第74話 休息と目的地

 それから数時間もの間、王都を目指して馬を駆っていた双子と騎士団は、ちょうど太陽が天辺に昇った辺りで馬を休ませる意味でも一時の休息を取る事に。


 何を隠そう、クラリア以外の騎士たちが駆る戦馬せんばという魔物は、その機動力を削る代わりに騎士にも劣らぬ戦力とするべく魔導接合マギアリンクで生み出されており。


 それゆえか、基礎となる韋駄天馬いだてんまという名の文字通りの駿馬と呼べる魔物とは対照的に、その速度も持久力も僅かながら劣ってしまうのが難点であった。


 もちろん、ヴァイシア騎士団は魔導接合マギアリンクを受けていない韋駄天馬いだてんまや普通の馬も所有しているが、イザイアスの凶行を聞き『必要になるかもしれない』とクラリアが判断した事で騎士たちは戦馬せんばを駆っていたのだ。



 結果的には、これで良かったのかもしれない。



 港町においては全く連れてきた意味がなかったものの、トレヴォンとの戦闘ではスタークの策が完成するまでの時間を充分すぎるほど稼いでくれたのだから。


 それを痛いくらいに理解している騎士たちは、それぞれが愛馬とする戦馬せんばを労ったり水を飲ませたりしており、そこには確かな絆を見て取る事ができていた。


 そんな風に戦馬せんばと一緒に騎士たちも身体を休めている中、当然ながらクラリアも自身が駆っていた白馬を労うべく、シミ一つない純白の身体を撫でながら。


「疲労は……うん、なさそうだな。 ようやく半分といったところだが──まだ走れるな? “フェデルタ”」


『ブルルル……!』


 どうやらフェデルタという名であったらしい白馬に向けて、さほど疲労も溜まっていないと見抜いて語りかけると、フェデルタは言葉を理解していなければそうはならないだろうというタイミングで鼻を鳴らす。


 このフェデルタという白馬、他の騎士たちが駆っている戦馬せんばとの違いで何となく分かるかもしれないが。



 ──単なる、馬である。



 魔導接合マギアリンクを受けるどころか、そもそも魔物ですらない、ウマ目ウマ科の──ただの馬でしかないのだ。


 もちろん、その甲冑の隙間から銃口や砲口などが顔を覗かせる事もなければ、魔法を使う事もできない。


 だが、クラリアは騎士になった時から共に成長してきた白馬以外に乗るつもりはなく、ヒュティカに向かうとなった際も戦馬せんばを駆る選択肢は存在しなかった。


 そんな風に自分を想ってくれているクラリアに応えんとしているのだろう、フェデルタは他の戦馬せんばどころか韋駄天馬いだてんまにも劣らぬ脚力や持久力を身につけ、そのおかげで超長距離の移動も問題なく行えるのである。



 ……流石に空は飛べないが。



 その一方、拵え物である為に食事も休息も必要としない二頭の模型馬もけいばを駆っていた双子はといえば──。


「あー……暇だ……なぁ、フェアト──」


 最初は辺境の地とは全く違う景色を見て興味深そうにしていたスタークだったが、そのうち走れど走れど似たような景色しか視界に映らない事に飽きてしまったらしく何かしらの暇潰しを妹に提案せんとした時。


「駄目ですよ姉さん、こんなところで手合わせは」


「……ちっ」


 どうやら、そんな彼女の思考は相も変わらず妹に筒抜けで、ふるふると首を横に振ったフェアトに却下された事によりスタークは舌を打ちつつ不貞寝せんと。



 ──したのだが。



「仮眠も駄目ですよ姉さん、どうせ寝坊しますし」


「ぐ……っ、じゃあどうすりゃいいんだよ」


 それすらも無慈悲に却下されてしまったスタークとしては、もう少しばかりある騎士団の休息時間を何をして過ごせばいいのかと拗ねた様子で問いかけた。


 すると、フェアトは左手の薬指以外に嵌めていた四つの指輪のうちの一つ、小指に嵌めた紫色の指輪を輝かせて闇属性の魔法を行使し、そのまま木陰となっていた地面に手をかざすと、その影に小さな穴が空く。



 ──【闇納ストレージ】。



 風属性と同じように支援魔法の行使に長けている闇属性の【ストレージ】は、このような木陰も含めた影に穴を開けて物を収納し、またその穴から物を取り出す事も可能という非常に有用性の高い魔法であった。


 どうやら、フェアトは先生と一緒に作った軽食の一部を『念の為に』と【闇納ストレージ】に収納していたらしく。


「大人しく小休止が終わるまで待っててください。 ほら、お腹が空いてるから苛ついてしまうんですよ」


「……わーったよ」


 量としては少なめと言わざるを得ない、火属性の魔法で燻製した魚介と野菜の和え物を木製のフォークと一緒に手渡すと、スタークは乱暴な手つきで魚介と野菜にフォークを突き立て豪快に食べ始めたのだった。


 正直、野菜は好きじゃないどころか嫌いまであるのだが、『出されたのなら必ず食べきる』という母の教えがここにきて響いた事もあり、しっかり完食する。


 一見すると、どっちが姉でどっちが妹か分からない双子のやりとりに、クラリアを始めとした騎士たちは心なしか和みを感じていたとかいなかったとか。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 その後、小休止を終えた一行が再び王都ジカルミアへ向けて馬を駆る事およそ四、五時間が経過した頃。


 すっかり赤らんだ夕陽が一行を照らす中で──。


「団長、間もなくですね」


「あぁ、そうだな」


 先頭を走る白馬を駆っているクラリアに対して騎士の一人が王都は目と鼻の先だと告げると、クラリアも分かっているとばかりに全員に見えるように片手を掲げ、それを見た騎士たちは馬の速度を落とし始める。


 その証拠に、つい先程までは人通りも少なかったレコロ村付近とは違い服装や手荷物、或いは種族の多様性に富んだ人々とすれ違う事も多くなっていた。


 ただ──やはり通り魔の事もあるのか、ちらほらと決して軽くない欠損をしている者が見受けられる。


 右腕がない者、左足がない者、右目がない者、酷い者はそれら全てが欠損した者もいるようだった。


 それが気になったフェアトがハキムに問うと、どうやら欠損してしまった事で今まで通りに働く事ができなくなった為、帰る場所がある者は帰郷を、そうでない者は障害があっても働ける場所を探しに王都を離れてしまう


 フェアトは一瞬、『お母さんなら或いは』と考えたものの──すぐさま、その考えを振り払わんとする。


 聖女レイティアの生存は──いかなる理由があったとしても、周知されるわけにはいかないからだ。


 ましてや、この切迫した状況下において自分たちが聖女の娘だと露呈すれば引っ張りだことなってしまうだろうと思い直し、伸ばしかけていた手を下ろした。



 幾多もの人間や獣人、霊人スピリタルたちとすれ違う中で。



「帰ってこれたぞ──リゼット」



 そんな風に小さく呟いたクラリアの声を聞き逃さなかったスタークの視界にも、そんな声など全く聞こえていなかったフェアトの視界にも堅牢な門が映り。



 双子と騎士団は、目的地に辿り着いた事を悟る。



 魔導国家、東ルペラシオが王都──ジカルミアへ。



 並び立つ者たちシークエンス──残り、二十三体。

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