第65話 業炎との対話

 その後、空気中の水分を全て蒸発させてしまうかのような熱気で、ハッと我に返ったスタークは──。


「炎そのものが並び立つ者たちシークエンス……? そりゃあ今まで魔物だったり人間だったりしたが……いくら何でも」


 確かに、これまで遭遇した計四体の並び立つ者たちシークエンスの内訳としては魔物に転生した者が一体と、スタークたちと同じ人間に転生した者が三体という事もあり。


 どのような生物に転生していたとしても、さほど不思議ではないというのはスタークも理解してはいた。



 だが、それも相手が生物であればこそ。



 どこからどう見ても非生物である炎に転生したなどと言われても、ピンと来ないのが正直なところ。


 そんな姉とは対照的に、フェアトは半ば確信しているのか段々と姿を変えていく業炎に視線を戻し──。


「あれを見てください。 確かに、ある程度の技量があれば魔法の形を変える事も可能でしょうけど……」


 自分の先生であるフルールも、その二つ名の由来となった花のように咲き乱れる魔法を圧倒的な技量を持って扱う事ができるが、それを加味しても目の前で変化し始めていた業炎が異常だというのは否定できず。


「ん? ぅお! 何だ!? 頭が三つのでけぇ犬が──」


 ここで、ようやく業炎の方へと視線を移したスタークの視界には、まるで地獄の番犬のような出で立ちの三つ首の巨大で凶暴な犬が伏せの姿勢をとっており。



 その三つの首全てが双子を見遣るやいなや──。

 


『……僕に何か用かな、人間さん。 僕、今お腹いっぱいで動きたくないから後にして──あれ?』



 思ったより甲高い声音と少年のような語調で口を利いた炎の犬が、『戦うにしても空腹になってから』と告げつつ再び単なる炎へと戻ろうとしたのだが、どうやら何かしら思い当たる事があったらしく、その三つの首全てをかしげながら顔だけを近づけてきた。


「な、何だ──ぅわあ"っつ! 寄ってくんなぁ!!」


「姉さん……まぁ仕方ないんでしょうけど」


 その一方で、フェアトはともかく魔法に弱いスタークは先程までの状態でさえ喉が渇きすぎて痛いくらいだったというのに、これ以上の接近を許すと本当に焼け死ぬと察して妹を盾にしつつ『離れろ!』と叫ぶ。


『え? あぁ、ごめんごめん。 そういえば炎だった』


 すると、その業炎の犬は炎で象った爪で首の一つを掻きながら申し訳なさそうに顔を離し、どうやら転生してから大して時間は経ってないのだろう、と鈍感なスタークでさえ察せられる独り言を呟いていた。


『……んー、なーんか覚えのある匂い──あっ!』


 とはいえ、その後も何らかの疑問を解消しきれていない炎の犬は、これでもかというほどにグルンと首をかしげていたのだが、しばらくすると何かを思い出す事に成功したのか三つの首全てをハッとさせてから。



『──そうだ! あの時の勇者と聖女と同じ匂い! もしかして君たち、あの勇者と聖女の子供とか……?』



 どうやら、いかにも犬らしく嗅覚が優れているようで、かつて自分を討伐した勇者や聖女と目の前の双子の匂いが一致する事に気がつき、もしやあの二人の娘なのかと再び顔を近づけて問いかけんとしてきた。


「……だったら何だと言うんですか?」


 それを受けたフェアトは自分の後ろに隠れる姉をよそに、『騎士団の目もないのなら並び立つ者たちシークエンス相手に隠す意味はない』と判断して肯定しつつ問い返す。


『そっかそっか……実は僕、昔は魔族だったんだけどね? ただ魔王様の命令を頑張ってこなしてただけなのに君たちのお父さんに殺されたんだよ……何でかな』


「……てめぇが魔族だったからだ。 それ以外ねぇよ」


 すると、その業炎の犬──もとい並び立つ者たちの序列二十位、トレヴォンはあっさりと自分が魔族だった事や、クラリアの話を裏づける過去を明かし、まるで『自分たちを悪だと思っていない』かのような物言いをした事でスタークは強めに舌を打ってしまう。



