団と邂逅した際に、ハキムが遅刻した自分たちを餓鬼呼ばわりすると同時に『さっさと戻らなければ』と口にしていた事を聞き逃していなかったらしく、その別件とやらについて尋ねる。


「あー、それは……なぁ、あれは言っていいのか?」


 それを受けたハキムは、どうやら機密というわけではないが、だからといって簡単に明かしていいような事でもないのか真紅の髪をガリガリと掻きつつ、そんな彼の少し前を駆っていた関係上、話が聞こえていたと判断したのだろう副隊長へと意見を求め始めた。


「……良いのでは? どのみち王都に到着すれば嫌でも耳に入るでしょうし。 遅かれ早かれかと存じます」


「あー……確かにな。 じゃ、教えてやるよ」


 ハキムの予想通りに副隊長は話を小耳に挟んでいたらしく、その兜を被った顔だけを向けて『とっくに流布していますから』と意見した事で、ハキムは納得がいったように頷き、フェアトの質問に答えんとする。


「なぁ、あたしも聞いていいか? 興味あるし」


 その時、先程まで他の騎士たちと雑談していたスタークが馬の速度を緩めて、どうやら会話が聞こえていたのか二人に並んで会話に参加しようとしてきた。


「聞いたところで忘れるじゃないですか姉さんは」


「……うるせぇな、いいから混ぜろよ」


 しかし、どう足掻いても移り気な姉が今から聞く話を覚えておける筈もないと知っているフェアトが、ジトッとした空色の瞳を向けて『聞くだけ無駄では』と忠告するも、スタークは拗ねた様子でそれを却下。



 結局、二人で話を聞く事になったのだった。



 そして、ハキムはわざとらしく咳払いしてから。



「今、王都では──連続通り魔事件が発生してんだ」


「通り魔……穏やかじゃないですね」



 魔導国家、東ルペラシオが王都ジカルミアで辻斬りじみた事件が引き起こされているのだと明かし、それを聞いたフェアトの表情は先程以上に引き締まる。


「……連続って事は、もう何人もやられてんのか」


 スタークとしても、つい昨日に『人の死』について考えを改めたばかりであるからか、フェアトにも劣らない神妙な表情と声音で『連続』という部分について問いかけ、ハキムは彼女の声に対して首を縦に振り。


「あぁ。 あのイザイアスって奴も相当だったが、こいつは年齢も性別も立場も──おまけに時間すらも問わずに次から次へと王都民に被害を出してやがるんだ」


 港町ヒュティカにて半年もの間、甚大な数の死傷者を生み出し続けた並び立つ者たちが一体と比較しても劣らないほどの被害を発生させているのだと語るハキムの表情は、いかにも悔しげに歪んでしまっていた。



 期間としては一ヶ月に満たないというのに、その通り魔は男であろうと女であろうと赤子であろうと老人であろうと、そして一般人であろうと騎士であろうと貴族であろうと関係なく被害を出しているとの事。



「……被害者の方々は……その、亡くなって?」


「……あぁ、運悪く死んだ奴もいる──が」


「が? 何だよ」



 そんなハキムの様子からも大体は想像できるが、それでも確認せずにはいられないフェアトが気遣うような抑え目の声音で被害者たちの死活を問うと、ハキムは絞り出すかの如き声で肯定しつつも何かを続けんとし、それを聞き逃さなかったスタークが先を促す。


「殆どは生きてる。 その通り魔の犯行ってのは、ってなもんでな──」


 ハキムが言う事には、その通り魔の被害者の八割近くは今もなお存命しており──ある者は右手の指だけを、ある者は左足を丸ごと、またある者は生きていくうえで支障が出るか出ないかという程度に内臓を削り取られるも、そこから流血する事はないらしい。



 まるで、元から無かったかのように削られるのだ。



 それゆえか、どれだけ高位の神官であっても治療する事がなどできよう筈もなく、その身体に欠損という障害を残してしまう者が後を絶たないとの事だった。


 そんな切迫した状況の中で、『我が国で最も規模の大きな港町で起きている凶行を見過ごすわけにはいかない』と指示を受けて派遣されたのだから、スタークたちの遅刻に苛立っていたのも無理はないだろう。


「……で、運悪くっつったのは──」


 それらの事実を語り終えたハキムが、より一層の暗い表情を浮かべて先程『運悪く』と口にした理由を明かさんとした時、何となく読めていたフェアトは。


「その身体の一部が運悪く、その人が生きていくうえでなくてはならない部位だったりしたからですか?」


「……あぁ、そうだ──くそ……っ!」


 その通り魔に削られた部位が首から上だったり、もしくは心臓だったりしたのではと問いかけ、ハキムはそれを極めて苦々しい表情と声音で肯定してみせた。


 王都には当然ながら生物の蘇生を可能とする神官もいるようだが、その被害者たちは首から上や心臓を削り取られたから亡くなったのであって、それを治せないのなら蘇生できても意味がないというのが現実。


「ついた仇名が【ジカルミアの鎌鼬かまいたち】。 誰一人として存在に気づかないまま被害を受けるから──だと」


 戦馬せんばが背から感じる重圧に身体を震わせた事で少し落ち着きを取り戻したハキムは、その通り魔を指して王都民が噂する異名のようなものを口にしつつ、そんな名前がつくほどに横行させてしまった事を悔やむ。


「……なぁ。 もしかしたら、そいつは──」


 その一方、何とか話を噛み砕いて理解できていたスタークが、どうやら一つの可能性に思い当たっていたらしく、それを共有する為に声をかけようとした時。


「あぁ、俺もそう思ってる。 あのトレヴォンって奴と同じ元魔族、並び立つ者たちシークエンスなんじゃねぇかってな」


「「……」」


 そんな彼女の声を遮ったハキムも同じ予想を立てていたようで、スタークとフェアトの会話を聞いていなかったにも関わらず並び立つ者たちの復活を悟っており、それを聞いた双子も『やはり』と顔を見合わす。


 彼は、スタークと違って脳筋ではないのだ。


「もし、そうなら──頼めるか」


 そして、『通り魔の拿捕への協力』とも、『通り魔の拿捕を一任』とも取れる短い言葉を持って、ハキムは少し高い位置から双子を見下ろしてから、その真紅の髪が双子の目線の位置までくるほどに頭を下げる。



 おそらく、前者だったのだろう。



「あぁ、任せとけ。 ぶっ飛ばしてやるよ」


「私たちの旅の目的でもありますから」


 

 それを理解したからこそ、どちらからともなくスタークとフェアトは顔を見合わせ頷き、それぞれが片方ずつ拳を前に突き出しながら協力する事を誓う。



「……ありがとな」



 そう呟く彼の表情は、ほんの少しだけ晴れていた。



 重苦しい何かから、解き放たれたかのように。

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