 敵意や悪意がないなら、そっとしておいてあげて。



 そんな序列一位アストリットの願いを思い出してしまったから。



『ふーん、そっかぁ。 それなら今は戦わなくてもいいよね? だって僕はもう……魔族じゃないんだし』


 一方、露骨に眼光を鋭くするスタークを尻目に、トレヴォンは『くあぁ』と超高温の欠伸をしてから今の自分は単なる炎だから放っておいてと言わんばかりに伏せの姿勢に戻るも、そんな彼にフェアトが──。


「……じゃあ、どうして村を焼いたりなんて」


『? あぁ、それは──』


 敵意や悪意がないのだとしたら、どうしてレコロ村で火災を起こして村人たちを殺めたのかと問うと、トレヴォンは首の一つをきょとんとした表情に変えて。


『僕はね? 犬が大好きなんだ。 息を切らして走り回るところも、キャンキャンと鳴いてアピールするところも、あのプニッとした肉球も……そして何より──』


「「……?」」


 唐突に犬が好きだと語り始めただけでなく、どういうところが好きなのかという聞いてもいない事を口にするトレヴォンに対し疑問符を浮かべていたのだが。



『──とっても美味しいところが好きなんだよね』


「「!?」」


『『りゅ〜……っ!!』』



 突如、恍惚とした表情を三つの首全てで湛えながら溶岩のような涎を垂らすトレヴォンに、スタークとフェアトは思わず畏怖を覚えて後ずさり、パイクとシルドは水晶の如き牙を剥き出しにして威嚇している。


『生で食べるのも、ちょっと冷やして食べるのも、ズタズタの挽肉ミンチにして食べるのも……ぜーんぶ好きなんだ……でもね? 僕が一番好きな食べ方は──』


 もはや確認するまでもない事だが、トレヴォンの言う『好き』とは『好物』の意であったらしく、これまでに試してきたのだろう様々な食べ方を羅列し──。



『──ほどよく焼いてから、なんだよねぇ』


「……まさか、その為だけに」


『? そうだよ? この村には犬が沢山いたからね』



 何故、業炎の犬に転生したのかがありありと分かってしまう発言をした事で、フェアトが心からの嫌悪感を隠そうともせず声をかけると、またもトレヴォンはきょとんとした表情を浮かべて首をかしげてしまう。


 こうなってくると先程の『好きなところ』も、その全てが意味深に聞こえるのだから不思議なものだ。


 要は『息を切らし必死に逃げ回るさま』、『キャンキャン鳴いて喰われまいとするさま』、『プニッとした肉球の歯応え』が好きだという事だったのだろう。


『まぁ、ちょっと人間も焼いちゃったけど。 でも心配しないでいいよ? これも、ちゃんと残さず──』


「なっ、てめぇ──」


 その後、人間たちも巻き込んでしまった事に申し訳なさそうな表情を見せつつ、近くに転がっていた比較的損傷の少ない──もしかしたら蘇生が間に合ったかもしれない遺体を炎の爪で持ち上げたかと思えば。



『食べるからさ──ぅえっ、まっずいなぁ』


「……こ、の……っ!!」



 ぼふんっ──と口の中で噛み砕いた遺体が間の抜けた音を立ててボロボロと崩れたのを見ていたスタークは、ギリッと辺りに聞こえるほどに歯噛みする。


 その一方、至って無表情でトレヴォンの所業を静観していたフェアトが、スタークの方を振り返り──。



「姉さん。 あれを倒し──いえ、殺しましょう。 悪意が全く無い分……イザイアスよりタチが悪いです」


「……そうこなくっちゃな」


『『りゅーっ!!』』



 どうやら相当に怒りを覚えていたらしく、アストリットの願いを無視する事になっても構わないと言わんばかりに戦う意思を見せた事で、スタークは『待ってました』と言いたげにバキバキと手を鳴らし、パイクとシルドも四枚の翼を広げて臨戦態勢を取り始めた。


『うん? 君たちも食べ物になりたいの? あんまり人間は美味しくないんだけど……あの勇者と聖女の子供なら美味しいかもしれないし、食べてあげようか?』


 しばらくモグモグと口を動かしていたトレヴォンだったが、目の前の二人の人間と二体の竜が構えたのを見て、そこまで恨みはなくとも味は気になるのか重い腰を上げつつ受けて立つ旨の発言をし、それを受けたスタークは肺が熱されるのも厭わず大きく息を吸う。



「食えるもんなら食ってみやがれ! 犬風情がぁ!!」



 実に三体目となる並び立つ者たちシークエンスとの戦闘が──。



 ──今、幕を開ける。

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